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第36話(ルーパート視点)
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衛兵は、僕を無視するように、カウントダウンを始めた。
「10……9……8……」
「待て、おい、待て! 数字を数えるのをやめろ! まだ話の途中だ! この僕が命令しているんだぞ!」
「7……6……5……」
「待て、待ってくれ、僕は、兄上と話がしたいんだ。もう一度、ゆっくり話せば、兄上も……」
「4……3……2……」
「やめろ! 数字を数えるな! やめろぉ!」
僕は大慌てで立ち上がり、その場から逃げ出した。
衛兵が、殺気だった表情で槍を構え、僕を睨んだからだ。
恐らく……いや、間違いなく、衛兵どもは、数字のカウントがゼロになるのと同時に、一斉に僕の体に槍を突き立てただろう。
ちくしょう、ちくしょうっ!
下賤な門番ごときが、調子に乗りやがって! ついさっき、僕が屋敷に戻って来たときは、『おかえりなさいませ、ルーパート様』と、腰の低い態度を取っていたくせにっ!
確か、この衛兵どもは、数年前に雇った連中だったな。名前も知らない、傭兵くずれのくだらない奴らだったはずだ。くそっ、これだから、古くからうちに仕えている使用人以外は、信用ならないんだ! 付き合いの浅い奴は、表向きは頭を下げていても、腹の底では、何を考えているか分かったもんじゃない!
くそ……
くそっ……
くそぉ……
悔しいが、今の僕には、衛兵どもを、どうにかすることはできない。
しかし、たった今受けた、屈辱的な仕打ち、絶対に忘れないからな……
いつかきっと、兄上が僕のことを許してくれる日が来るはずだ。それで、僕が貴族に戻ったら、クソ衛兵どもも、その家族も、徹底的にいたぶって、地獄を見せてやる……
胸の中で、燃え滾るような憎しみを育てながら、僕はゆっくりと街道を歩いて行く。午前中から酒を飲み、いい感じで回っていた酔いは、もはや完全に冷めており、兄上に散々蹴られた体が、ずきずきと痛む。
特に、執拗に狙われた腹が、一番痛い。
腹を蹴られるというのは、蹴られた瞬間も苦しいが、その痛みが、こんなに長く続くものだったなんて、これまでそんなこと、思いもしなかった。
しかも、この痛みは、誰よりも僕を可愛がってくれていた兄上の足によって、もたらされたものなのだ。……僕は、兄上に痛めつけられ、そして、捨てられたのだ。しみじみとそう思うと、痛みと共に、深い悲しみが、心いっぱいに広がっていく。
「……くそっ」
一人、悪態をつき、腹の痛みを抑えるため、ただでさえ小さな体を屈め、僕は、足を引きずるようにして、歩き続ける。しばらく進んだところで、若干気持ちも落ち着き、僕は懐に手を入れ、所持金を確認した。
手の中には、金貨が四枚。
……たったの、四枚。
一般的には大金だが、僕にとっては、はした金だ。
いや、これまでの僕にとっては、と言うべきか。
こうなった以上は、この四枚の金貨にすがって、なんとか生きていくしかない。
信じられない。
どうして僕がこんな目に。
あまりの惨めさに、次から次から、涙が溢れてくる。
……いつまでも泣いていても仕方がない。
兄上の助言通り、まずは役所に行くか。
しかし、役所はどこにあるんだ?
今までの人生で、一度も足を運ぶことなどなかったので、まったくわからない。
その時、突然背後から声をかけられる。
「ルーパート坊ちゃま」
聞き覚えのある声だ。
振り返るとそこには、執事のジョーンズが立っていた。
「10……9……8……」
「待て、おい、待て! 数字を数えるのをやめろ! まだ話の途中だ! この僕が命令しているんだぞ!」
「7……6……5……」
「待て、待ってくれ、僕は、兄上と話がしたいんだ。もう一度、ゆっくり話せば、兄上も……」
「4……3……2……」
「やめろ! 数字を数えるな! やめろぉ!」
僕は大慌てで立ち上がり、その場から逃げ出した。
衛兵が、殺気だった表情で槍を構え、僕を睨んだからだ。
恐らく……いや、間違いなく、衛兵どもは、数字のカウントがゼロになるのと同時に、一斉に僕の体に槍を突き立てただろう。
ちくしょう、ちくしょうっ!
下賤な門番ごときが、調子に乗りやがって! ついさっき、僕が屋敷に戻って来たときは、『おかえりなさいませ、ルーパート様』と、腰の低い態度を取っていたくせにっ!
確か、この衛兵どもは、数年前に雇った連中だったな。名前も知らない、傭兵くずれのくだらない奴らだったはずだ。くそっ、これだから、古くからうちに仕えている使用人以外は、信用ならないんだ! 付き合いの浅い奴は、表向きは頭を下げていても、腹の底では、何を考えているか分かったもんじゃない!
くそ……
くそっ……
くそぉ……
悔しいが、今の僕には、衛兵どもを、どうにかすることはできない。
しかし、たった今受けた、屈辱的な仕打ち、絶対に忘れないからな……
いつかきっと、兄上が僕のことを許してくれる日が来るはずだ。それで、僕が貴族に戻ったら、クソ衛兵どもも、その家族も、徹底的にいたぶって、地獄を見せてやる……
胸の中で、燃え滾るような憎しみを育てながら、僕はゆっくりと街道を歩いて行く。午前中から酒を飲み、いい感じで回っていた酔いは、もはや完全に冷めており、兄上に散々蹴られた体が、ずきずきと痛む。
特に、執拗に狙われた腹が、一番痛い。
腹を蹴られるというのは、蹴られた瞬間も苦しいが、その痛みが、こんなに長く続くものだったなんて、これまでそんなこと、思いもしなかった。
しかも、この痛みは、誰よりも僕を可愛がってくれていた兄上の足によって、もたらされたものなのだ。……僕は、兄上に痛めつけられ、そして、捨てられたのだ。しみじみとそう思うと、痛みと共に、深い悲しみが、心いっぱいに広がっていく。
「……くそっ」
一人、悪態をつき、腹の痛みを抑えるため、ただでさえ小さな体を屈め、僕は、足を引きずるようにして、歩き続ける。しばらく進んだところで、若干気持ちも落ち着き、僕は懐に手を入れ、所持金を確認した。
手の中には、金貨が四枚。
……たったの、四枚。
一般的には大金だが、僕にとっては、はした金だ。
いや、これまでの僕にとっては、と言うべきか。
こうなった以上は、この四枚の金貨にすがって、なんとか生きていくしかない。
信じられない。
どうして僕がこんな目に。
あまりの惨めさに、次から次から、涙が溢れてくる。
……いつまでも泣いていても仕方がない。
兄上の助言通り、まずは役所に行くか。
しかし、役所はどこにあるんだ?
今までの人生で、一度も足を運ぶことなどなかったので、まったくわからない。
その時、突然背後から声をかけられる。
「ルーパート坊ちゃま」
聞き覚えのある声だ。
振り返るとそこには、執事のジョーンズが立っていた。
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