身勝手な理由で婚約者を殺そうとした男は、地獄に落ちました【完結】

小平ニコ

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第44話(ルーパート視点)

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「……わかったよ。きみがそう言うなら」

 渋々と言う感じで、ランディスとかいう男は槍をどけた。

 ああ……アドレーラ……

 きみは、あれだけ惨いことをした僕に、まだ優しくしてくれるんだね。僕は涙を流しながら、心の内を絞りだすように、呟く。

「アドレーラ、僕だよ……僕だ……僕だ……僕だよ……」

 民衆たちからのリンチを恐れ、これまでずっと、自分がルーパートであることを隠して生きてきたので、その、心と体に染みついた恐怖からか、こんな場面でも、名前を名乗ることができなかった。

 僕はアドレーラを見上げ、ただひたすらに、「僕だよ。僕だよ。僕だよ」と、要領の得ない言葉をかけ続ける。

 僕を見下ろすランディスから、凄まじい怒気が伝わってくるが、そんなことはどうでもよかった。僕は這いずるように一歩前進し、さらに熱を込めて、言葉を続ける。

「アドレーラ、すまかった……色々、本当に、すまなった……これからは、君を大切にする……だから、だから……」

 だから?
 だから、なんだというんだ?

 僕は、何を言おうとしたんだ?

『これからは君を大切にする。だから、僕の妻になってくれ』

 とでも言うつもりだったのか?

 馬鹿じゃないのか?

 こんな、浮浪者同然の。
 いや、浮浪者そのものの男が。

 アドレーラを妻として迎え入れたいだと?

 無茶苦茶すぎて、冗談にすらならない。

 終わったのだ。
 すべては、もう終わっているのだ。

 ランディスは、今にも槍を振り下ろさんばかりの形相でこちらを睨み、アドレーラは、いきなり黙り込んだ僕に、小首をかしげながら、優しい眼差しを向けている。……どうやら彼女は、僕のことが分からないらしい。無理もないか、以前とはあまりにも容貌が違う。ランディスは、よく僕だと分かったものだ。

 僕は、たっぷり二十秒以上沈黙し、それから、少しだけ気になったことを、尋ねた。

「……アドレーラ様、こちらの男性とは、どういう関係なのでしょうか?」

 自然と、敬語が出た。

 当然だろう。
 麗しきレデリップ家のご令嬢に、僕ごとき虫けらが、生意気な口をきいていいはずがない。

 アドレーラは、少しだけ恥ずかしそうに、口を開く。

「夫です。つい最近、結婚しましたの」

 そうか。
 お似合いの夫婦だ。

 僕は小さく、「そうですか」と呟く。

 ……いつだったかな。
 僕はランディスを嘲り、彼とアドレーラを『お似合いだ』と言って、侮辱したっけ。

 今は、あのころとは全く違う。
 僕は心から、二人のことをお似合いだと思う。

 先程、庭で談笑していた二人を見ていれば、分かる。
 互いを想いあっている、本当の夫婦だ。
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