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第26話(ランディス視点)
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俺の異常な様子を心配したドルフレッドさんが、肩を強く掴み、言う。
「ど、どうした、ランディス? しっかりしろ!」
俺は思わず、怒鳴った。
「あんたが! あんたがあんな男のところにアドレーラを行かせたりしなければ! あんたが決めた許嫁のせいで、アドレーラはこの世の地獄を味わったんだぞ! 井戸に落ちたのだって、事故じゃない! あいつは、虐待の事実を全部闇に葬るために、アドレーラを始末しようとしたんだ!」
思いのたけを絶叫と共に吐き出しきってから、ハッとする。
なんてことを言ってしまったんだ。
ドルフレッドさんに向かって、なんてことを言ってしまったんだ。
俺は、その場に膝をつき、頭を地面に擦り付けて、謝罪した。
「も、申し訳ありませんでした、ドルフレッドさん、俺は、なんてことを……」
ドルフレッドさんは、何も言わなかった。
地に頭を伏せている俺に、ドルフレッドさんの表情を伺う術はない。
俺にできることは、ひたすら頭を下げ続けることしかなかった。
しばらくして頭上から、ドルフレッドさんの静かな声が聞こえてくる。
「ランディス、お前に怒鳴られたのは、初めてだな。いや、いつも礼儀正しいお前が、私に向かって怒りの感情を吐き出したこと自体、初めてのことだ……」
その、悲しげな声で、俺は顔を上げた。ドルフレッドさんは、俺のすぐそばで膝をつき、涙を流していた。そして、両方の目から溢れる涙を拭うこともせず、俺の肩に手を置いて、言葉を続ける。
「今のお前の態度で、すべて理解した。もはや、言葉など必要ない。アドレーラの、イズリウム邸での一年は、温厚なお前が、激昂して正気を失うほどに、惨く、悲惨なものだったのだな……!」
ドルフレッドさんの表情が、『憂い』から『憤怒』へと、一変していた。それは、寒々とした氷の湖が、一瞬で溶岩滾る噴火口に変わったかのような、激烈な変化だった。
俺には、その怒りが痛いほどわかる。
気がつけば俺は、どろどろと煮えたぎった心の内を、吐き出していた。
「ドルフレッドさん、俺はあのルーパートが、どうしても許せない。優しいアドレーラを徹底的に苦しめたあいつが、今ものうのうと生きていると思うと、それだけで気が狂いそうです。……今から、奴を殺しに行きます」
そう言って立ち上がった俺の肩を、ドルフレッドさんは「待ちなさい、それは駄目だ」と言って掴み、その場に押しとどめた。……凄い力だ。俺も力には自信があるが、微動だに出来ない。俺は、身じろぎしながら叫ぶ。
「何故です!? 何故、止めるんですか!?」
ドルフレッドさんは、一度瞳を閉じ、それから、再びまぶたを開くと、まっすぐに俺の目を見て、言う。
「お前を、殺人者にするわけにはいかないからだ」
「ど、どうした、ランディス? しっかりしろ!」
俺は思わず、怒鳴った。
「あんたが! あんたがあんな男のところにアドレーラを行かせたりしなければ! あんたが決めた許嫁のせいで、アドレーラはこの世の地獄を味わったんだぞ! 井戸に落ちたのだって、事故じゃない! あいつは、虐待の事実を全部闇に葬るために、アドレーラを始末しようとしたんだ!」
思いのたけを絶叫と共に吐き出しきってから、ハッとする。
なんてことを言ってしまったんだ。
ドルフレッドさんに向かって、なんてことを言ってしまったんだ。
俺は、その場に膝をつき、頭を地面に擦り付けて、謝罪した。
「も、申し訳ありませんでした、ドルフレッドさん、俺は、なんてことを……」
ドルフレッドさんは、何も言わなかった。
地に頭を伏せている俺に、ドルフレッドさんの表情を伺う術はない。
俺にできることは、ひたすら頭を下げ続けることしかなかった。
しばらくして頭上から、ドルフレッドさんの静かな声が聞こえてくる。
「ランディス、お前に怒鳴られたのは、初めてだな。いや、いつも礼儀正しいお前が、私に向かって怒りの感情を吐き出したこと自体、初めてのことだ……」
その、悲しげな声で、俺は顔を上げた。ドルフレッドさんは、俺のすぐそばで膝をつき、涙を流していた。そして、両方の目から溢れる涙を拭うこともせず、俺の肩に手を置いて、言葉を続ける。
「今のお前の態度で、すべて理解した。もはや、言葉など必要ない。アドレーラの、イズリウム邸での一年は、温厚なお前が、激昂して正気を失うほどに、惨く、悲惨なものだったのだな……!」
ドルフレッドさんの表情が、『憂い』から『憤怒』へと、一変していた。それは、寒々とした氷の湖が、一瞬で溶岩滾る噴火口に変わったかのような、激烈な変化だった。
俺には、その怒りが痛いほどわかる。
気がつけば俺は、どろどろと煮えたぎった心の内を、吐き出していた。
「ドルフレッドさん、俺はあのルーパートが、どうしても許せない。優しいアドレーラを徹底的に苦しめたあいつが、今ものうのうと生きていると思うと、それだけで気が狂いそうです。……今から、奴を殺しに行きます」
そう言って立ち上がった俺の肩を、ドルフレッドさんは「待ちなさい、それは駄目だ」と言って掴み、その場に押しとどめた。……凄い力だ。俺も力には自信があるが、微動だに出来ない。俺は、身じろぎしながら叫ぶ。
「何故です!? 何故、止めるんですか!?」
ドルフレッドさんは、一度瞳を閉じ、それから、再びまぶたを開くと、まっすぐに俺の目を見て、言う。
「お前を、殺人者にするわけにはいかないからだ」
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