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第98話
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その日の夜、私はリザベルトの私室に向かった。
パーミルの聖女として、王族に匹敵する立場の私ではあるが、それでも夜に太后の私室を訪ねるなど、普通なら無礼千万、許されることではない。
しかしリザベルトは、『あなたならいつでも歓迎よ』と言い、私たちはしばしば夜に、楽しい語らいの時間を過ごしていた。侍女たちも下がらせて、二人きりで。
本来なら、リザベルトと二人で過ごす時間は、私にとってこれ以上ないほどの安らぎの時間なのだが、今日は違っていた。私の体は緊張で硬くなり、踏み出す足も、口から出る言葉も重たい。
当然だろう。だって今日は、グラディスが述べていたことの真偽を確かめるために、この部屋を訪れたのだから。……私はグラディスが嘘をつくような人ではないと信じているが、同じくらいリザベルトのことも信用している。だから、リザベルトに直接疑問をぶつけて、すべてが何かの間違いであると言ってほしかった。
だがリザベルトは、私の問いに対し、いつも通りの穏やかな口調で、残酷な事実を述べる。
「ええ、そうよ。わたくし、グラディスとジェロームの母親を処刑しましたわ。重要なことですから、他の誰に命じるわけでもなく、自分の手でね」
足元が崩れ行くような衝撃。
私は、へたり込みそうになるのをなんとか堪え、蚊の鳴くような声で問う。
「どうしてそんなことを……?」
今の私は、きっと泣きそうな顔をしているだろう。
そんな私をなだめるように、リザベルトは母性溢れる笑みで言う。
「あらあら、待って待って。マリヤちゃんったら、もしかしてわたくしが、嫉妬に狂ってあの女を殺したと思っているのかしら? 違うのよ。確かに、ほんのちょっぴり。ほんっとうにちょ~っぴりだけヤキモチを焼いた時期もあったけど、そんなことで人を殺すほど、わたくし浅ましい女ではありませんわ」
リザベルトはそこで言葉を切り、今にも倒れそうな私を支えるようにして、椅子に座らせてくれた。いつもと全く変わらない、たおやかで優しい所作だった。
「えっと、マリヤちゃんは、あの赤毛の女がパーミルにやってきた経緯について、どれくらい知っているのかしら?」
「確か、お医者さんが先王陛下の生殖能力に問題があると診断して、子供を作るのは難しいと判断されたんですよね? でも、世継ぎが生まれないと国が乱れるから、高名な祈祷師に頼んで、子宝に恵まれる可能性がある女性を探させて、それで、その赤毛の女性が連れてこられたって聞いています」
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本来なら、リザベルトと二人で過ごす時間は、私にとってこれ以上ないほどの安らぎの時間なのだが、今日は違っていた。私の体は緊張で硬くなり、踏み出す足も、口から出る言葉も重たい。
当然だろう。だって今日は、グラディスが述べていたことの真偽を確かめるために、この部屋を訪れたのだから。……私はグラディスが嘘をつくような人ではないと信じているが、同じくらいリザベルトのことも信用している。だから、リザベルトに直接疑問をぶつけて、すべてが何かの間違いであると言ってほしかった。
だがリザベルトは、私の問いに対し、いつも通りの穏やかな口調で、残酷な事実を述べる。
「ええ、そうよ。わたくし、グラディスとジェロームの母親を処刑しましたわ。重要なことですから、他の誰に命じるわけでもなく、自分の手でね」
足元が崩れ行くような衝撃。
私は、へたり込みそうになるのをなんとか堪え、蚊の鳴くような声で問う。
「どうしてそんなことを……?」
今の私は、きっと泣きそうな顔をしているだろう。
そんな私をなだめるように、リザベルトは母性溢れる笑みで言う。
「あらあら、待って待って。マリヤちゃんったら、もしかしてわたくしが、嫉妬に狂ってあの女を殺したと思っているのかしら? 違うのよ。確かに、ほんのちょっぴり。ほんっとうにちょ~っぴりだけヤキモチを焼いた時期もあったけど、そんなことで人を殺すほど、わたくし浅ましい女ではありませんわ」
リザベルトはそこで言葉を切り、今にも倒れそうな私を支えるようにして、椅子に座らせてくれた。いつもと全く変わらない、たおやかで優しい所作だった。
「えっと、マリヤちゃんは、あの赤毛の女がパーミルにやってきた経緯について、どれくらい知っているのかしら?」
「確か、お医者さんが先王陛下の生殖能力に問題があると診断して、子供を作るのは難しいと判断されたんですよね? でも、世継ぎが生まれないと国が乱れるから、高名な祈祷師に頼んで、子宝に恵まれる可能性がある女性を探させて、それで、その赤毛の女性が連れてこられたって聞いています」
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