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第41話(ルーパート視点)
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不法移民には、不法移民同士のコミュニティがあり、家族、恋人、友人、皆が助け合って生きている。その結束力は強く、チンピラたちだって、そう簡単に手出しはできない。
僕は違う。
僕にはもう、家族がいない。兄上は自分とイズリウム家を守るため、平然と僕を捨てた。想いあっていた恋人など、最初からいない。僕にとって女は、欲望を満たすための道具にすぎなかった。友人だって、一人もいない。一時は何人か取り巻きがいたが、皆、僕の態度に嫌気がさし、すぐにどこかに行ってしまった。
孤独。
完全なる孤独。
金も身分もないことも恐ろしかったが、それ以上に、身を切り裂くような孤独が、心底僕を震え上がらせた。この広い世界にたったの一人きりということが、これほど恐ろしいものだったとは。
しかし、自殺はできなかった。
生きる望みがあったわけではない。
こんな状態になっても、死ぬのが怖かったのだ。
一度だけイズリウム家に戻ってみたが、衛兵どもは僕の姿を視界に入れた途端、警告すらせずに槍を投擲する構えを取ったので、僕は大慌てで逃げ出した。それ以降、僕は二度とイズリウム家に近づくことはなかった……
・
・
・
イズリウム家を追放されてから、どれだけの時が経ったのだろう。
僕はまだ、生きていた。
心優しきレデリップ家の令嬢アドレーラを虐待した、非道なる婚約者の噂は、すでに町中に広まっており、僕はもう、顔を晒して表を歩くことはできなくなっていた。
……たとえ、市民登録できるだけの金を持っていて、うまく平民になれたとしても、僕は人間として、まともに生きていくことはできないだろう。この国の誰もが、僕を憎んでいるのだから。
ぼろきれで口元以外を覆い隠し、浮浪者たちに混ざって、教会の炊き出しに並ぶ日々。
貴族だったのは、もうずっと昔の話なのに、毎日の美食で肥えた舌はいっこうに衰えず、安い豆と、野菜くずのスープを飲み干すのは、僕にとって、排せつ物を啜るに等しい行為だった。
しかし、そんなものを口に入れてでも、生きたかった。
何故だろう。
もう、僕の未来には希望などないはずなのに。
……たぶん、『死ぬ』ということは、それだけ恐ろしいことなのだろう。今現在、酷い暮らしをしていて、いつ暴漢に襲われて死んでもおかしくない立場だから、余計にそう思う。
貴族だった頃は、死ぬことなんて、少しも怖くなかった。
それは、『死』という事象に対する実感が、全くなかったからだ。
だから平然と、アドレーラの命を奪おうとしたのかもしれない。
……アドレーラか。
彼女の名前を思い出したのは、ひさしぶりだな。
同時に脳裏に浮かんだのは、アドレーラの笑顔だった。
優しく細められた目は、天使のように神々しい。
綺麗だ。
以前の僕は何故、あの目を嫌ったのだろう。
僕は違う。
僕にはもう、家族がいない。兄上は自分とイズリウム家を守るため、平然と僕を捨てた。想いあっていた恋人など、最初からいない。僕にとって女は、欲望を満たすための道具にすぎなかった。友人だって、一人もいない。一時は何人か取り巻きがいたが、皆、僕の態度に嫌気がさし、すぐにどこかに行ってしまった。
孤独。
完全なる孤独。
金も身分もないことも恐ろしかったが、それ以上に、身を切り裂くような孤独が、心底僕を震え上がらせた。この広い世界にたったの一人きりということが、これほど恐ろしいものだったとは。
しかし、自殺はできなかった。
生きる望みがあったわけではない。
こんな状態になっても、死ぬのが怖かったのだ。
一度だけイズリウム家に戻ってみたが、衛兵どもは僕の姿を視界に入れた途端、警告すらせずに槍を投擲する構えを取ったので、僕は大慌てで逃げ出した。それ以降、僕は二度とイズリウム家に近づくことはなかった……
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イズリウム家を追放されてから、どれだけの時が経ったのだろう。
僕はまだ、生きていた。
心優しきレデリップ家の令嬢アドレーラを虐待した、非道なる婚約者の噂は、すでに町中に広まっており、僕はもう、顔を晒して表を歩くことはできなくなっていた。
……たとえ、市民登録できるだけの金を持っていて、うまく平民になれたとしても、僕は人間として、まともに生きていくことはできないだろう。この国の誰もが、僕を憎んでいるのだから。
ぼろきれで口元以外を覆い隠し、浮浪者たちに混ざって、教会の炊き出しに並ぶ日々。
貴族だったのは、もうずっと昔の話なのに、毎日の美食で肥えた舌はいっこうに衰えず、安い豆と、野菜くずのスープを飲み干すのは、僕にとって、排せつ物を啜るに等しい行為だった。
しかし、そんなものを口に入れてでも、生きたかった。
何故だろう。
もう、僕の未来には希望などないはずなのに。
……たぶん、『死ぬ』ということは、それだけ恐ろしいことなのだろう。今現在、酷い暮らしをしていて、いつ暴漢に襲われて死んでもおかしくない立場だから、余計にそう思う。
貴族だった頃は、死ぬことなんて、少しも怖くなかった。
それは、『死』という事象に対する実感が、全くなかったからだ。
だから平然と、アドレーラの命を奪おうとしたのかもしれない。
……アドレーラか。
彼女の名前を思い出したのは、ひさしぶりだな。
同時に脳裏に浮かんだのは、アドレーラの笑顔だった。
優しく細められた目は、天使のように神々しい。
綺麗だ。
以前の僕は何故、あの目を嫌ったのだろう。
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