魔界プリンスとココロのヒミツ【完結】

小平ニコ

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第57話

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「黙れ! こうなったのも全部、俺との決闘から逃げたお前のせいだ!」

「むぅ……それを言われるとつらいが……」

「しかし、正直戻って来てくれて助かったぞ。そこの女、とんでもない強情で、顔を叩いても俺に屈しようとしない。さりとて、これ以上暴力を振るうのもどうかと思い、ほとほと困っていたのだ。ルディ・クーランドよ。貴様が素直に魔界へ戻るなら、もうこの女に用はない。さあ、さっさと……」

 そこでガレスは言葉を止めた。ルディが明らかに話を聞いていなかったからだ。ずっとガレスの動きを警戒していたルディだったが、茫然とした様子で私の元に歩み寄り、先程ガレスに叩かれ、赤く腫れた頬に触れる。どうやら今になって初めて、私の怪我に気づいたらしい。

「加奈よ……余が助けに入る前に、奴にぶたれていたのか?」

「たいしたことないよ、これくらい」

 本当は痛かったし、もの凄く怖かったのだが、結局は手加減された平手打ちだ。ガレスが本気で私を殴ったなら、こんな程度では済んでいないと思うので、実際、たいしたことではない。この程度のことでルディに余計な心配をかけたくなかったから、私は、なるべく自然な笑顔で言った。

 ルディは私の頬に触れたまま、何もしゃべらない。その代わりというわけでもないだろうが、ガレスが口をとがらせてあーだこーだと言って来る。

「おい。まさかとは思うが、その程度の負傷を大げさに騒いで、この俺が現魔王の定めた『他種族への無意味な暴力を禁ずる』という法を破ったと魔界裁判所に訴え、決闘をうやむやにする気ではあるまいな? 頬が少し腫れた程度だ。なんなら、俺が直々に治癒の魔法をかけて……」

 ここで再び、ガレスは言葉を止めた。理由はさっきと同じ。ルディは明らかにガレスの話を聞いておらず、私の頬に触れた指に意識を集中させ、何かの魔法を使っていた。数秒のうちに、じんじんとした頬の痛みが消えていく。口の中も少し切れていたはずなのに、それも治ってしまったようだった。

 ルディは優しく微笑み、私の頬から手を離す。

「どうだ? まだ痛むか?」

「う、ううん。もう全然。今のって、魔法?」

「ああ、治癒の魔法だ。あんまりひどい怪我には効果がないが、軽い打撲くらいなら、問題なく治せる。余は戦うための魔法より、こういう魔法の方が好きだ」

「うん……」

 また、ガレスのとんがった言葉が飛んで来る。

「ふん、男のくせに治癒魔法がお好きとは、軟弱なことだ。さあ、治療が終わったなら、さっさと『別離の挨拶』をしろ。遠いイギリスなんぞに行かせる気はないが、魔界に戻る前に、その女にだけは別れを告げることを許可してやる。俺は優し……」

 またしてもガレスは言葉を止めた。これで三度目だ。だがその理由は、さっきの二つとは違った。これまでとは明らかに雰囲気の違う、ルディの憎悪に満ちた瞳で見据えられ、思わず言葉を飲み込んでしまったようだった。

「ガレス・ゴールズ。やってはならんことをやったな」

 ルディは一歩、ガレスとの距離を詰める。

「余は言ったはずだ。『加奈を傷つけるのは決して許さない』と」

 さらに一歩、ルディが距離を詰める。その迫力を受け、一歩後ずさろうとしたガレスだったが、彼の背後は壁なので、すぐにドンと音を立て、ガレスがこれ以上後ろに下がることを壁が阻止した。
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