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第56話
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ガレスの冷徹な瞳を見て、今言ったことがただの脅しじゃないとすぐにわかる。目の前の人が、本気で私を叩こうとしている――その事実は、生まれてから今日まで、軽い体罰すら受けたことのない私にとっては、足が震えるほど恐ろしいことだった。
でも……
「そうしたいならすればいい。あなたの言う通り、暴力では私はあなたにかなわない。防ぐ方法もない。でも、私はあなたなんかに屈しない。屈しないことだけが、私が今あなたに見せられる『強さ』だから」
次の瞬間、とんでもない速さでガレスの平手打ちが飛んできた。想像をはるかに超える衝撃に、私の体は吹っ飛び、尻もちをついてしまう。口の中に、淡い血の味がした。
「どうだ? これが暴力――本当の『強さ』だ。理屈や解釈など挟む余地のない、正真正銘の『強さ』だ。分かったらもう口を閉じていろ。貴様は弱者だが、脅されながらも、堂々とした口をきいた度胸だけは褒めてやる。俺とて、これ以上……」
そこで、ガレスの言葉は止まった。私が立ち上がって微笑したからだ。
「やっぱり私、あなたが強いだなんて思えない。だって、弱い者を殴って言うことを聞かせるなんて、情けなくて、カッコ悪くて、強い人のすることだなんて、どうしても思えないんだもん」
「こ、こいつ……」
ガレスは、先程私を叩いた手をもう一度振り上げたが、その手が私の頬に飛んでくることはなかった。ガレスは明らかに、これ以上の暴力を行使することをためらっているように見える。
これ以上やれば、現魔王の定めた『他種族への無意味な暴力を禁ずる』という法を、言いわけ不可能なほどに破ってしまうことに繋がるからか、それとも……
その時、あいていた窓から、何かが猛スピードで音楽室に突っ込んできた。その『何か』は、突っ込んできた勢いのままガレスに激突し、彼を壁まで吹き飛ばした。
「ぐうっ!?」
吹っ飛びながらも、上手に体を回転させて、最小の衝撃で壁に足をつき、それから難なく床に着地するガレス。さすが、魔界人の身体能力は普通じゃない。体そのものの頑強さも、私たち普通の人間とはまるで違うのだろう。その頑強な体を壁まで吹っ飛ばしたのは、やはりというか、ガレスと同じ魔界人――ルディだった。
私は、安堵と驚き、そして大きな喜びが混ざった顔で問う。
「ルディ! どうしてここに!?」
「感動の再会なのに、『どうして』とはご挨拶だな。ガレスがそなたに対して腕を振り上げたので、全力で奴に突撃したのだが……」
「い、いや、そういうことじゃなくて、どうして戻って来たの?」
ルディは隙のない姿勢でガレスの動きを注視しながら、こちらには視線を向けずに事情を説明していく。
「いぎりすに向けて飛行中、とんでもないことを思い出したのだ。加奈、そなたに対して『別離の挨拶』をしていないことをな。それで、大慌てで引き返してきたのだが、補給なしのUターン飛行で、体力も魔力も大いに消費し、予想よりもはるかに時間がかかってしまったよ。……それより、これはどういうことだ?」
最後の台詞は、私というより、ガレスに向けた問いのようだった。ガレスは先程ルディが激突した腹部を押さえながら、忌々しげに言う。
「どうもこうもあるか。俺はやはり、腰抜けの貴様が素直に魔界に戻るとは思えなかったのでな。その女を人質に取り、お前が逃げ出した場合の交渉材料にするつもりだったのだ」
ルディは呆れたようにため息を漏らす。
「なんという疑いの深さだ。そなたも次期魔王を名乗るのなら、もう少しどっしり構えてはどうだ。魔界の名門であるゴールズ家の名が泣くぞ」
でも……
「そうしたいならすればいい。あなたの言う通り、暴力では私はあなたにかなわない。防ぐ方法もない。でも、私はあなたなんかに屈しない。屈しないことだけが、私が今あなたに見せられる『強さ』だから」
次の瞬間、とんでもない速さでガレスの平手打ちが飛んできた。想像をはるかに超える衝撃に、私の体は吹っ飛び、尻もちをついてしまう。口の中に、淡い血の味がした。
「どうだ? これが暴力――本当の『強さ』だ。理屈や解釈など挟む余地のない、正真正銘の『強さ』だ。分かったらもう口を閉じていろ。貴様は弱者だが、脅されながらも、堂々とした口をきいた度胸だけは褒めてやる。俺とて、これ以上……」
そこで、ガレスの言葉は止まった。私が立ち上がって微笑したからだ。
「やっぱり私、あなたが強いだなんて思えない。だって、弱い者を殴って言うことを聞かせるなんて、情けなくて、カッコ悪くて、強い人のすることだなんて、どうしても思えないんだもん」
「こ、こいつ……」
ガレスは、先程私を叩いた手をもう一度振り上げたが、その手が私の頬に飛んでくることはなかった。ガレスは明らかに、これ以上の暴力を行使することをためらっているように見える。
これ以上やれば、現魔王の定めた『他種族への無意味な暴力を禁ずる』という法を、言いわけ不可能なほどに破ってしまうことに繋がるからか、それとも……
その時、あいていた窓から、何かが猛スピードで音楽室に突っ込んできた。その『何か』は、突っ込んできた勢いのままガレスに激突し、彼を壁まで吹き飛ばした。
「ぐうっ!?」
吹っ飛びながらも、上手に体を回転させて、最小の衝撃で壁に足をつき、それから難なく床に着地するガレス。さすが、魔界人の身体能力は普通じゃない。体そのものの頑強さも、私たち普通の人間とはまるで違うのだろう。その頑強な体を壁まで吹っ飛ばしたのは、やはりというか、ガレスと同じ魔界人――ルディだった。
私は、安堵と驚き、そして大きな喜びが混ざった顔で問う。
「ルディ! どうしてここに!?」
「感動の再会なのに、『どうして』とはご挨拶だな。ガレスがそなたに対して腕を振り上げたので、全力で奴に突撃したのだが……」
「い、いや、そういうことじゃなくて、どうして戻って来たの?」
ルディは隙のない姿勢でガレスの動きを注視しながら、こちらには視線を向けずに事情を説明していく。
「いぎりすに向けて飛行中、とんでもないことを思い出したのだ。加奈、そなたに対して『別離の挨拶』をしていないことをな。それで、大慌てで引き返してきたのだが、補給なしのUターン飛行で、体力も魔力も大いに消費し、予想よりもはるかに時間がかかってしまったよ。……それより、これはどういうことだ?」
最後の台詞は、私というより、ガレスに向けた問いのようだった。ガレスは先程ルディが激突した腹部を押さえながら、忌々しげに言う。
「どうもこうもあるか。俺はやはり、腰抜けの貴様が素直に魔界に戻るとは思えなかったのでな。その女を人質に取り、お前が逃げ出した場合の交渉材料にするつもりだったのだ」
ルディは呆れたようにため息を漏らす。
「なんという疑いの深さだ。そなたも次期魔王を名乗るのなら、もう少しどっしり構えてはどうだ。魔界の名門であるゴールズ家の名が泣くぞ」
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