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第196話

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「大丈夫です」

 そして私は、ヨーレリーのそばにしゃがみ込む。
 ヨーレリーは、血濡れた両手で私の頬に手をやり、じっと私を見た。

 その、ヨーレリーの手が、かすかに震えだす。
 唇も、わなわなと震えていた。

「ああ……ああああ……何よ……あなたの目、少しだけど、私の面影があるじゃない……嘘でしょ……どうして、こんなことになるまで、気づけなかったの……?」

 ヨーレリーは、釘でガラスを引っ掻くような悲鳴を漏らした。

「ああぁぁぁ……私は、今まで何を見ていたの……? ありもしないディアンヌの幻影を見ていたの? いや、違う、そんなはずはない……ディアンヌの呪いは、確かにあった……そうでなきゃ、こんなことになるはずがない……」

「…………」

「そうか……やっとわかったわ……ディアンヌの真の目的が……私の産んだ子供の中で、最も愛情深く優しい子を、愛しいと思えなくさせることだったのね……それで、私は……私は……心の底から私を愛そうとしてくれていた子を、ずっとしいたげ、苦しめ、最後には、殺そうとしたのね……」

 ヨーレリーの顔色が、急激に青ざめていく。
 傷は浅いが、それでも、血が抜けすぎたのかもしれない。

 私は彼女の腹部に手を当て、言う。

「それ以上喋らないで。今、治癒魔法をかけるわ」

 だが、そんな私を、ヨーレリーは軽く突き飛ばした。『何をするの』と問いかけようとしたときには、ヨーレリーは自分のお腹からナイフを抜いていた。

 そして、そのナイフを自らの首筋に持っていき……

 切った。

 首の動脈を。

 噴き上がる鮮血は、現実感がなく、何かの冗談のようですらあった。
 これだけの深手。もう、どんな奇跡を用いても、回復させることはできない。

 完全なる、致命傷だった。

 ヨーレリーは最後にこうつぶやいた。

「もうつかれた……」

 それは、蚊の鳴くような、疲れ切った声だった。





 その日の、夜。

 いつものお茶の時間。

 私はアルベルト様と隣り合い、ソファに腰かけている。
 ぽつり、ぽつりと、小石を吐くように、自分の心情を打ち明けていく。

「ヨーレリーの人生は、いったいなんだったのでしょうか? 彼女自身も、幸福とは言えない生い立ちで、本当の自分を隠し、敵国に潜入して、愛情を得たと思ったら、結局はすべてを失ってしまった……彼女はいったい、いつから正気を失っていたのでしょう……」
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