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第13話(ヴァネッサ視点)

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 ……もう限界だ。耐えられない。
 私はこれ以上、一秒だって、夫のそばにいたくなかった。

 かつては、この世界の誰よりも美しいと見惚れた夫の笑顔が、今は、巨大な両生類の微笑に見えて仕方がない。もう、髪の毛一本だって、この男に、触れられたくない。

 いくら公爵夫人とはいえ、妻を『物』扱いする男と、ずっと暮らしていけるはずがない。……私は意を決し、お屋敷を出た。それから、恥をしのんで、私の受けた仕打ちと、夫の醜聞をすべて公表した。『美しい公爵様』のおぞましい正体を知れば、民衆たちが、彼を断罪してくれると思ったのだ。

 だが、企ては失敗した。

 誰も、私の話を信じなかったのだ。

 夫は領主としては優秀であり、農民にも、商人にも好かれていた。実を言えば、裏ではそれなりにあくどいこともやっているのだが、それをごまかすのが上手く、夫に深い恨みを抱いているような者は、あまりいない。

 対する私は、夫と結婚する前から、色々とワガママな振る舞いをしていたせいもあり、評判が良くなかった。だから誰も、私の言うことを、真に受けなかったのだ。

 みんな、呆れたような顔をして、笑っていた。

『どうせ、ご婦人方に好かれすぎる公爵様にヤキモチを焼き、ありもしない作り話をして、愛しい夫の気を引こうと思っているのだろう。まったく、困った公爵夫人様だ』と。

 そして私は、お屋敷に連れ戻された。

 夫は、怒っていた。
 とてつもなく、怒っていた。

 結果的に誰も信じなかったとはいえ、自分の名声に傷をつけようとした私に対し、夫はこう言った。

「おもちゃの分際で、ふざけたことをしてくれたな。私のしつけが甘かったようだ。これから毎日、より時間をかけて、自分が『何』であるかを、教えてやろう」

 その言葉通り、毎夜の仕打ちは、さらに凄惨さを増した。
 これまでの凌辱は、ただの遊びでしかなかったと思えるほどに……

 それから私は、自由に外出することも許されず、ほとんど軟禁状態で、日々を過ごすことになった。自室の扉には強固な錠が取り付けられ、窓には鉄格子がはめられるほどの徹底ぶりである。

 鉄格子の内側から、晴れ渡った空を見て、私は、泣いた。

 ……どうして、こんなことに?

 浅ましい嫉妬心で、妹の婚約者を寝取ったことは、愚劣な行為だったかもしれない。……でも、それは、これほど酷い罰を受けなければならないほど、罪深いことなの?

 ……きっと、そうなのでしょうね。
 罪が深いか浅いかを決めるのは、人ではなく、神様なのだから。

 私はすべてを諦め、夫の『おもちゃ』として、日々を過ごした。公爵夫人ではあるので、美しい服は着られるし、食事だって良い物が食べられる。……しかし、自由はない。人としての、尊厳もない。私は、豪華な牢獄に閉じ込められた、みじめな虜囚だった。
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