私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ

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第35話

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 それから私は、公爵様と隣り合い、いつも以上に親密な雰囲気でお話をした。なんだか、公爵様との距離が、物理的にも、心理的にも、一気に縮まったような、そんな夜だった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、退室する時刻になる。

「それでは公爵様、失礼いたします」

 そう言って、公爵様のお部屋を出て、ドアを閉める私。

 今日は、本当に楽しい夜だった――

 しかし次の瞬間、私は、それまでの楽しい気分が吹っ飛ぶほどに驚き、身を硬くしてしまう。……なんと、公爵様のお部屋のすぐそばに、セレーナさんが立ち尽くしていたからだ。

 セレーナさんは私を一瞥すると、「お役目ご苦労様」と言い、公爵様のお部屋をノックする。そして、いつも通りの落ち着いた声で、用件を述べた。

「公爵様、夜分に失礼いたします。農民たちの代表であるフェリックス氏が正門前にいらっしゃっています。なんでも、急遽、公爵様に相談したい事案があるとのことですが、もう遅い時間ですし、いかがいたしましょう」

 少しの間の後、中から、公爵様の声が返って来る。

「わかった、すぐ行く。大きな台風が迫っているからな、農作物への被害が心配で仕方ないのだろう。フェリックスは応接室に通してくれ。丁重にな」

「かしこまりました」

 セレーナさんは、ドアに向かって一礼すると、この場を離れていく。
 その際、もう一度だけ、私の方をちらりと見た。

 一瞬、背筋がゾクリとする。

 セレーナさんの瞳から、かすかな敵意のようなものを感じたからだ。何の自慢にもならないが、私はそういうのには、けっこう鋭い。幼いころから、お母様や姉妹たちの、攻撃的な視線を受けていたからだ。

 もっとも、お母様たちの苛烈な視線に比べれば、今さっきのセレーナさんの視線は、敵意と呼ぶのもはばかられるような、些細なものである。

 しかし、どうしてセレーナさんは、そんな視線を、私に向けたのだろう。……もしかして、さっきの公爵様との会話を、セレーナさんは部屋の外で、聞いていたのだろうか。

 いったい、どこから?

 もしも、公爵様が『セレーナといると、どうにも疲れるのだ』とおっしゃっていたのも聞いていたのだとしたら、セレーナさんの心は傷つき、それが、役目を奪った私への敵意に変わっても不思議ではない。

 いや、でも、セレーナさんは、そんなことで感情を乱すような人じゃない。私と違って、人格的にも成熟している完璧なメイドなのだから。今の考えは、セレーナさんに対する侮辱だわ。

 じゃあ、さっきの視線はいったい……

 気にはなったが、セレーナさんを追いかけて、先程の視線の意味を確かめる勇気は、今の私にはなかった。
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