16 / 19
第16話(ヴァネッサ視点)
しおりを挟む
阿鼻叫喚の町を歩きながら、私は思った。
私の家は、大丈夫かしら――
このあたりの立派な家は、民衆の妬みを買い、ほぼ例外なく襲撃されている。
ならば当然、すぐ近くにある私の家も、暴徒の襲撃を受けているはずだ。
だって私の家は、この区域で最も立派な門構えの、豪邸なのだから。
お父様、お母様、そしてイザベルは、無事かしら……
家族のことを思うと、心配で心配で、胸が張り裂けそうだった。
自分でも、意外だった。
お父様やお母様はともかくとして、大嫌いだったイザベルのことまで、心配に思うなんて。……きっと、長く離れていたから、そう思うのね。それに、軟禁されてからは、人間らしい扱いを受けていなかったから、誰よりも優しいイザベルのことが、なんだか、たまらなく懐かしい。
……今にして思えば、私は何故、あれほどイザベルを憎んだのだろう。
『優秀な妹に対する単なる嫉妬心』という言葉で片づけるには、私はあまりにも、あの子に執着しすぎていた。自暴自棄になって、イザベルの婚約者を奪おうとしたくらいに。
残酷な略奪の光景から目を背けるように、一生懸命考えたが、イザベルを憎んだ理由は、どうしても分からなかった。
・
・
・
そして私は、実家に到着した。
そこには、信じられないような光景が広がっていた。
無傷。
なんと、実家は、まったくの無傷だったのだ。
私を送り届けてくれた男が、感心したような声を上げる。
「ほお、あんたの家、周りの連中から随分と慕われてたんだな。これほど町全体が混乱した状況で、まったく略奪を受けてないなんて、相当すごいことだぜ」
確かに、お父様もお母様も、周囲の人間たちから慕われていた。
イザベルの信奉者は、もっと多い。
少なくとも、顔見知りの人間で、私の家族を襲うような『ひとでなし』はいないだろう。しかし今は、領地全土を巻き込んだすさまじい暴動なのだ。どこか他の地区から流れてきた暴漢が家を襲っていても、おかしくないと思うのだが……
その時、正門の陰から、巨大な影がぬらりと出てきた。
私は一瞬、身構える。
そして、すぐに警戒を解いた。
出てきたのが、うちで長年門番をしている、あのウェインだったからだ。
異常な乱痴気騒ぎの中、古くから知っている顔に出会えたというだけで、涙がにじむほど嬉しい。私は掠れた声で、ウェインの名を呼んだ。ウェインは、突然私が帰って来たことに驚き、それから、丁寧に頭を下げ、言う。
「ヴァネッサお嬢様、よくご無事で……! メレデール公爵の館が襲撃されたと聞いて、心配していたのですが、この屋敷にも多数の暴漢がやって来たので、正門を離れるわけにはいかなかったのです。助けに行けず、申し訳ありません」
私の家は、大丈夫かしら――
このあたりの立派な家は、民衆の妬みを買い、ほぼ例外なく襲撃されている。
ならば当然、すぐ近くにある私の家も、暴徒の襲撃を受けているはずだ。
だって私の家は、この区域で最も立派な門構えの、豪邸なのだから。
お父様、お母様、そしてイザベルは、無事かしら……
家族のことを思うと、心配で心配で、胸が張り裂けそうだった。
自分でも、意外だった。
お父様やお母様はともかくとして、大嫌いだったイザベルのことまで、心配に思うなんて。……きっと、長く離れていたから、そう思うのね。それに、軟禁されてからは、人間らしい扱いを受けていなかったから、誰よりも優しいイザベルのことが、なんだか、たまらなく懐かしい。
……今にして思えば、私は何故、あれほどイザベルを憎んだのだろう。
『優秀な妹に対する単なる嫉妬心』という言葉で片づけるには、私はあまりにも、あの子に執着しすぎていた。自暴自棄になって、イザベルの婚約者を奪おうとしたくらいに。
残酷な略奪の光景から目を背けるように、一生懸命考えたが、イザベルを憎んだ理由は、どうしても分からなかった。
・
・
・
そして私は、実家に到着した。
そこには、信じられないような光景が広がっていた。
無傷。
なんと、実家は、まったくの無傷だったのだ。
私を送り届けてくれた男が、感心したような声を上げる。
「ほお、あんたの家、周りの連中から随分と慕われてたんだな。これほど町全体が混乱した状況で、まったく略奪を受けてないなんて、相当すごいことだぜ」
確かに、お父様もお母様も、周囲の人間たちから慕われていた。
イザベルの信奉者は、もっと多い。
少なくとも、顔見知りの人間で、私の家族を襲うような『ひとでなし』はいないだろう。しかし今は、領地全土を巻き込んだすさまじい暴動なのだ。どこか他の地区から流れてきた暴漢が家を襲っていても、おかしくないと思うのだが……
その時、正門の陰から、巨大な影がぬらりと出てきた。
私は一瞬、身構える。
そして、すぐに警戒を解いた。
出てきたのが、うちで長年門番をしている、あのウェインだったからだ。
異常な乱痴気騒ぎの中、古くから知っている顔に出会えたというだけで、涙がにじむほど嬉しい。私は掠れた声で、ウェインの名を呼んだ。ウェインは、突然私が帰って来たことに驚き、それから、丁寧に頭を下げ、言う。
「ヴァネッサお嬢様、よくご無事で……! メレデール公爵の館が襲撃されたと聞いて、心配していたのですが、この屋敷にも多数の暴漢がやって来たので、正門を離れるわけにはいかなかったのです。助けに行けず、申し訳ありません」
27
お気に入りに追加
1,893
あなたにおすすめの小説
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
王女と婚約するからという理由で、婚約破棄されました
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のミレーヌと侯爵令息のバクラは婚約関係にあった。
しかしある日、バクラは王女殿下のことが好きだという理由で、ミレーヌと婚約破棄をする。
バクラはその後、王女殿下に求婚するが精神崩壊するほど責められることになる。ミレーヌと王女殿下は仲が良く婚約破棄の情報はしっかりと伝わっていたからだ。
バクラはミレーヌの元に戻ろうとするが、彼女は王子様との婚約が決まっており──
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
隣の芝は青く見える、というけれど
瀬織董李
恋愛
よくある婚約破棄物。
王立学園の卒業パーティーで、突然婚約破棄を宣言されたカルラ。
婚約者の腕にぶらさがっているのは異母妹のルーチェだった。
意気揚々と破棄を告げる婚約者だったが、彼は気付いていなかった。この騒ぎが仕組まれていたことに……
途中から視点が変わります。
モノローグ多め。スカッと……できるかなぁ?(汗)
9/17 HOTランキング5位に入りました。目を疑いましたw
ありがとうございます(ぺこり)
9/23完結です。ありがとうございました
王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~
葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」
男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。
ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。
それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。
とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。
あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。
力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。
そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が……
※小説家になろうにも掲載しています
貧乏令嬢はお断りらしいので、豪商の愛人とよろしくやってください
今川幸乃
恋愛
貧乏令嬢のリッタ・アストリーにはバート・オレットという婚約者がいた。
しかしある日突然、バートは「こんな貧乏な家は我慢できない!」と一方的に婚約破棄を宣言する。
その裏には彼の領内の豪商シーモア商会と、そこの娘レベッカの姿があった。
どうやら彼はすでにレベッカと出来ていたと悟ったリッタは婚約破棄を受け入れる。
そしてバートはレベッカの言うがままに、彼女が「絶対儲かる」という先物投資に家財をつぎ込むが……
一方のリッタはひょんなことから幼いころの知り合いであったクリフトンと再会する。
当時はただの子供だと思っていたクリフトンは実は大貴族の跡取りだった。
婚約者をないがしろにする人はいりません
にいるず
恋愛
公爵令嬢ナリス・レリフォルは、侯爵子息であるカリロン・サクストンと婚約している。カリロンは社交界でも有名な美男子だ。それに引き換えナリスは平凡でとりえは高い身分だけ。カリロンは、社交界で浮名を流しまくっていたものの今では、唯一の女性を見つけたらしい。子爵令嬢のライザ・フュームだ。
ナリスは今日の王家主催のパーティーで決意した。婚約破棄することを。侯爵家でもないがしろにされ婚約者からも冷たい仕打ちしか受けない。もう我慢できない。今でもカリロンとライザは誰はばかることなくいっしょにいる。そのせいで自分は周りに格好の話題を提供して、今日の陰の主役になってしまったというのに。
そう思っていると、昔からの幼馴染であるこの国の次期国王となるジョイナス王子が、ナリスのもとにやってきた。どうやらダンスを一緒に踊ってくれるようだ。この好奇の視線から助けてくれるらしい。彼には隣国に婚約者がいる。昔は彼と婚約するものだと思っていたのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる