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第18話
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私が我に返り、構えを解いたところで、拍手の音が響いてくる。
ルディだ。一緒に地下室に入ったところまでは覚えているが、その後は、私は完全に彼のことを忘れ――いや、彼だけではなく、他のすべてのことを忘れ、演奏だけに集中していた。
ルディは拍手をやめると、微笑して言う。
「驚いたぞ。魔界にも楽団があるが、その奏者に引けを取らぬ演奏だ。そなたは『フルートのことで失敗した』と言い、その失敗を強く引きずっているようだから、正直言ってこれほどの技量があるとは思いもしなかった」
手放しで褒められ、少し照れるのと同時に、それ以上に私の胸に湧き上がって来たのは、しばらくのあいだ失っていた自尊心と自負心だった。
「ありがと。……これでも7歳の頃からやってるから。ちっちゃなときにお父さんの友達のフルート奏者さんに生で演奏をきかせてもらって、透き通るような音に一目惚れしちゃって。それで毎日夢中になって練習してた」
「史郎のように、ピアノをやろうとは思わなかったのか?」
「ピアノは3歳の頃からやってる。これでもあの稲葉史郎の娘だからね」
そう言って片目を閉じると、グランドピアノの前に行き、即興で演奏をした。自分の実力を殊更に見せつけるような行為に、わずかな自己嫌悪と羞恥心を覚えたが、ひさびさに思う存分フルートに触れることのできた充実感と満足感が、私を心の底から高揚させ、ささいな負の感情を全てかすませていた。
私のピアノを聞いたルディはますます感心したという顔になってから、大きく首をかしげる。これまでに何度も見たこの『首をかしげる動作』は、どうやらルディが大きな疑問を抱いた時のクセのようだ。
「うーむ、わからん。こうして聞けば聞くほど、そなたに非凡な音楽の才能があることが理解できる。その"非凡な才"の持ち主が、いったい何に失敗し、何をそんなに悩み続けているのだ?」
私は演奏をぴたりとやめ、ルディに向き直った。そして、左手でピアノの鍵盤の上を撫でるようにしながら、心の内側にしまった過去を話し始める。
「自慢じゃないけど、私、演奏そのものを失敗したことはないの。人前で演奏するのも緊張しないし、とにかく楽器に触れて、自由に自分の音楽を表現するのが楽しくて仕方なかった。私が演奏すると、お父さんもお母さんも、音楽教室の先生も友達も、みんな笑顔になって喜んでくれて、それが凄く幸せだった……」
そこで、ピアノの鍵盤のちょうど真ん中にある『ド』を軽く押し、私は話を続ける。
「中学生になって、もっとたくさんの人と音楽で繋がりたいと思って、私は吹奏楽部に入った。うちの吹奏楽部は、全国規模のコンクールでも上位に入るくらいの強豪でね。一年生も、皆経験者ばっかり。それで顧問の先生が、新しく入った一年生が、どれだけできるのかまず見たいということで、一人ずつ単独で演奏することになったの」
ルディだ。一緒に地下室に入ったところまでは覚えているが、その後は、私は完全に彼のことを忘れ――いや、彼だけではなく、他のすべてのことを忘れ、演奏だけに集中していた。
ルディは拍手をやめると、微笑して言う。
「驚いたぞ。魔界にも楽団があるが、その奏者に引けを取らぬ演奏だ。そなたは『フルートのことで失敗した』と言い、その失敗を強く引きずっているようだから、正直言ってこれほどの技量があるとは思いもしなかった」
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「ありがと。……これでも7歳の頃からやってるから。ちっちゃなときにお父さんの友達のフルート奏者さんに生で演奏をきかせてもらって、透き通るような音に一目惚れしちゃって。それで毎日夢中になって練習してた」
「史郎のように、ピアノをやろうとは思わなかったのか?」
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そう言って片目を閉じると、グランドピアノの前に行き、即興で演奏をした。自分の実力を殊更に見せつけるような行為に、わずかな自己嫌悪と羞恥心を覚えたが、ひさびさに思う存分フルートに触れることのできた充実感と満足感が、私を心の底から高揚させ、ささいな負の感情を全てかすませていた。
私のピアノを聞いたルディはますます感心したという顔になってから、大きく首をかしげる。これまでに何度も見たこの『首をかしげる動作』は、どうやらルディが大きな疑問を抱いた時のクセのようだ。
「うーむ、わからん。こうして聞けば聞くほど、そなたに非凡な音楽の才能があることが理解できる。その"非凡な才"の持ち主が、いったい何に失敗し、何をそんなに悩み続けているのだ?」
私は演奏をぴたりとやめ、ルディに向き直った。そして、左手でピアノの鍵盤の上を撫でるようにしながら、心の内側にしまった過去を話し始める。
「自慢じゃないけど、私、演奏そのものを失敗したことはないの。人前で演奏するのも緊張しないし、とにかく楽器に触れて、自由に自分の音楽を表現するのが楽しくて仕方なかった。私が演奏すると、お父さんもお母さんも、音楽教室の先生も友達も、みんな笑顔になって喜んでくれて、それが凄く幸せだった……」
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