魔界プリンスとココロのヒミツ【完結】

小平ニコ

文字の大きさ
上 下
56 / 63

第56話

しおりを挟む
 ガレスの冷徹な瞳を見て、今言ったことがただの脅しじゃないとすぐにわかる。目の前の人が、本気で私を叩こうとしている――その事実は、生まれてから今日まで、軽い体罰すら受けたことのない私にとっては、足が震えるほど恐ろしいことだった。

 でも……

「そうしたいならすればいい。あなたの言う通り、暴力では私はあなたにかなわない。防ぐ方法もない。でも、私はあなたなんかに屈しない。屈しないことだけが、私が今あなたに見せられる『強さ』だから」

 次の瞬間、とんでもない速さでガレスの平手打ちが飛んできた。想像をはるかに超える衝撃に、私の体は吹っ飛び、尻もちをついてしまう。口の中に、淡い血の味がした。

「どうだ? これが暴力――本当の『強さ』だ。理屈や解釈など挟む余地のない、正真正銘の『強さ』だ。分かったらもう口を閉じていろ。貴様は弱者だが、脅されながらも、堂々とした口をきいた度胸だけは褒めてやる。俺とて、これ以上……」

 そこで、ガレスの言葉は止まった。私が立ち上がって微笑したからだ。

「やっぱり私、あなたが強いだなんて思えない。だって、弱い者を殴って言うことを聞かせるなんて、情けなくて、カッコ悪くて、強い人のすることだなんて、どうしても思えないんだもん」

「こ、こいつ……」

 ガレスは、先程私を叩いた手をもう一度振り上げたが、その手が私の頬に飛んでくることはなかった。ガレスは明らかに、これ以上の暴力を行使することをためらっているように見える。

 これ以上やれば、現魔王の定めた『他種族への無意味な暴力を禁ずる』という法を、言いわけ不可能なほどに破ってしまうことに繋がるからか、それとも……

 その時、あいていた窓から、何かが猛スピードで音楽室に突っ込んできた。その『何か』は、突っ込んできた勢いのままガレスに激突し、彼を壁まで吹き飛ばした。

「ぐうっ!?」

 吹っ飛びながらも、上手に体を回転させて、最小の衝撃で壁に足をつき、それから難なく床に着地するガレス。さすが、魔界人の身体能力は普通じゃない。体そのものの頑強さも、私たち普通の人間とはまるで違うのだろう。その頑強な体を壁まで吹っ飛ばしたのは、やはりというか、ガレスと同じ魔界人――ルディだった。

 私は、安堵と驚き、そして大きな喜びが混ざった顔で問う。

「ルディ! どうしてここに!?」

「感動の再会なのに、『どうして』とはご挨拶だな。ガレスがそなたに対して腕を振り上げたので、全力で奴に突撃したのだが……」

「い、いや、そういうことじゃなくて、どうして戻って来たの?」

 ルディは隙のない姿勢でガレスの動きを注視しながら、こちらには視線を向けずに事情を説明していく。

「いぎりすに向けて飛行中、とんでもないことを思い出したのだ。加奈、そなたに対して『別離の挨拶』をしていないことをな。それで、大慌てで引き返してきたのだが、補給なしのUターン飛行で、体力も魔力も大いに消費し、予想よりもはるかに時間がかかってしまったよ。……それより、これはどういうことだ?」

 最後の台詞は、私というより、ガレスに向けた問いのようだった。ガレスは先程ルディが激突した腹部を押さえながら、忌々しげに言う。

「どうもこうもあるか。俺はやはり、腰抜けの貴様が素直に魔界に戻るとは思えなかったのでな。その女を人質に取り、お前が逃げ出した場合の交渉材料にするつもりだったのだ」

 ルディは呆れたようにため息を漏らす。

「なんという疑いの深さだ。そなたも次期魔王を名乗るのなら、もう少しどっしり構えてはどうだ。魔界の名門であるゴールズ家の名が泣くぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

てのひらは君のため

星名柚花
児童書・童話
あまりの暑さで熱中症になりかけていた深森真白に、美少年が声をかけてきた。 彼は同じ中学に通う一つ年下の男子、成瀬漣里。 無口、無表情、無愛想。 三拍子そろった彼は入学早々、上級生を殴った不良として有名だった。 てっきり怖い人かと思いきや、不良を殴ったのはイジメを止めるためだったらしい。 話してみると、本当の彼は照れ屋で可愛かった。 交流を深めていくうちに、真白はどんどん漣里に惹かれていく。 でも、周囲に不良と誤解されている彼との恋は前途多難な様子で…?

1000本の薔薇と闇の薬屋

八木愛里
児童書・童話
アルファポリス第1回きずな児童書大賞奨励賞を受賞しました! イーリスは父親の寿命が約一週間と言われ、運命を変えるべく、ちまたで噂の「なんでも願いをかなえる薬」が置いてある薬屋に行くことを決意する。 その薬屋には、意地悪な店長と優しい少年がいた。 父親の薬をもらおうとしたイーリスだったが、「なんでも願いをかなえる薬」を使うと、使った本人、つまりイーリスが死んでしまうという訳ありな薬だった。 訳ありな薬しか並んでいない薬屋、通称「闇の薬屋」。 薬の瓶を割ってしまったことで、少年スレーの秘密を知り、イーリスは店番を手伝うことになってしまう。 児童文学風ダークファンタジー 5万文字程度の中編 【登場人物の紹介】 ・イーリス……13才。ドジでいつも行動が裏目に出る。可憐に見えるが心は強い。B型。 ・シヴァン……16才。通称「闇の薬屋」の店長。手段を選ばず強引なところがある。A型。 ・スレー……見た目は12才くらい。薬屋のお手伝いの少年。柔らかい雰囲気で、どこか大人びている。O型。 ・ロマニオ……17才。甘いマスクでマダムに人気。AB型。 ・フクロウのクーちゃん……無表情が普通の看板マスコット。

閉じられた図書館

関谷俊博
児童書・童話
ぼくの心には閉じられた図書館がある…。「あんたの母親は、適当な男と街を出ていったんだよ」祖母にそう聴かされたとき、ぼくは心の図書館の扉を閉めた…。(1/4完結。有難うございました)。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

処理中です...