1 / 63
第1話
しおりを挟む
「私、誰のことも馬鹿になんかしてないよ!」
そう叫ぶのと同時に、私は飛び起きた。
見慣れた自分の部屋の、寝慣れた自分のベッド。カーテンの隙間から、うっすらと朝日が差し込んでいる。弱々しい光なので、まだ起床するには早い時間だとすぐにわかるが、枕もとの目覚まし時計を一応確認する。
……現在時刻、朝の6時20分。二度寝するには少し遅く、起きるには少し早い中途半端な時間。こういう時間に目が覚めるのが一番困る。私は、ため息まじりに一人つぶやいた。
「もうちょっと寝たかったけど、今から二度寝したら遅刻しちゃうし、もう起きよ……」
我ながら、元気のない声だった。でも、最悪な目覚めで一日が始まったのだから、元気がなくなるのも当然である。
「はぁ。また悪い夢で目がさめちゃった……」
私は、悪夢をよく見る。一口に『悪夢』と言っても色々あり、単に怖い夢なら全然マシで、最悪なのが、実際に体験した嫌な出来事を思い出させるような夢だ。しかも、そんな夢にかぎって、起きた後も内容をよく覚えているのだ。なんとなく楽しかったと感じる夢は、すぐに忘れてしまうのに。
「私、誰のことも馬鹿になんかしてないよ」
ついさっき叫んだ言葉を、静かに言い直す。……あの時も、ハッキリこう言えたらよかったのに。何度も後悔したことを、また後悔するが、いつまでもそうしてはいられないので、朝ごはんの準備をする。
私は稲葉加奈(いなば かな)、中学一年生。お父さんは仕事で海外に行き、お母さんも仕事が忙しいので、朝ごはんの準備は私の"仕事"になっている。
そのことを友達の千佳ちゃんに話したら、『まだ中一なのに、自分で朝ごはんの準備しなきゃいけないなんてキツすぎない?』と言われたが、うちの家族は朝はパン派なので、ご飯を炊く必要はないから、特にキツいと思ったことはない。そもそも、そんなに難しい料理を作るわけでもないしね。
お母さんは、昨日かなり帰って来るのが遅かったから、起きるのもきっと遅い。時間が経っても大丈夫なように、サラダにはラップをして、ゆで卵も冷蔵庫に入れておく。
それで、私は自分の食事を済ませて家を出た。……いや、出ようとしたけど、出られなかった。玄関のドアが、"何か"に当たって四分の一しか開かないからだ。
私は、ちょっとだけ緊張する。だって、こんな経験は今まで一度もなかったから。なんでこんなことに? 宅配便の配達員さんが、荷物を置いていったのかなと一瞬思ったけど、それにしたって、玄関ドアが開かないような場所に置いていくはずがない。
それに、ドアが当たったこの感触。段ボールに包まれた荷物に接触したのとは、まるで違う感じ。柔らかいようで、硬いようで、それでいて、ある程度の重みも感じる。その正体は、結局のところ見てみなければわからないので、私はドアの隙間から外を覗き込んだ。
そして「ひぇっ」と情けない声を上げてドアを閉じてしまう。……ハッキリ言って、私は気が強い方じゃない。ううん、どっちかって言うと気弱な方だと思う。口喧嘩すら苦手だから。でも、今私が見たものを見れば、たとえ気が強い子でも平然とはしてられないと思う。
だって、うちの玄関ドアを塞いでいたのは"人間"だったから。その人間がもし、体の大きな男の人だったなら、声を上げるどころか、怖すぎて気絶してたかもしれない。私が一応冷静でいられるのは、相手が子供だったからだ。
見た感じ、私と同じくらいの年齢の、綺麗な顔をした男の子。髪が長いので、もしかしたら女の子かも……いや、でもやっぱり男の子かな。凛々しい感じだし。いやいや、女の子でも凛々しい子なんて、いくらでもいるよね。
なんてことを考える余裕があるのは、その子がどう見ても眠っていたからだ。見たのは一瞬だったが、寝袋のようなものに包まれて、すやすやと熟睡している雰囲気だった。
そこで、ほんのちょっとだけムッとした。この子がどこでキャンプしようと自由だけど、人の家の玄関の前で寝るのはいくらなんでも非常識すぎる。早起きしたのでまだまだ時間には余裕があるが、急いでいるときだったら、きっと凄く困っただろう。
(お母さんは疲れて寝てるんだから、私が言って、どこかに行ってもらわなきゃ)
相手が同年代の子供という安心感もあり、私はドアを開けて声をかける。
「あの、ちょっと、すいません……」
何が『すいません』なのか。自分の家の敷地内で、玄関ドアを塞ぐように寝ている相手に対して、なんでこっちが謝らなければいけないのだろうと思うけど、それでもまあ、知らない人に声をかける際の礼儀として、丁寧に『すいません』と言うのは悪いことじゃない。
なので、もう一度言う。
「すいません。ここで寝ないでほしいんですけど……」
その言葉で、今の今までぐっすり寝ていた少年が、突然パッチリと目を開けた。その瞳の色は鮮やかな青色で、彼が日本人でないことに今さらながら気づく。
(もしかして、私の言葉、通じてないかも……)
一瞬そう思ったが、余計な心配だったようで、少年は上半身を起こし、聞き取りやすい日本語で話しだした。
「おお、やっと出てきたか。待ちかねたぞ。そなたが稲葉美咲か?」
「い、いえ。稲葉美咲は、私のお母さんです」
「そうか。では、そなたは稲葉史郎と稲葉美咲の娘か。なるほど、よく見ると稲葉史郎に似ている」
……いったいなんなんだろう、この子は。お母さんだけでなく、お父さんの名前も知っている。それはまあいいとして、普通、知っている大人の人の名前を言う時、こんなふうにフルネームで呼び捨てにしたりはしないものだ。
(それに『待ちかねた』とか『そなた』とか、まるで時代劇みたいな言葉遣い。ちょっと……いや、かなり変わってるよね)
だけど、面と向かって『あなた変わってるね』と言う勇気が私にはなく、その代わり、ずっと気になっていたことを素直に尋ねた。
「あの、あなたいったい、誰なんですか?」
そう叫ぶのと同時に、私は飛び起きた。
見慣れた自分の部屋の、寝慣れた自分のベッド。カーテンの隙間から、うっすらと朝日が差し込んでいる。弱々しい光なので、まだ起床するには早い時間だとすぐにわかるが、枕もとの目覚まし時計を一応確認する。
……現在時刻、朝の6時20分。二度寝するには少し遅く、起きるには少し早い中途半端な時間。こういう時間に目が覚めるのが一番困る。私は、ため息まじりに一人つぶやいた。
「もうちょっと寝たかったけど、今から二度寝したら遅刻しちゃうし、もう起きよ……」
我ながら、元気のない声だった。でも、最悪な目覚めで一日が始まったのだから、元気がなくなるのも当然である。
「はぁ。また悪い夢で目がさめちゃった……」
私は、悪夢をよく見る。一口に『悪夢』と言っても色々あり、単に怖い夢なら全然マシで、最悪なのが、実際に体験した嫌な出来事を思い出させるような夢だ。しかも、そんな夢にかぎって、起きた後も内容をよく覚えているのだ。なんとなく楽しかったと感じる夢は、すぐに忘れてしまうのに。
「私、誰のことも馬鹿になんかしてないよ」
ついさっき叫んだ言葉を、静かに言い直す。……あの時も、ハッキリこう言えたらよかったのに。何度も後悔したことを、また後悔するが、いつまでもそうしてはいられないので、朝ごはんの準備をする。
私は稲葉加奈(いなば かな)、中学一年生。お父さんは仕事で海外に行き、お母さんも仕事が忙しいので、朝ごはんの準備は私の"仕事"になっている。
そのことを友達の千佳ちゃんに話したら、『まだ中一なのに、自分で朝ごはんの準備しなきゃいけないなんてキツすぎない?』と言われたが、うちの家族は朝はパン派なので、ご飯を炊く必要はないから、特にキツいと思ったことはない。そもそも、そんなに難しい料理を作るわけでもないしね。
お母さんは、昨日かなり帰って来るのが遅かったから、起きるのもきっと遅い。時間が経っても大丈夫なように、サラダにはラップをして、ゆで卵も冷蔵庫に入れておく。
それで、私は自分の食事を済ませて家を出た。……いや、出ようとしたけど、出られなかった。玄関のドアが、"何か"に当たって四分の一しか開かないからだ。
私は、ちょっとだけ緊張する。だって、こんな経験は今まで一度もなかったから。なんでこんなことに? 宅配便の配達員さんが、荷物を置いていったのかなと一瞬思ったけど、それにしたって、玄関ドアが開かないような場所に置いていくはずがない。
それに、ドアが当たったこの感触。段ボールに包まれた荷物に接触したのとは、まるで違う感じ。柔らかいようで、硬いようで、それでいて、ある程度の重みも感じる。その正体は、結局のところ見てみなければわからないので、私はドアの隙間から外を覗き込んだ。
そして「ひぇっ」と情けない声を上げてドアを閉じてしまう。……ハッキリ言って、私は気が強い方じゃない。ううん、どっちかって言うと気弱な方だと思う。口喧嘩すら苦手だから。でも、今私が見たものを見れば、たとえ気が強い子でも平然とはしてられないと思う。
だって、うちの玄関ドアを塞いでいたのは"人間"だったから。その人間がもし、体の大きな男の人だったなら、声を上げるどころか、怖すぎて気絶してたかもしれない。私が一応冷静でいられるのは、相手が子供だったからだ。
見た感じ、私と同じくらいの年齢の、綺麗な顔をした男の子。髪が長いので、もしかしたら女の子かも……いや、でもやっぱり男の子かな。凛々しい感じだし。いやいや、女の子でも凛々しい子なんて、いくらでもいるよね。
なんてことを考える余裕があるのは、その子がどう見ても眠っていたからだ。見たのは一瞬だったが、寝袋のようなものに包まれて、すやすやと熟睡している雰囲気だった。
そこで、ほんのちょっとだけムッとした。この子がどこでキャンプしようと自由だけど、人の家の玄関の前で寝るのはいくらなんでも非常識すぎる。早起きしたのでまだまだ時間には余裕があるが、急いでいるときだったら、きっと凄く困っただろう。
(お母さんは疲れて寝てるんだから、私が言って、どこかに行ってもらわなきゃ)
相手が同年代の子供という安心感もあり、私はドアを開けて声をかける。
「あの、ちょっと、すいません……」
何が『すいません』なのか。自分の家の敷地内で、玄関ドアを塞ぐように寝ている相手に対して、なんでこっちが謝らなければいけないのだろうと思うけど、それでもまあ、知らない人に声をかける際の礼儀として、丁寧に『すいません』と言うのは悪いことじゃない。
なので、もう一度言う。
「すいません。ここで寝ないでほしいんですけど……」
その言葉で、今の今までぐっすり寝ていた少年が、突然パッチリと目を開けた。その瞳の色は鮮やかな青色で、彼が日本人でないことに今さらながら気づく。
(もしかして、私の言葉、通じてないかも……)
一瞬そう思ったが、余計な心配だったようで、少年は上半身を起こし、聞き取りやすい日本語で話しだした。
「おお、やっと出てきたか。待ちかねたぞ。そなたが稲葉美咲か?」
「い、いえ。稲葉美咲は、私のお母さんです」
「そうか。では、そなたは稲葉史郎と稲葉美咲の娘か。なるほど、よく見ると稲葉史郎に似ている」
……いったいなんなんだろう、この子は。お母さんだけでなく、お父さんの名前も知っている。それはまあいいとして、普通、知っている大人の人の名前を言う時、こんなふうにフルネームで呼び捨てにしたりはしないものだ。
(それに『待ちかねた』とか『そなた』とか、まるで時代劇みたいな言葉遣い。ちょっと……いや、かなり変わってるよね)
だけど、面と向かって『あなた変わってるね』と言う勇気が私にはなく、その代わり、ずっと気になっていたことを素直に尋ねた。
「あの、あなたいったい、誰なんですか?」
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
クール天狗の溺愛事情
緋村燐
児童書・童話
サトリの子孫である美紗都は
中学の入学を期にあやかしの里・北妖に戻って来た。
一歳から人間の街で暮らしていたからうまく馴染めるか不安があったけれど……。
でも、素敵な出会いが待っていた。
黒い髪と同じ色の翼をもったカラス天狗。
普段クールだという彼は美紗都だけには甘くて……。
*・゜゚・*:.。..。.:*☆*:.。. .。.:*・゜゚・*
「可愛いな……」
*滝柳 風雅*
守りの力を持つカラス天狗
。.:*☆*:.。
「お前今から俺の第一嫁候補な」
*日宮 煉*
最強の火鬼
。.:*☆*:.。
「風雅の邪魔はしたくないけど、簡単に諦めたくもないなぁ」
*山里 那岐*
神の使いの白狐
\\ドキドキワクワクなあやかし現代ファンタジー!//
野いちご様
ベリーズカフェ様
魔法のiらんど様
エブリスタ様
にも掲載しています。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
1000本の薔薇と闇の薬屋
八木愛里
児童書・童話
アルファポリス第1回きずな児童書大賞奨励賞を受賞しました!
イーリスは父親の寿命が約一週間と言われ、運命を変えるべく、ちまたで噂の「なんでも願いをかなえる薬」が置いてある薬屋に行くことを決意する。
その薬屋には、意地悪な店長と優しい少年がいた。
父親の薬をもらおうとしたイーリスだったが、「なんでも願いをかなえる薬」を使うと、使った本人、つまりイーリスが死んでしまうという訳ありな薬だった。
訳ありな薬しか並んでいない薬屋、通称「闇の薬屋」。
薬の瓶を割ってしまったことで、少年スレーの秘密を知り、イーリスは店番を手伝うことになってしまう。
児童文学風ダークファンタジー
5万文字程度の中編
【登場人物の紹介】
・イーリス……13才。ドジでいつも行動が裏目に出る。可憐に見えるが心は強い。B型。
・シヴァン……16才。通称「闇の薬屋」の店長。手段を選ばず強引なところがある。A型。
・スレー……見た目は12才くらい。薬屋のお手伝いの少年。柔らかい雰囲気で、どこか大人びている。O型。
・ロマニオ……17才。甘いマスクでマダムに人気。AB型。
・フクロウのクーちゃん……無表情が普通の看板マスコット。

拳法家 ウーミンリン
モモンとパパン
児童書・童話
この作品はフィクションです。
中国の誰も寄りつかない洞窟に、拳法家 ウーミンリンは一人 必殺拳の
習得にはげんでいました。
ミンリンには、絶対に倒さなければならない相手がいました。
その名は、ベイチェンホという男でした。
はたして、ミンリンはチェンホを倒すことができたのでしょうか?

ぼくの親友
辛已奈美(かのうみなみ)
児童書・童話
夕日がおちて、空がくらくなりはじめるころ、1ぴきの小さなねずみが、しずかに目をさました。かれの名前はリュウタ。リュウタは、町のかたすみにある、古びたそうこにすんでいた。そんなリュウタは、町で1けんの、古いパンやを見つけた。そこで・・・
小学2年生までの漢字で作っています。
ヒョイラレ
如月芳美
児童書・童話
中学に入って関東デビューを果たした俺は、急いで帰宅しようとして階段で足を滑らせる。
階段から落下した俺が目を覚ますと、しましまのモフモフになっている!
しかも生きて歩いてる『俺』を目の当たりにすることに。
その『俺』はとんでもなく困り果てていて……。
どうやら転生した奴が俺の体を使ってる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる