6 / 15
005
しおりを挟む
私は、愛人の部屋を出るとマーサの部屋に向かった。使用人用の部屋がある階に辿り着く。部屋が並んでいる場所の前に立ってはたと気づく。
マーサの部屋がどこにあるのかわからない……。思えば、マーサを気にしたことがなかった。
いつもジョルジュにくっついていて、私のことを屋敷の主だときっと思っていなかった。それがわかっていたし、これ以上何か言われるのも嫌で触らずにできるだけ関わらないように過ごしてきた。
所々、疑問に思う節も沢山あった。一使用人なのに、やけにマーサが身に着けていた物が目を引いた。
イヤリングや、髪飾りや、靴や時計。私から見ても、かなり高価だろうと思えたので違和感があった。
でも、そんなことにも私は目をつぶっていた。私が、この家に波風立てて良い事なんて一つもないと思っていたから。
今思うと、生前の私は自分に対して諦めきっていた。人の体に乗り移って、客観的に見ているからだろうか……。
もっと自分にできることがあったのじゃないかと後悔が押し寄せてくる。
そこに、見知った侍女が通りかかる。私の専属侍女だったケイシーだ。
「ケイシー、元気そうで良かった」
私は、懐かしさのあまりケイシーの手を取って満面の笑みでしゃべりかける。ケイシーは、嫌悪感を露わにして驚いていた。
「マーサさん……。突然、何ですか? さっき、メイド長が探していましたけど?」
ケイシーが、引きつった顔で話をする。私は、まずいと思って手を離す。
ケイシーが、マーサと仲良さそうにしているのを見た事がない。私に何か言ってくることはなかったが、恐らく嫌っていたはずだ。
「あっ、ごめん。何でもないの。それよりも、私の部屋ってどこだったかしら?」
自分でもおかしなことを言っているのはわかっている。でもこのチャンスを逃したら、一つ一つ部屋を開けて確認していくしかないから仕方ない。
「何言ってるんですか? 自分の部屋ですよ?」
ケイシーが、不審な目つきで私を見る。
「ちょっと確認なの。その、一番手前の部屋だったかしら?」
私は、構わずに聞き返す。
「そうですよ。いつもみんなに自慢してるじゃないですか! たまには私の部屋に遊びに来てもいいのよ? って」
ケイシーが、イラつきながらも答えてくれた。適当に言ったのだがどうやら当たっていたみたいだ。
「そっか、ありがとう。変なこと言って、ごめんね」
私はそう言うと、ケイシーの前を通ってマーサの部屋に入って行った。部屋に入ってびっくりする。下手したら、生前の私の部屋よりも豪華なのでは? と思う程の部屋だった。
「何これ?」
私は、びっくりしすぎて声に出していた。ベッドは、どこのお嬢様だよと思わせるような天蓋付。部屋の端に置いてあるソファーは、高価な布張り。窓にかかっているカーテンは、繊細なレースをたっぷりと使ったドレープカーテンだった。
薄々は気づいていたけど、間違いなくマーサはジョルジュの裁量で膨大な賃金を貰っている。
じゃなかったら、只の使用人がこんな部屋に住める訳がない。自分が目をつぶって好き勝手やらせていたツケが、こんな所にも及んでいた。自分の不甲斐なさに、気持ちが沈む。
でももう、後悔したって仕方がない。だって、死んでしまったのだから。神様にもらったこの機会を、一秒たりとも無駄にしないように。私はそう決心を新たにして、部屋の物書き机に向かった。
机の引き出しを開けると、綺麗なレターセットが沢山出てくる。マーサが、誰かに手紙を書くなんて想像できない。送るような知り合いがいたのかしら?
マーサを見ていると、決して人に好かれそうなタイプには思えない。私が同僚だったら、絶対に避けて通るタイプだと思う。
私は、シンプルな水色の綺麗なレターセットを見つけた。その便せんを使って、私はエレーヌの幼馴染宛に手紙を書いた。
エレーヌを幸せにする為には、しっかりした婚約者の存在は必要不可欠だ。
私の中に、エレーヌを大切にしてくれるだろうと思う男性に一人だけ心当たりがあった。本当だったら、生前にエレーヌやその男性の気持ちを聞いて婚約を取りまとめておくべきだったのだ。
でも私は、エレーヌがデビュタントを迎える時にその機会を設ければいいと呑気に考えていた。エレーヌのデビュタントを待たずに、自分が亡くなるなんて思ってなかったから。自分の甘さに嫌気が差す。
エレーヌの婚約者の件に関して、ジョルジュを当てにしているつもりはなかった。時期になったら自分がまとめればいいと思っていたのだ。
私は、自分の筆跡で送り主をフランシールにした。とっくに亡くなっているはずの人からの手紙だ。奇妙に思って、中を確認してくれるだろうと言う心づもりがあった。
どうして亡くなった人の筆跡で手紙が届くのか、疑問に思われるかもしれない。でも、たった三カ月ばかりのこと。二人の縁談を纏めさえすれば、そんなことどうにでもなると思った。
不思議がられたとしても、三カ月後にはもう自分はいない。説明する必要なんてないだろうと私は開き直る。
一番大切なのは、この手紙に興味を持ってもらうこと。エレーヌの現状を知ってもらって、エレーヌのことを助けてもらうことだから。
母親としての読みが正しければ、エレーヌはこの幼馴染に好意を抱いている。そして、この幼馴染もきっとエレーヌを好いているのではないかと考えていた。
私は、手紙を書き終えて一度それを机に置いた。そして、その手紙に祈りを捧げる。
どうか、私の想いが正解でありますように。この計画が、うまくいきますように。
マーサの部屋がどこにあるのかわからない……。思えば、マーサを気にしたことがなかった。
いつもジョルジュにくっついていて、私のことを屋敷の主だときっと思っていなかった。それがわかっていたし、これ以上何か言われるのも嫌で触らずにできるだけ関わらないように過ごしてきた。
所々、疑問に思う節も沢山あった。一使用人なのに、やけにマーサが身に着けていた物が目を引いた。
イヤリングや、髪飾りや、靴や時計。私から見ても、かなり高価だろうと思えたので違和感があった。
でも、そんなことにも私は目をつぶっていた。私が、この家に波風立てて良い事なんて一つもないと思っていたから。
今思うと、生前の私は自分に対して諦めきっていた。人の体に乗り移って、客観的に見ているからだろうか……。
もっと自分にできることがあったのじゃないかと後悔が押し寄せてくる。
そこに、見知った侍女が通りかかる。私の専属侍女だったケイシーだ。
「ケイシー、元気そうで良かった」
私は、懐かしさのあまりケイシーの手を取って満面の笑みでしゃべりかける。ケイシーは、嫌悪感を露わにして驚いていた。
「マーサさん……。突然、何ですか? さっき、メイド長が探していましたけど?」
ケイシーが、引きつった顔で話をする。私は、まずいと思って手を離す。
ケイシーが、マーサと仲良さそうにしているのを見た事がない。私に何か言ってくることはなかったが、恐らく嫌っていたはずだ。
「あっ、ごめん。何でもないの。それよりも、私の部屋ってどこだったかしら?」
自分でもおかしなことを言っているのはわかっている。でもこのチャンスを逃したら、一つ一つ部屋を開けて確認していくしかないから仕方ない。
「何言ってるんですか? 自分の部屋ですよ?」
ケイシーが、不審な目つきで私を見る。
「ちょっと確認なの。その、一番手前の部屋だったかしら?」
私は、構わずに聞き返す。
「そうですよ。いつもみんなに自慢してるじゃないですか! たまには私の部屋に遊びに来てもいいのよ? って」
ケイシーが、イラつきながらも答えてくれた。適当に言ったのだがどうやら当たっていたみたいだ。
「そっか、ありがとう。変なこと言って、ごめんね」
私はそう言うと、ケイシーの前を通ってマーサの部屋に入って行った。部屋に入ってびっくりする。下手したら、生前の私の部屋よりも豪華なのでは? と思う程の部屋だった。
「何これ?」
私は、びっくりしすぎて声に出していた。ベッドは、どこのお嬢様だよと思わせるような天蓋付。部屋の端に置いてあるソファーは、高価な布張り。窓にかかっているカーテンは、繊細なレースをたっぷりと使ったドレープカーテンだった。
薄々は気づいていたけど、間違いなくマーサはジョルジュの裁量で膨大な賃金を貰っている。
じゃなかったら、只の使用人がこんな部屋に住める訳がない。自分が目をつぶって好き勝手やらせていたツケが、こんな所にも及んでいた。自分の不甲斐なさに、気持ちが沈む。
でももう、後悔したって仕方がない。だって、死んでしまったのだから。神様にもらったこの機会を、一秒たりとも無駄にしないように。私はそう決心を新たにして、部屋の物書き机に向かった。
机の引き出しを開けると、綺麗なレターセットが沢山出てくる。マーサが、誰かに手紙を書くなんて想像できない。送るような知り合いがいたのかしら?
マーサを見ていると、決して人に好かれそうなタイプには思えない。私が同僚だったら、絶対に避けて通るタイプだと思う。
私は、シンプルな水色の綺麗なレターセットを見つけた。その便せんを使って、私はエレーヌの幼馴染宛に手紙を書いた。
エレーヌを幸せにする為には、しっかりした婚約者の存在は必要不可欠だ。
私の中に、エレーヌを大切にしてくれるだろうと思う男性に一人だけ心当たりがあった。本当だったら、生前にエレーヌやその男性の気持ちを聞いて婚約を取りまとめておくべきだったのだ。
でも私は、エレーヌがデビュタントを迎える時にその機会を設ければいいと呑気に考えていた。エレーヌのデビュタントを待たずに、自分が亡くなるなんて思ってなかったから。自分の甘さに嫌気が差す。
エレーヌの婚約者の件に関して、ジョルジュを当てにしているつもりはなかった。時期になったら自分がまとめればいいと思っていたのだ。
私は、自分の筆跡で送り主をフランシールにした。とっくに亡くなっているはずの人からの手紙だ。奇妙に思って、中を確認してくれるだろうと言う心づもりがあった。
どうして亡くなった人の筆跡で手紙が届くのか、疑問に思われるかもしれない。でも、たった三カ月ばかりのこと。二人の縁談を纏めさえすれば、そんなことどうにでもなると思った。
不思議がられたとしても、三カ月後にはもう自分はいない。説明する必要なんてないだろうと私は開き直る。
一番大切なのは、この手紙に興味を持ってもらうこと。エレーヌの現状を知ってもらって、エレーヌのことを助けてもらうことだから。
母親としての読みが正しければ、エレーヌはこの幼馴染に好意を抱いている。そして、この幼馴染もきっとエレーヌを好いているのではないかと考えていた。
私は、手紙を書き終えて一度それを机に置いた。そして、その手紙に祈りを捧げる。
どうか、私の想いが正解でありますように。この計画が、うまくいきますように。
64
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる