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第108話

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 私は、何も言えなかった。
 そして、勝手に妙なことを考えていた自分を、少しだけ恥じた。

「私は、使用人の皆が思ってくれているような、立派な主人ではない。24歳にもなって、いまだに、親から得られなかった愛情を求めている、大きな子供だ……いや、親からの愛情だけではない。私は、真に心を許せる『友』をも求めている……レベッカ、これからも私の友として、そばにいてほしい……」

 身に余る、光栄なお言葉だった。
 同時に、一抹の寂しさを感じる。

『友として』か……

 いや、何を考えているのだろう、私は。
 さあ、すぐにお返事するのよ。

 私は、努めて平静を装い、微笑と共に言う。

「私ごとき卑しき身に、過分なるお言葉、恐悦至極にございます。これからも、公爵様のお心の慰みになれますよう、喜んで務めさせていただきます」

 よし。いつも、ところどころ怪しい敬語を使ってしまう私にしては、バッチリな口上だ。しかし、そんな私の形式ばった言い方が不満だったらしく、公爵様は抱きしめていた私の体を離すと、肩に手を置いたまま、少しだけ眉をひそめて言う。

「普通、『友』はそういう硬い言葉で話したりしないと思うのだが……。前から思っていたのだが、もう少し、自然に、砕けた調子で話すことはできないか?」

「そ、そう言われましても、高貴なる公爵様に対して、私なんかが気安くおしゃべりをするわけには……」

「ほら、それだ。その『高貴なる公爵様』というのも、私はあまり好きではない。……レベッカ、私の名前は知っているか?」

「も、もちろんです。アルベルト・ハーヴィン公爵閣下」

「良かった。いつも『公爵様』としか呼ばれたことがないから、もしかしたら、私の本名を知らないのではないかと思っていたぞ。……そうだな、これから、私と二人の時は、『公爵様』などと呼ばず、アルベルトと名前で呼んでくれ」

「ええっ!?」

 驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げてしまう。砕けた話し方すらできないのに、公爵様を下の名前で呼ぶことなど、できるはずがない。

 しかし、公爵様は自分の思いつきがいたく気に入ったようだ。
 少年のように輝く瞳で、上機嫌に言葉を続ける。

「うん、我ながら、良い思いつきだ。昔読んだ本に、友人同士は下の名前で呼び合うことで、自然と心の距離が縮まると書いてあったからな。これで、私とお前は、今よりもずっと良い友になることができるだろう」
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