私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ

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第109話

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 その、かすかにはしゃいだ様子は、本当に子供のようだった。

 ……公爵様のおっしゃった『昔読んだ本』というフレーズが、私の心を揺らす。

 家族には愛されず、学校にも行けず、友達もいない私にとって、知識を仕入れられる情報源は、死んだ父の残した書庫だけだった。そのほとんどは、子供の私には難解すぎて、手に取る気すら起こらなかったが、中には易しい本もあり、私はそれを使って自主学習をすることができた。

 奴隷同然の、滅茶苦茶な子供時代を送ってきた私が、一応は社会的な常識とモラルを身につけることができたのは、父の本のおかげだと思っている。……公爵様も、私とは環境こそ違えど、孤独な少年時代だったに違いない。

 両親の愛を得ることができず、また、公爵家の嫡男という高貴すぎる立場ゆえに、そうそう気安い友人ができたものとも思えない。きっと、本を友達代わりにして、色んな事を学ばれたのだろう。

 そう思うと、いくら主従の節度を守るためとはいえ、公爵様の『良い思いつき』を拒否することは、とても罪深いおこないに思えた。私が『そんなの絶対ダメです』と言ったら、たぶん……いや、間違いなく、公爵様のお気持ちを裏切ってしまうことになる……

 私は、しばらく悩んだが、結局公爵様の提案を受け入れた。

 杓子定規にルールを守ることだけが、正しい奉仕の仕方じゃないと思ったからだ。私はきちんと襟を正し、気を付けの姿勢で公爵様に向き直ると、一度「コホン」と咳払いをする。

「で、では、改めて、お名前をお呼びします」

「うん」

「ア……ア……ア……アルベルト……様……」

「何故そんなにぎこちないのだ。もう一回頼む」

「ア……アルベルト……様……」

「『様』はいらないのだが」

「呼び捨てにしろってことですか!?」

「うん」

「さすがにそれは無理です!」

「そうか。残念だ」

 こうして、私と公爵様――アルベルト様は、二人きりの時は名前で呼び合うようになった。……恐れ多くもあり、気恥ずかしくもあり、それでいて、嬉しい変化でもあった。





 大変な騒動もひとまず落着し、翌日からまた、いつも通りの日常が始まった。私は今、パティとお屋敷のお庭を箒で掃いている。

 昨日も今日も、良いお天気で、ほとんど風もない。だから、落ち葉もあまりなく、二人でも楽々、受け持った場所の掃除を進めていくことができた。
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