ハーフ!〜wonderland with glasses

リヒト

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(19/47)おーい。みっちゃーん!

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 予定通り家には一週間滞在した。その間、『飛行ひこう』の魔法を練習していった。最初は、ほんの少し浮く程度。それでも集中しないと落ちてしまうくらいには、難しい魔法だった。
 結局、一週間でマスターする事は出来なかった。低高度の浮遊が安定して出来るようになったくらいだ。難しい魔法だから仕方ないと師匠も仕方ないと言ってくれたけど、ちょっと悔しさはあった。

「ねぇ、師匠。もう少し練習したり出来ない?」

 出発の直前に、私は師匠にそう訊いた。私としては、もう一週間とか掛けてマスターした方が良いのではと思ったけど、師匠は首を横に振った。

「まだ確実に『飛行』が必要になると決まったわけじゃないわ。だから、ここで急いで習得する必要はないと思うの。重要なのは、なるべく早く表世界に帰る事でしょう? なら、少しでも日本の座標の近くまで移動した方が良いわ。それに、まだまだ座標までの距離は長いから、寄る家もそこそこあるわ。そこでの休息期間に練習するのでも十分だと思うの」

 私を表世界に帰すために、師匠はなるべく早く送り届けようとしてくれている。だからこそ、距離を縮める事を第一に考えている。師匠の考えの根幹には、絶対に私がある。それもあって、それ以上食い下がる事は出来なかった。

「それに、この短期間で『飛行』の初期段階である浮遊状態を安定させられるのは凄い事なのよ。それだけ水琴も頑張ったって意味だしね。もう少し自信を持って良いと思うわ」
「うん……分かった」

 褒めてくれるけど、素直に喜んじゃいけない気がする。ここで甘やかされて、自惚れるよりかは、自分に厳しくあるべきだ。そう考えていると、師匠がいつもの定位置まで登って、私の頭に前脚を当てた。軽くポンという勢いだったから、頭を撫でるのと似たような意味でやっているのかな。

「ほら、切り替えて。もう出発するわよ」
「うん」

 いつも通りの方法で家を発つ。しばらく森の中を走っていると、私の肩に前脚を乗っけている師匠がキョロキョロと周りを見回し始めた。

「水琴。止まりなさい」
「え、うん」

 言われた通りにその場で止まる。師匠は再びキョロキョロと周りを見てから、上を見上げる。

「まさか……水琴! 全力で走りなさい! ひたすら真っ直ぐよ!」
「えっ? う、うん!!」

 身体強化を使用しつつ、部分強化も使って脚を強化し、全力で走る。この強化をしての全力疾走は、初めてやった事だけど、異常な速度で身体が前に押し出される。脚を縺れさせないようにしつつ、走り続けると、上の方から耳を劈くような咆哮が響いてきた。その咆哮はライオンとか狼とかそういう肉食動物とは全然比べものにならない。
 胸の奥から湧き上がってくる恐怖を無理矢理抑えつけながら、更に速度を上げる。全力で走っているつもりだったのに、まだ速度を出せるとは思わなかった。これが火事場の馬鹿力というものなのかな。そもそも今、何が起こっているのか分からないのだけど。

「師匠! 今の何!?」
「ドラゴンよ! 森が静かすぎて変だと思ったけれど、まさかドラゴンが来るだなんて。竜の背骨からは距離を取って移動しているはずなのに……」
「竜の背骨から飛んで来たんじゃない!? 空を飛べるなら、移動なんて余裕でしょ!?」

 竜の背骨は、旅を始めた初日に遠くに見えていた山の事だ。かなりでかい山だったけれど、あそこからは離れる方向で進んできている。でも、空を飛べるのなら、行動範囲はかなり広いのではと私は考えた。

「いえ、基本的にドラゴンは竜の背骨付近から動かないわ。餌がなくて困っているか、何か竜の背骨で異変が起こらない限りはね」
「じゃあ、餌がなくなったって事?」
「それが一番に考えられるけど、それにしてはここまで飛んでくる意味が分からないわ。もっと近くに餌になる動物は多くいるわ。考えられるのはドラゴンの数が増えたか、本当に竜の背骨で異変があったかね」

 そう説明してくれる師匠の視線は上を向いている。私も上を見たいけど、森の中で走っているので、正面を見ていないと木にぶつかる恐れがある。だから、上の警戒は師匠に任せるしかない。

「師匠、このまま走って大丈夫?」
「走るしかないわね。完全にこっちを追い掛けてきているわ。基本的に大型動物しか襲わないのだけど、かなりの飢餓状態ね」

 身体が大きいから、普段は私達みたいな小動物よりも大きな動物を食べるみたい。でも、今は飢餓状態と言われるくらいに飢えているから、小さいのでもお腹の足しになるのならって感じで追い掛けてきているのだと思う。

「師匠、追っ払えないの!?」
「昔の身体なら倒せるけれど、今の魔力量じゃ無理ね。同じように水琴でも無理だから、走るしかないわ」

 鴉に追い掛けられていたのが、可愛い出来事に思えるくらいに怖い状況になった。

「っ! 不味いわ! ブレスを吐くつもりよ! あの飢餓状態でよく吐けるわね……」
「どうすればいいの!?」
「止まって防御よ! しゃがみなさい!」

 急ブレーキを掛けつつ、膝を突く。

「【防壁ぼうへき】!」

 私と師匠を覆うようにドーム状の魔力の壁を作り出す。そこで止まった事でようやく私も上を見ることが出来る。空には、緑色の鱗に覆われたドラゴンがいた。四つ脚の先には凶悪そうな爪が見える。そのドラゴンが口を大きく開けて、こっちを見下ろしていた。
 私がドラゴンを見た直後、その口の前に魔法陣が浮かび上がり、強烈な竜巻が物凄い勢いで私達に向かって降りてきた。
 最初に強烈な吹き下ろす風が森の木々を薙ぎ倒す。その一部の木が私達の方にも倒れてくるけど、『防壁』があるから潰されずに済んだ。
 次に、竜巻の本体が到達した。周囲の地面が捲れ上がり、先程倒れた木々が軽々と空を舞う。さらに、『防壁』にかなりの圧が掛かってくる。吹き下ろされる風の強さが異常だからだ。これに加えて、空を舞う木が『防壁』にぶつかってくる。『防壁』がなかったら、何度死んでいるか分からない。
 これまでの人生で一度も見た事がないような光景に、唖然としてしまう。強烈な台風に飲まれたというには強烈過ぎる。ここまで耐えられているのが不思議なくらいだ。

「水琴! もう一枚張りなさい!」
「【防壁】!!」

 師匠に言われてもう一枚『防壁』を張って上を見ると、さっきのドラゴンが物凄い勢いで降りてきていた。ブレスによる竜巻が続いているので、私達は『防壁』の中から動けない。全長が何十メートルもある巨体が、あのままの勢いで落ちてきたら、『防壁』を張っていてもひとたまりもないと思う。師匠も私も死んでしまう。
 師匠の顔も険しい。あのドラゴンに対抗する術が、今の師匠にはないからだと思う。でも、私には魔法の他にもう一つ手段が残っている。まだ暴発という形でしか使った事がないけど、使い方は前に師匠が言っていた。師匠も自分も守るには、これしかない。
 身体強化を止めて、喉に魔力を集中させる。そして、息を思いっきり吸う。

「水琴っ! 止めな……!」
「【止まって】!!」

 師匠の制止の途中で言霊を発動してしまった。ドラゴンの動きが一瞬止まる。その一瞬で勢いが削がれて、自身で作り出した竜巻に身体が巻き込まれて墜落した。ドラゴンの急降下攻撃は未然に防ぐ事が出来た。
 でも、同時に私の身体にも反動が来てしまった。

「ごふっ……」

 口の中から大量の血が溢れ出てくる。いや、喉に強い痛みを感じるから、この血の発生源は喉からだ。同時に、身体から力が抜けて、地面に倒れてしまう。視界も掠れてきている事から、かなり消耗している事が分かる。

「水琴!」

 師匠が叫んだのと同時に、私の『防壁』が割れる。大量の木が一気にぶつかった事で耐えきれなくなったせいだ。私達の身体は竜巻によって巻き上げられる。師匠は、空中を泳いで私の方に来てくれようとするけど、この強烈な竜巻の中で、そんな器用な事が出来るわけもなく離れて行ってしまう。
 師匠から禁止されていた言霊を使った事が、逆にこんな被害を生んでしまった。私が間違っていたのか正しかったのかは分からないけど、少なくとも言霊を使っていなければ、この状況にはなっていなかったかもしれない。

(師匠……ごめんなさい……)

 さっきの言霊の反動のせいか、私の意識はそこで途切れた。
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