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 私が、ジョルジュの専属侍女に憑依してから一カ月が経った。最初のうちは、何をしたらいいのかわからなかったが見様見真似で何とか乗り切った。
 フランシールとして生きていた時は、時間だけはあったので使用人の仕事風景はよく見ていた。
 マーサのこともジョルジュとワンセットのようなものだったので、よく目にしていた。

 一カ月間、マーサとして暮らしてみて彼女が大して仕事をしていないことを知る。旦那様の専属侍女として、他の使用人たちとは違い明らかに特別な扱いを受けていた。
 女性の使用人たちを取仕切る侍女長が別にいるのだが、彼女よりも旦那様の顔を笠に着て横柄に振る舞っていた。
 侍女長も最初のうちは、マーサに他の仕事もするように指導していたようだが、マーサが全く話を聞かない。
 相手にするのが疲れたのか、いつしかマーサの好き勝手を許してしまった。私は、ブルックス家の当主としてそんなことも知らなかった。
 侍女長にも長い間、申し訳ないことをしていたと反省する。マーサのことも、きっちりかたを付けて三カ月を終わらせたいと新たな目標が加わった。
 そんなこともあってマーサは、普通の使用人たちがするような仕事をほとんどしていない。仕事といったら、ジョルジュのお世話だけだった。
 ジョルジュは、マーサに甘く少々失敗しても許してくれた。それどころか、働き過ぎで疲れているのでは? と心配される。

 それが私には、物凄く都合が良かった。
 私がマーサに憑依してから、ジョルジュは違和感を覚えているようだった。だけど、自分の生活に支障をきたす程ではないようで大目に見てくれる。
 ジョルジュが屋敷にいない間は、自由に動くことができて私は助かっていた。

 今私は、エレーヌのデビュタントに向けて準備を進めている。私の一周忌から帰ってきたジョルジュに、エレーヌのデビュタントをどうすればいいか相談されたからだ。
 私は、何ていいタイミングなのかしらとその話に飛びついた。前のめりになってジョルジュに助言する。
 不手際のないように確り準備しなければいけませんと告げた。
 ジョルジュは、マーサがそんなことを言うと思わなかったようで首を傾げていた。そこで私は、ジョルジュに言い聞かせる。
 デビュタントは、貴族女性の義務だと。それを怠るような親だと、社交界に知られたら大変なことになると畳みかける。

 そこまで言われたら、ジョルジュも従わない訳にいかなかったようでマーサのいいようにして欲しいと言葉をくれた。
 すかさず私は、エレーヌの部屋を使用人部屋からせめて客室に移すように言った。
 今まで、マーサも一緒になってエレーヌを虐げていたから、ジョルジュはすぐには理解できないようだった。

「マーサ、私は別に構わないけどアンジェリカが何て言うか……」

 ジョルジュには、エレーヌの父親なのだからビシッと言ってもらいたい。だけど今それを言うと、またマーサはどうしたのだ? と言われそうだから口を紡ぐ。

「私がうまく話を進めます。あのままのコンディションでデビュタントに出したら、虐げているのがすぐに分かってしまいます」

 私は、真剣な面持ちでジョルジュに言う。ジョルジュも言わんとすることに心当たりがあるのか、それ以上反論はしなかった。
 私は、うまいこと転がり出した事態に笑いを堪えられなかった。

 部屋のドアを、トントンと叩く音がする。

「マーサさん、エレーヌお嬢様のドレスの仕立て屋がいらっしゃいました」

 若いメイドが、私を呼びに来てくれた。私は、返事をしてドアを開ける。

「ありがとう。ちょっと行ってくるわね」

 私は、メイドにお礼を言った。そしてジョルジュにも断りを入れて玄関に向かった。
 ドレスの仕立て屋が、いくつかのドレスを携えて待っている。デザイナーとアシスタントの二名でやってきていた。

「お待たせしました。エレーヌお嬢様の部屋に行きましょう」

 私は、二人に声をかけて二階へと促す。ジョルジュに言われてからすぐに仕立て屋を呼んで、エレーヌと一緒にドレスのデザインを考えた。
 最初にデビュタントの準備の話をしに行った時、エレーヌは不安そうな顔をしていた。マーサに対して、とても警戒していたのだろう。
 それはそうだと思う。元々マーサとエレーヌはそれ程、接点などなかった。むしろマーサは、エレーヌのことを嫌っていたようなふしもある。
 きっと綺麗で穏やかな気質のエレーヌのことが、気に入らなかったのだろう。ただの使用人に過ぎない筈なのに、なぜだか自分の方が幸せなのだという思い込みが強かった。

 でも、私はそんなことはお構いなしにエレーヌのことを気にかけていた。ドレスのデザインを決める時も、エレーヌの意見を一番に聞いた。
 金額のことなんて二の次で、エレーヌの一生に一度の大切な日を素敵なものにするために選び抜いた。そして今日、サンプルのドレスが出来上がってきたのだ。

 エレーヌの部屋の前に来ると、ドアをノックする。

「はい」

 エレーヌの返事がしたので、ドアを開けた。

「エレーヌお嬢様、ドレスの仕立て屋がサンプルを持って来てくれました」

 私が中を覗くと、エレーヌは部屋の中央にあるソファーに腰かけてお茶を飲んでいるところだった。

「わかりました。入ってもらって下さい」

 エレーヌは、部屋に控えていたメイドに指示を出してお茶を下げさせる。自身もソファーから立ちあがって、デザイナーたちを出迎えた。

「エレーヌお嬢様、お待たせいたしました。サンプルを三つお持ちしました。どのドレスにするか選んでもらい、一度着ていただきサイズを合わせたいと思います」

 デザイナーが、一歩前に出るとドレスの説明を一枚ずつ始めた。エレーヌは、デザイナーの話を真剣に聞いている。
 私はそんなエレーヌを見ながら、綺麗になったなあと感慨深くなる。本来こんな姿を見ることもできなかったはずと思うと、涙が出てきそうだ。

 エレーヌは、私の髪質を受け継いだのか綺麗な金髪だ。だけど、華やかな淑女と言うよりはお淑やかで落ち着きのある美人。
 笑顔を溢すと、優しさに満ち溢れて誰をも魅了する。きっと今年のデビュタントでは、誰よりも輝いていること間違いなしだった。

 ドレスは、可愛らしさが引き立つ淡いピンク。柔らかい印象のグリーン。落ち着きある印象の薄紫の三つだった。どれもエレーヌに似合いそうだ。

「……以上がドレスの説明になります。エレーヌお嬢様は、どのドレスがお気に召したでしょうか?」

 デザイナーが、エレーヌに訊ねる。エレーヌは、迷っているようで中々答えが出せないようだった。

「マーサは、どれがいいと思う?」

 エレーヌが、私に聞いてくる。私に訊ねてくると思わなかったので、少々驚いてしまった。

「そうですね……。どれも似合うと思いますが、ピンクが私はいいですね」

 私は、率直な気持ちをそのまま答えた。

「本当に? 少し子供っぽくないかしら?」

 エレーヌは、複雑そうな表情をしている。

「こういった可愛らしい色は、若い時にしか着られないのでデビュタントに着るのは思い出になっていいのではないでしょうか? デザイナーさんもそう思わない?」

 私は、デザイナーに話を振る。本当にどれも似合うが、デビュタントらしくエレーヌの初々しい可愛らしさを出してあげたかった。

「そうですね。ただの夜会でしたら、薄紫が良いと思いますが……。デビュタントなので、可愛らしさを強調するのもいいと思います」

 デザイナーも私に賛同してくれる。エレーヌがピンクのドレスの前に歩いていき、ドレスをよく見ている。

「私、本当はデビュタントでピンクのドレスを着るの憧れていたの……。でも、子供っぽいかなって恥ずかしくなってしまって……」

 エレーヌが、照れたようにはにかんだ笑顔を覗かせる。
 どちらかというと、マイペースな娘でいつも落ち着いていた。だからこんな風に、年相応な部分もあったのだと微笑ましく思う。

「そんなことありませんよ、お嬢様。やはりそう思うご令嬢は多いですからね、きっと同じようにピンクを着た令嬢は沢山いると思います。なので、目立ちたいとお思いならあまりお勧めいたしません」

 デザイナーも、恥ずかしがるエレーヌが可愛かったようで笑顔を溢している。

「そんな、目立ちたいなんて……。そんなことは、考えたことないわ。そしたら私、ピンクのドレスにするわね」

 エレーヌが、私たちを振り返って笑顔で言った。

 ――――バタンッ

 突然、部屋のドアが開いた。
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