私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

第３２話

「彼らは、昔の厳しいミッチェルを知っているからな。いくら現在は優しくなったとはいえ、条件反射で、ついついビクリとしてしまうのだろう。……ミッチェルは、時折嘆いているよ。『使用人を怯えさせるほど厳しい態度を取っていたのなら、息子たちが逃げ出すのも無理はない』と」

　そこで、公爵様はため息を漏らし、もう一口、お茶を飲んだ。

「ミッチェルは、寂しいのだろうな。息子夫婦はともかく、孫娘に対しては比較的優しくしていたから、その孫娘までもが自分に何も言わずいなくなったのが、かなり堪えているのだと思う。だから、お前やパティに、孫娘の面影を重ねて、今度こそは、大事にしてあげようと考えているのではないかな」

「そうだったんですか……」

　私は公爵様のおそばに立ったまま、静かに目を閉じる。
　そのまま、まるで自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。

「人は皆、色々な問題を抱えて、生きているのですね……」

「そうだな。一見平和そうに見える家庭にも、外から見ただけでは想像もつかないような悩みやトラブルがあるのだろう。それでも皆、自分の人生を進んでいくのだ。自分にとっての、幸福を目指して。……ところで、レベッカ。いつも言っているが、そろそろそうやって立ち尽くすのはやめて、このソファに座らないか？」

　公爵様はそう言って、自分の隣のスペースを、ぽんぽんと手でたたく。
　私はいつも通りに、恐縮しきって、頭を下げる。

「こ、公爵様。いつも申し上げていますが、私のような下級メイドが、公爵様と同じソファに座るなんて、恐れ多くて、とてもできません。どうか、お許しください」

「しかし、ずっと立ちっぱなしでは、疲れるだろう。何より、十代の少女を立たせたまま、大人の私だけが座って話を続けるというのも、どことなく決まりが悪い。私の顔を立てると思って、ソファに腰を下ろしてほしいのだが……」

「でも……」

「駄目か。お前もなかなかに強情だな。よし、では発想を逆転して、私が立つとしよう」

　公爵様はニコリと笑って、ティーカップを持ったまま立ち上がった。
　そして、そのままお茶を飲み、小さく首をかしげる。

「……立ったまま茶を飲むというのは、思ったよりも落ち着かないものだな」

　その言葉がなんだかおかしくて、私はくすりと笑ってしまった。