魔界プリンスとココロのヒミツ【完結】

小平ニコ

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第1話

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「私、誰のことも馬鹿になんかしてないよ!」

 そう叫ぶのと同時に、私は飛び起きた。

 見慣れた自分の部屋の、寝慣れた自分のベッド。カーテンの隙間から、うっすらと朝日が差し込んでいる。弱々しい光なので、まだ起床するには早い時間だとすぐにわかるが、枕もとの目覚まし時計を一応確認する。

 ……現在時刻、朝の6時20分。二度寝するには少し遅く、起きるには少し早い中途半端な時間。こういう時間に目が覚めるのが一番困る。私は、ため息まじりに一人つぶやいた。

「もうちょっと寝たかったけど、今から二度寝したら遅刻しちゃうし、もう起きよ……」

 我ながら、元気のない声だった。でも、最悪な目覚めで一日が始まったのだから、元気がなくなるのも当然である。

「はぁ。また悪い夢で目がさめちゃった……」

 私は、悪夢をよく見る。一口に『悪夢』と言っても色々あり、単に怖い夢なら全然マシで、最悪なのが、実際に体験した嫌な出来事を思い出させるような夢だ。しかも、そんな夢にかぎって、起きた後も内容をよく覚えているのだ。なんとなく楽しかったと感じる夢は、すぐに忘れてしまうのに。

「私、誰のことも馬鹿になんかしてないよ」

 ついさっき叫んだ言葉を、静かに言い直す。……あの時も、ハッキリこう言えたらよかったのに。何度も後悔したことを、また後悔するが、いつまでもそうしてはいられないので、朝ごはんの準備をする。

 私は稲葉加奈(いなば かな)、中学一年生。お父さんは仕事で海外に行き、お母さんも仕事が忙しいので、朝ごはんの準備は私の"仕事"になっている。

 そのことを友達の千佳ちゃんに話したら、『まだ中一なのに、自分で朝ごはんの準備しなきゃいけないなんてキツすぎない?』と言われたが、うちの家族は朝はパン派なので、ご飯を炊く必要はないから、特にキツいと思ったことはない。そもそも、そんなに難しい料理を作るわけでもないしね。

 お母さんは、昨日かなり帰って来るのが遅かったから、起きるのもきっと遅い。時間が経っても大丈夫なように、サラダにはラップをして、ゆで卵も冷蔵庫に入れておく。

 それで、私は自分の食事を済ませて家を出た。……いや、出ようとしたけど、出られなかった。玄関のドアが、"何か"に当たって四分の一しか開かないからだ。

 私は、ちょっとだけ緊張する。だって、こんな経験は今まで一度もなかったから。なんでこんなことに? 宅配便の配達員さんが、荷物を置いていったのかなと一瞬思ったけど、それにしたって、玄関ドアが開かないような場所に置いていくはずがない。

 それに、ドアが当たったこの感触。段ボールに包まれた荷物に接触したのとは、まるで違う感じ。柔らかいようで、硬いようで、それでいて、ある程度の重みも感じる。その正体は、結局のところ見てみなければわからないので、私はドアの隙間から外を覗き込んだ。

 そして「ひぇっ」と情けない声を上げてドアを閉じてしまう。……ハッキリ言って、私は気が強い方じゃない。ううん、どっちかって言うと気弱な方だと思う。口喧嘩すら苦手だから。でも、今私が見たものを見れば、たとえ気が強い子でも平然とはしてられないと思う。

 だって、うちの玄関ドアを塞いでいたのは"人間"だったから。その人間がもし、体の大きな男の人だったなら、声を上げるどころか、怖すぎて気絶してたかもしれない。私が一応冷静でいられるのは、相手が子供だったからだ。

 見た感じ、私と同じくらいの年齢の、綺麗な顔をした男の子。髪が長いので、もしかしたら女の子かも……いや、でもやっぱり男の子かな。凛々しい感じだし。いやいや、女の子でも凛々しい子なんて、いくらでもいるよね。

 なんてことを考える余裕があるのは、その子がどう見ても眠っていたからだ。見たのは一瞬だったが、寝袋のようなものに包まれて、すやすやと熟睡している雰囲気だった。

 そこで、ほんのちょっとだけムッとした。この子がどこでキャンプしようと自由だけど、人の家の玄関の前で寝るのはいくらなんでも非常識すぎる。早起きしたのでまだまだ時間には余裕があるが、急いでいるときだったら、きっと凄く困っただろう。

(お母さんは疲れて寝てるんだから、私が言って、どこかに行ってもらわなきゃ)

 相手が同年代の子供という安心感もあり、私はドアを開けて声をかける。

「あの、ちょっと、すいません……」

 何が『すいません』なのか。自分の家の敷地内で、玄関ドアを塞ぐように寝ている相手に対して、なんでこっちが謝らなければいけないのだろうと思うけど、それでもまあ、知らない人に声をかける際の礼儀として、丁寧に『すいません』と言うのは悪いことじゃない。

 なので、もう一度言う。

「すいません。ここで寝ないでほしいんですけど……」

 その言葉で、今の今までぐっすり寝ていた少年が、突然パッチリと目を開けた。その瞳の色は鮮やかな青色で、彼が日本人でないことに今さらながら気づく。

(もしかして、私の言葉、通じてないかも……)

 一瞬そう思ったが、余計な心配だったようで、少年は上半身を起こし、聞き取りやすい日本語で話しだした。

「おお、やっと出てきたか。待ちかねたぞ。そなたが稲葉美咲か?」

「い、いえ。稲葉美咲は、私のお母さんです」

「そうか。では、そなたは稲葉史郎と稲葉美咲の娘か。なるほど、よく見ると稲葉史郎に似ている」

 ……いったいなんなんだろう、この子は。お母さんだけでなく、お父さんの名前も知っている。それはまあいいとして、普通、知っている大人の人の名前を言う時、こんなふうにフルネームで呼び捨てにしたりはしないものだ。

(それに『待ちかねた』とか『そなた』とか、まるで時代劇みたいな言葉遣い。ちょっと……いや、かなり変わってるよね)

 だけど、面と向かって『あなた変わってるね』と言う勇気が私にはなく、その代わり、ずっと気になっていたことを素直に尋ねた。

「あの、あなたいったい、誰なんですか?」
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