31 / 197
第31話
しおりを挟む
確かに私は、ミッチェルさんから見れば、孫娘くらいの年齢だと思うが、それでも、単に『年恰好が自分の孫に近いから』という理由だけで、ここまで親身にはなってくれない気がする。
そんなことを考える私の内心を知ってか知らずか、ミッチェルさんは自分の腕時計を見て、朗らかに微笑んだ。
「さて、もう日が沈みます。レベッカさん、お互い、仕事に戻りましょう」
ミッチェルさんの言う通り、赤く輝く夕日が、頭のてっぺんだけを残して、ほとんど山間に沈みつつあった。……そうだ、今から、食糧庫の整理をしなきゃいけないんだった。これ以上話しているわけにはいかない。私は「わかりました」と頷き、心の中の疑問はひとまずそのままにしておいて、仕事に戻ることにした。
・
・
・
そして、夜。
いつも通りに公爵様のお部屋に呼ばれた私は、『何故ミッチェルさんがあれほど私に優しいのか』という疑問を、公爵様に投げかけることにした。
……若干不遜ではあるが、毎夜、公爵様のお話し相手を務めることで、私も随分と公爵様に接することに慣れ、今では、その日に起こったことや疑問を、自然に口に出すことができるようになったのである。
公爵様は、私の淹れたお茶を一口飲み、「美味い」と呟いてから、言う。
「ミッチェルは優秀な執事だが、家族とはうまくいっていなくてな。数年前に、息子夫婦が家を出て行ってしまったらしい。……ちょうど、お前と同じくらいの年齢の、孫娘も一緒に」
「えっ……」
「今でこそ、上品な好々爺が板についているが、昔のミッチェルは、優秀な分、完璧主義で、自分にも他人にも非常に厳しかった。息子夫婦は、そんなミッチェルとの堅苦しい生活が嫌になったのだろう。捜されないように、本当に、何の手掛かりも残さず、『さよなら』という書置きだけを残して、いなくなってしまったそうだ」
「そんな……」
「厳格で仕事一筋、完璧なる執事であったミッチェルも、これには相当なショックを受けたようでな、以降は、真面目ではあるものの、厳しさは影を潜め、すっかり穏やかな性格になったというわけだ。……レベッカ、お前もこの屋敷に来てもう一ヶ月だ。ならば、古株の使用人たちが、ミッチェルに対して、戦々恐々としているのを見たことがあるだろう?」
私は、頷いた。
ミッチェルさんに優しく声をかけられたのに、年配の使用人が、『はい!』と上ずった声をあげるのを見たのは、一回や二回ではなかった。
そんなことを考える私の内心を知ってか知らずか、ミッチェルさんは自分の腕時計を見て、朗らかに微笑んだ。
「さて、もう日が沈みます。レベッカさん、お互い、仕事に戻りましょう」
ミッチェルさんの言う通り、赤く輝く夕日が、頭のてっぺんだけを残して、ほとんど山間に沈みつつあった。……そうだ、今から、食糧庫の整理をしなきゃいけないんだった。これ以上話しているわけにはいかない。私は「わかりました」と頷き、心の中の疑問はひとまずそのままにしておいて、仕事に戻ることにした。
・
・
・
そして、夜。
いつも通りに公爵様のお部屋に呼ばれた私は、『何故ミッチェルさんがあれほど私に優しいのか』という疑問を、公爵様に投げかけることにした。
……若干不遜ではあるが、毎夜、公爵様のお話し相手を務めることで、私も随分と公爵様に接することに慣れ、今では、その日に起こったことや疑問を、自然に口に出すことができるようになったのである。
公爵様は、私の淹れたお茶を一口飲み、「美味い」と呟いてから、言う。
「ミッチェルは優秀な執事だが、家族とはうまくいっていなくてな。数年前に、息子夫婦が家を出て行ってしまったらしい。……ちょうど、お前と同じくらいの年齢の、孫娘も一緒に」
「えっ……」
「今でこそ、上品な好々爺が板についているが、昔のミッチェルは、優秀な分、完璧主義で、自分にも他人にも非常に厳しかった。息子夫婦は、そんなミッチェルとの堅苦しい生活が嫌になったのだろう。捜されないように、本当に、何の手掛かりも残さず、『さよなら』という書置きだけを残して、いなくなってしまったそうだ」
「そんな……」
「厳格で仕事一筋、完璧なる執事であったミッチェルも、これには相当なショックを受けたようでな、以降は、真面目ではあるものの、厳しさは影を潜め、すっかり穏やかな性格になったというわけだ。……レベッカ、お前もこの屋敷に来てもう一ヶ月だ。ならば、古株の使用人たちが、ミッチェルに対して、戦々恐々としているのを見たことがあるだろう?」
私は、頷いた。
ミッチェルさんに優しく声をかけられたのに、年配の使用人が、『はい!』と上ずった声をあげるのを見たのは、一回や二回ではなかった。
74
お気に入りに追加
5,967
あなたにおすすめの小説

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。

とある令嬢と婚約者、そしてその幼馴染の修羅場を目撃した男の話【完結】
小平ニコ
恋愛
ここは、貴族の集まる高級ラウンジ。そこにある日、変わった三人組が来店した。
楽しげに語り合う、いかにも貴族といった感じの、若い男と女。……そして、彼らと同席しているのに、一言もしゃべらない、重苦しい雰囲気の、黒髪の女。
給仕の男は、黒髪の女の不気味なたたずまいに怯えながらも、注文を取りに行く。すると、黒髪の女は、給仕が驚くようなものを、注文したのだった……
※ヒロインが、馬鹿な婚約者と幼馴染に振り回される、定番の展開なのですが、ストーリーのすべてが、無関係の第三者の視点で語られる、一風変わった物語となっております。

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

【完結】婚約者も両親も家も全部妹に取られましたが、庭師がざまぁ致します。私はどうやら帝国の王妃になるようです?
鏑木 うりこ
恋愛
父親が一緒だと言う一つ違いの妹は姉の物を何でも欲しがる。とうとう婚約者のアレクシス殿下まで欲しいと言い出た。もうここには居たくない姉のユーティアは指輪を一つだけ持って家を捨てる事を決める。
「なあ、お嬢さん、指輪はあんたを選んだのかい?」
庭師のシューの言葉に頷くと、庭師はにやりと笑ってユーティアの手を取った。
少し前に書いていたものです。ゆるーく見ていただけると助かります(*‘ω‘ *)
HOT&人気入りありがとうございます!(*ノωノ)<ウオオオオオオ嬉しいいいいい!
色々立て込んでいるため、感想への返信が遅くなっております、申し訳ございません。でも全部ありがたく読ませていただいております!元気でます~!('ω')完結まで頑張るぞーおー!
★おかげさまで完結致しました!そしてたくさんいただいた感想にやっとお返事が出来ました!本当に本当にありがとうございます、元気で最後まで書けたのは皆さまのお陰です!嬉し~~~~~!
これからも恋愛ジャンルもポチポチと書いて行きたいと思います。また趣味趣向に合うものがありましたら、お読みいただけるととっても嬉しいです!わーいわーい!
【完結】をつけて、完結表記にさせてもらいました!やり遂げた~(*‘ω‘ *)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる