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第29話(ランディス視点)

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 今日は、本当に素晴らしい日だった。
 消え果ててしまったと思っていた幸せが、戻って来たのだ。

 俺は、改めて女魔導師に礼を言おうとする。
 ……しかし、彼女の姿は、もうどこにもなかった。

 おや?

 これまで彼女がいた場所に、小さな置手紙と小瓶がある。
 手紙には、短い文面で、こう記されていた。

『湿っぽいのは苦手だから、私はもう行くわ。この小瓶は餞別。別に、怪しいもんじゃないよ。お嬢さんの首筋に塗ってあげて』

 俺は慌てて魔導師ギルドの外に出て、女魔導師の姿を探した。
 駄目だ。まったく見当たらない。
 まだ、『記憶転送術』を使ってもらった謝礼を払っていないというのに。

 魔導師ギルドの中に戻り、ドルフレッドさんに報告をする。

「なに、もう行ってしまったのか? ああ、まったく、なんということだ。私はまだ、ろくにお礼も言っていないのに」

「俺もです。……でも、もしかしたらあの人は、そういうのが照れくさいのかもしれませんね。この手紙にも、『湿っぽいのは苦手』って書いてあるし」

「ふむ、そうかもしれんな。……ところで、その小瓶は?」

「『餞別』としか書いてないんです。見たところ、塗るタイプの傷薬のようですけど……」

 俺は小瓶を開け、中に入っていた軟膏を指に取り、手紙に書いてあった通り、アドレーラの首筋――あの、うなじの酷い傷の痕に塗った。得体の知れない薬ではあるが、あの女魔導師を疑う気持ちは一切なかった。アドレーラの心を、元に戻してくれた人だから。

 軟膏を塗ってから数秒すると、不思議な光が溢れ、なんと、アドレーラのうなじの傷痕は、まるで最初からなかったかのように、完全に消え去った。

 ドルフレッドさんが、驚きとともに言う。

「どうやらこれは、高度な魔法で作られた傷薬のようだな」

「そんな凄いものを置いていってくれるなんて、彼女は、女神か何かの化身なのでしょうか?」

「わからん。しかし、我々にとって彼女は、化身どころか、救いの女神そのものだ」

「まったく、その通りですね。名前を伺っておけばよかった。そうすれば、いつか恩を返すことができたかもしれないのに」

「そうだな。……うん? 小瓶に何か、彫ってあるな。小さい文字だが、かすかに『ラディア』と読める」

「ラディア……彼女の名前でしょうか」

「どうだろう。単に、瓶の製造元の名前かもしれない。小瓶に自分の名前を彫っておく魔導師など、あまりいないだろうしな」

 確かに、その通りだ。
 結局のところ、彼女の名前を確かめるすべはない。

 だから俺は、心の中で、もう一度だけ彼女に、感謝の祈りをささげた。

 アドレーラを救ってくれて、ありがとうございます。
 幸せを戻してくれて、ありがとうございます。
 このご恩は一生忘れません。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 次回、いよいよルーパートに対する断罪が始まります。

 昨日から、このお話にも登場した魔導師ラディアが主役の新作『追放された魔女は、実は聖女でした。聖なる加護がなくなった国は、もうおしまいのようです』を投稿しております。

 人里離れた森の奥で、魔法の研究をしていたラディアは、ある日突然、『邪悪な魔女』呼ばわりされて、国を追放されてしまいます。しかしラディアは、実際は魔女なんかではなく、本人も気づかぬうちに、国を災いから守っていた聖女でした。

 そのため、聖女の加護を失った国は、とんでもないことに……

 という感じのお話です!
 よろしければ見てもらえると嬉しいです!
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