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第162話
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「まあ怖い。そんなに睨まないでくださいませ、公爵様。せっかくのお美しい顔が台無しですわよ。ふふふ」
そこで、トントンと、やや大きく木槌が鳴らされた。
裁判長が、議題をまとめるように言う。
「証人がいない以上、被告のおこなった暴行が不当なる傷害行為であるか、それとも、原告から知人を守るための正当防衛であるかは、判断の難しいところ。それ故、本件の争点は、正当防衛の有無ではなく、被告、パティ・ソルルが獣人であるか否かに移ったと考えるべきですな」
ラグララは、裁判長に向き直り、頷いた。
「おっしゃる通りです、裁判長。そして我々原告側には、被告が獣人であることを立証する準備が、すでにできています。ルーク、前に出て、説明して」
「あっ、はい。その、えっとですね。僕は、ロッセント大学の薬学科の一年で……」
「あんたの自己紹介はもうやったでしょ。ぺらぺら余計なことを喋らずに、要点だけ説明するのよ。……せっかく私が温めたこの場の空気が、冷めちゃうでしょ。とっととなさい、このグズ」
「すすすす、すみません。えっと、では、簡潔に述べます。僕の作った試薬の一つに、動物の身体活動を活発化させるものがあるんですけど、それを投与すれば、半獣人と推定される被告の本能を刺激して、隠れている獣人の特徴を表に出させることができると思うんです、はい」
なんですって?
そんなことをされたら、いかなる弁護も無意味だ。
私の動揺がそのまま具現化したように、傍聴席がどよめいた。
「へえ、そんなのあるのか。そりゃいいな」
「このまま、ああでもないこうでもないって討論してもらちが明かないしな」
「ああ、薬を打って獣の耳が出れば獣人、でなければ人間、分かりやすい話だ」
傍聴人たちは、ラグララ側の主張に乗り気のようである。
ラグララは『狙い通り』とでも言いたげに、満足そうに微笑んだ。
私は、慌てた。
ちらりとアルベルト様を見る。
なんと。
アルベルト様も、慌てていた。
しかしアルベルト様は、一度深呼吸をして、努めて冷静に抗議する。
「異議あり。彼は学生であり、その試薬は、衛生局の認可が済んでいないものと推察できます。それどころか、充分な臨床試験がなされているかも怪しい。そんなものを投与すれば、パティの体に予測もできないような悪影響が起こる可能性があります。こちらとしては、到底容認できません」
そこで、トントンと、やや大きく木槌が鳴らされた。
裁判長が、議題をまとめるように言う。
「証人がいない以上、被告のおこなった暴行が不当なる傷害行為であるか、それとも、原告から知人を守るための正当防衛であるかは、判断の難しいところ。それ故、本件の争点は、正当防衛の有無ではなく、被告、パティ・ソルルが獣人であるか否かに移ったと考えるべきですな」
ラグララは、裁判長に向き直り、頷いた。
「おっしゃる通りです、裁判長。そして我々原告側には、被告が獣人であることを立証する準備が、すでにできています。ルーク、前に出て、説明して」
「あっ、はい。その、えっとですね。僕は、ロッセント大学の薬学科の一年で……」
「あんたの自己紹介はもうやったでしょ。ぺらぺら余計なことを喋らずに、要点だけ説明するのよ。……せっかく私が温めたこの場の空気が、冷めちゃうでしょ。とっととなさい、このグズ」
「すすすす、すみません。えっと、では、簡潔に述べます。僕の作った試薬の一つに、動物の身体活動を活発化させるものがあるんですけど、それを投与すれば、半獣人と推定される被告の本能を刺激して、隠れている獣人の特徴を表に出させることができると思うんです、はい」
なんですって?
そんなことをされたら、いかなる弁護も無意味だ。
私の動揺がそのまま具現化したように、傍聴席がどよめいた。
「へえ、そんなのあるのか。そりゃいいな」
「このまま、ああでもないこうでもないって討論してもらちが明かないしな」
「ああ、薬を打って獣の耳が出れば獣人、でなければ人間、分かりやすい話だ」
傍聴人たちは、ラグララ側の主張に乗り気のようである。
ラグララは『狙い通り』とでも言いたげに、満足そうに微笑んだ。
私は、慌てた。
ちらりとアルベルト様を見る。
なんと。
アルベルト様も、慌てていた。
しかしアルベルト様は、一度深呼吸をして、努めて冷静に抗議する。
「異議あり。彼は学生であり、その試薬は、衛生局の認可が済んでいないものと推察できます。それどころか、充分な臨床試験がなされているかも怪しい。そんなものを投与すれば、パティの体に予測もできないような悪影響が起こる可能性があります。こちらとしては、到底容認できません」
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