魔界プリンスとココロのヒミツ【完結】

小平ニコ

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第14話

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 今度は、私が首を左右に振った。

「いいの。お父さんが世界じゅうで演奏会をやってるピアニストなんだから、娘の私も楽器をやってるって思うのも当然だし、ルディがそれを話題に出すのは全然変なことじゃないよ。……なのに逃げたりして、私、本当にみっともないよね」

「楽器の話は嫌なのか?」

 ルディが、慎重に尋ねてくる。あえてこちらの顔は見ず、前は向いたままだ。その仕草は、『嫌ならすぐに話題を変えて構わない』と言ってくれているようで、逆に話す勇気が出た。

「嫌って言うか……。いや、うん、そうだね。なるべく、したくなかった。私はお父さんと違って、フルートをやってたんだけど、それでちょっと、少し前に失敗しちゃったから。そのことを思い出すと悲しくて、胸が苦しくって。……馬鹿みたいだよね。たかが楽器のことなのに」

 自分で、自分の言っていることが信じられなかった。こんな話、千佳ちゃんにも、お母さんにも、お父さんにもしたことないのに。ほんの少し前は、ルディに『楽器』という言葉を出されただけで、逃げてしまったのに。

 それがどうして、急に話す気になったのか。たぶんルディが、私と同じような反応を見せたことで、彼もまた、何かのコンプレックスを抱えていると思い、共感したからだ。これは予想と言うより、確信に近い思いだった。

 だから、かたく閉じられていた水門から水が溢れ出すように、言葉が溢れたのだと思う。きっと本心では、ずっと誰かに悩みを打ち明けたいと思っていたから……。

 そこで私たちは、二人同時に黙った。静かになったことで、少し離れたところを歩いている他のクラスメートのおしゃべり声が聞こえてくる。

 普通なら皆、外国からの体験入学生であるルディに興味しんしんで、色々聞いてくるところだと思うが、あのヘンテコな自己紹介のせいもあってか、まだ声をかけることを躊躇している感じで、なおかつルディがずっと私と話しているので、その間に割り込んでくるような子は一人もいなかった。

 移動の目的地である音楽室は、私たちの教室からかなり距離があるので、到着にはまだもう少しかかる。私たちはしばらく無言で歩き続け、あと少しで音楽室というところで、不意にルディが口を開いた。

「余は楽器や音楽にそれほど詳しくないので、素人のたわごとと思って聞いてほしいのだが……」

 そう前置きして、ルディは言葉を続ける。

「楽器が話題に出るだけで過去の失敗を思い出し、悲しく、胸が苦しくなるのは、そなたが真剣に楽器に打ち込んでいたからだろう。適当に遊びでやっていたなら、それほど強烈な反応を示すことはないはずだ」

「…………」

「そなたは先程『たかが楽器のこと』と言ったが、本気で"たかが"と思っていたら、思い悩むこともあるまい。きっと今でも、そなたにとって楽器――フルートは、大切なものなのだと思う。これからどうするかはそなたの気持ち次第だが、本当に大切なものは、簡単に捨ててしまわぬようにな」

 そして、私たちは音楽室に到着した。すぐに音楽の授業が始まり、みんなと一緒に合唱をしながらも、私の心の中では、ルディにかけてもらった言葉が、何度も何度も響き渡り、心の奥深くに浸透していくようだった。
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