幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

００２ 婚約者時代の舞台裏

　
　アンジェラ・エヴァンスの人生は、酷く息苦しいものだった。幼い頃に決められた婚約者が、とても性格の悪い男だったから。
　五歳の誕生日に初めて自分の婚約者と対面した。二つ年上で、この国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。恐ろしく顔の良いこの王子は、誰からも可愛がられる子供だった。
　第二王子と言うこともあり、皆甘やかして育てていた。表面上は、無邪気さを装いながら腹の内では自分が誰よりも偉く、自分以外はそこら辺の石ころと大して変わりないと思うほど。

　だから、自分の婚約者と言われても愛しむ存在と言うよりは、自分の為にある奴隷のような存在だと認識していた。アンジェラに対する扱いが、それは酷かった。しかもそれは陰でだけ。
　表面上は、大切にしていると言うフリをしていた。だから誰も知らなかった。アンジェラが、とても辛い思いを抱えているなんて。

　初めて二人きりになった時のことを、今でも鮮明にアンジェラは覚えている。アンジェラだって、普通の女の子だった。とても格好いい男の子が自分の夫になるのだと知ってとても嬉しかった。
　胸がドキドキもした。それも一瞬のことだったが……。二人きりになって初めて言われた言葉。

「お前は、おれの為に存在するんだ。俺の言うことを聞いて俺に仕えろ」

　さっきまでの優しげな態度から一変、言葉遣いが荒く人を見下した態度で、アレックスが言い放つ。

　アンジェラは、言われたことが最初理解出来なかった。たった五歳の女の子だったと言うこともあり、自分の想像していた旦那様と全く違うものだったから。

　アンジェラは、その日から誰よりもできる女性で在らねばならなかった。アレックスに、俺の妻になるのだから誰よりも優れた女性じゃなければいけないと言われたから。
　少しでも、できないことがあると二人きりになった時にネチネチとずっと言われ続けた。

「できて当たり前なんだ、できないことを恥ずかしいと思え。そんな女が、俺の隣に立てると思うな。お前の両親だって、知ったら恥ずかしく思うはずだ」

　延々と、アンジェラを否定しつづける。

　それが嫌で嫌で堪らなくて、アンジェラは誰よりも恥ずかしくない女性になるように努力を重ねた。本当は、両親に相談したくて堪らなかった。
　でも、幼いアンジェラは、それを知られたら今度は何が自分に起きるのか怖くてできなかった。