私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ

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第54話(セレーナ視点)

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 ……さあ、もう帰ろう。

 買い出しのために町に来たとはいえ、戻るのがあまりに遅くなっては、他のメイドたちに示しがつかない。私は暗い川を見つめていた顔を上げ、踵を返そうとした。

 そこで、やっと気がついた。
 自分の背後に、誰かが立っていたことに。

 フード付きの黒いローブを目深にかぶった女が、まるで川を見るための順番待ちでもしているかのように、私の後ろでじっと立ち尽くしている。

 とても、大きな女だ。

 私も、どちらかと言えば長身であり、160cm台の半ばはあるが、目の前にいる女は、私より頭ひとつ分は大きい。きっと、180cmを超えているだろう。

 大きな体や高い身長というものは、本人にその気がなくても、自然と他人を威圧するものだ。明かりといえば、頼りない街灯しかない夜の闇の中では、なおさらである。

 私はかすかな恐怖を感じて、足早にその場を去ろうとした。

 だが、できなかった。
 黒いローブの女が、私の行く手を遮ったからだ。

 かすかだった恐怖が、一気に大きくなるのを、私は感じた。
 しかしそれを表には出さず、努めて冷静な声で言う。

「私に、何か御用ですか?」

 黒いローブの女は、叫んだ。

「きぃやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 まるで怪鳥のようなけたたましいその声に、私は震えあがった。

 間違いない。
 異常者だ。

 逃げなきゃ。

 冷静さの仮面はたちまち消え、怯えた顔で走り出した私の手首を、黒いローブの女はつかんだ。彼女の細くて長い指が肌に食い込み、私はますますパニックになって、暴れる。

 しかし、いくら暴れても、女の手が緩むことはない。凄い握力だ。その気になれば、このまま私の手首を握りつぶせるのではないかと思うほどであった。

 誰か助けて。

 そう叫ぼうとした刹那。黒いローブの女が、突然スラスラと喋り始めた。
 先程の絶叫からは想像もつかない、流暢な語り口だった。

「怖がらせて悪かったねぇ、お嬢さん。私ぃ、コミュニケーション能力にちょっと難があってねぇ、ついつい叫び声をあげちゃうんだよぉ。ふふ、ふふふ、叫ぶのって、気持ちいいでしょぉ? 大きな声を出すとぉ、とりあえず気持ちが安定するんだぁ」

 いきなり叫び出すのは、コミュニケーション能力以前の問題だと思うが、一応意思疎通が可能な相手であることが分かり、ほんの少しだけ安心する。

 私は、おずおずと口を開いた。

「あの、分かりましたので、手を放してもらえませんか?」
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