僕は神様、君は人

はんぺん

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第1章 望まれぬ献身

24話 軽んじた衝動

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「じゃー早速、これからの事だけど」


「うん、次はどこに行けばいい?」


 清々しい朝。シャキシャキした野菜がのったお皿をつつきながらボクはクラウスと話し始めた。カロルからも詳しいことはクラウスにって手紙経由で言われてたしね。

「次はあいつ、ルシルのとこ。なーんもない田舎だってさ」

「ユグルみたいな? まあ、それはそれで良いんだけどね」

 また田舎、なんてことは思わない。ボクにとっては街以外はほぼ田舎みたいなものさ。田舎は田舎でも、ユグルみたいに緑に囲まれた田舎じゃないんじゃないかな。たしかルシルのところはそんなに緑あふれる土地って印象もないし。

「もうルシルの方は準備できてるの? いつ行けばいい?」

「昨日、案内とか受け入れの準備はとっくに出来てるって連絡きたから『梯子』の準備さえ出来ればいつでもいいんじゃね?」

 それならば早めに行った方がいい。梯子の準備は今日お願いするとして出発は明日にしよう。クラウスにそのことを告げて、連絡しとくという返事を得た。
 続けて世界情勢、といっても国同士で助け合う今ではそんな大袈裟な話はしない。どこで事故やら災害があったとかその程度の話をした。
 最近はないけど、たまに反社会的勢力やそれに類する集団が大きな事件を起こすこともある。あまりにも大きくなりすぎたらボクらがおさめる。ボクが神様になってからは1度しかないけど……たしかルシルが頑張ってくれたんだっけ。

 そんなことを考えていると正面にいるクラウスがぐいっと顔を近づけてきてこう言った。

「なぁなぁノマ、食べ終わったら遊ぼうぜ」

「……悪い顔してるよ、クラウス」

 彼の言う『遊ぼう』は可愛らしい子供の『遊ぼう』とは違う。普段はやんちゃな気質からかまるで子供のような振る舞いをするクラウスだけど、たまに目をギラギラさせて恐ろしい顔を向けてくる。

「遊ぶって、いつもの手合わせ?」

「んー、最近なまっててさ。できれば、最初にやったやつがいいなーなんて」

「……最初って、本気で言ってる?」

「おれはいつでも本気だぜ」

 キリッとドヤ顔をされる。「最初にやったやつ」ってボクの『神様の力』を確かめるための手合わせのことだ。クラウスの『神様の力』で創った別空間でほぼ全力で手合わせしたやつ。もはや手合わせとは言えないかもしれない。

「……いつもの手合わせじゃダメなんですか」

「頼むよー、モヤモヤすんだ。ルシルにも断られて……騎士達は普通の手合わせしか出来ないし……」

 さっきまでのギラギラした目はどこへやら。今度は胸を抑えながら泣きそうな顔でボクに訴えかけてくる。ていうか騎士達が可哀想、いつも付き合わされてるのか。普通ってのもホントかどうか。
 はぁ、とため息をついてボクは仕方なく返事をする。

「先に言っとくけど、あの日のようにはやらないよ? 明日もあるし」

「分かってるわかってる!やってくれるんだな!」

 早口でまくし立てられ、クラウスの瞳に純粋な輝きが戻る。ほんと、いつものクラウスはどこへ行ってしまったのか。毎回急に戦闘狂になるのはどうしてなんだ? 反抗期とは違うだろうし、もはや二重人格を疑うよ。

「少しだけだよ、疲れるから」

「よっしゃーー! これですっきりできる!」

 少しだけって伝わってるのか疑わしい。明らかに鬱憤晴らしだ。手合わせのお願いをされる度に別の晴らし方は無いのかと思うけど

「はぁ……」

 にこにこ笑うクラウスは憎めない。逆にしょうがないなぁなんて親か兄になったかのような気持ちになる。これが母性なるものか。まあ、ボクに子供も兄弟もいないから正解かは分からないけど。

「じゃ、創っとくから! 準備出来たら呼ぶから!」

「あ、ちょ、ちゃんと許可とってるよ……ね」

 またな!と扉を開け、部屋を出ていこうとしたクラウスは誰かと正面からぶつかった。クラウスの従者の、エルマさん?……あ、エルマさん、背が高いから胸にちょうど……あ、いつも通りの微笑をたたえていらっしゃる……でも、おそらくクラウスはこれからボクと手合わせするってこと伝えてないと思うから……

「これは失礼いたしました、クラウス様。そろそろお食事を終える時間かと思いまして」

「お、おう、すまんエルマ、悪気はないんだ。ちょうど食べ終わったところだ……えと、じゃ、おれ行くから」

「失礼ながら、そんなに急いでどちらへ?」

 さすがクラウスの振る舞いになれているであろうエルマさん。胸に当たったことは全く気にしてないみたいだ。一方、やはり伝えて無かったであろう様子のクラウス。

「ちゃ、ちゃんと伝えてから創るつもりだったんだからな!」

「……なるほど。ノマ様とお手合せをなさるつもりですね。しかも亜空間で」

 理解が恐ろしく早い。ボクの従者のロイみたいだ。クラウスは自ら墓穴を掘っていることに気づいていないのだろう。挑むような目をしているけれど、負けが決まってるのに健気なことだ。ボクは震える彼を助けるべくエルマさんに言葉を投げかける。

「すみません、エルマさん。ボクもちゃんと確認してなかったので許してあげてください」

「ノマ様が謝られることではございません。お気になさらないでください」

 ぴしゃっと、クラウスが悪いのだと言われる。ごめんクラウス、助けることは出来ないみたいだ。ボクは諦めて遠い目をしながら水の入ったコップを手に取る。あぁ、美味しい。

「クラウス様。ここではノマ様の妨げになりますから、着いてきてください」

「……でも、おれ、ノマとこれから」

「すぐ終わります。ノマ様、お手合せの時間などの詳細は使用人に後ほど伝えさせます」

「あ、はい」

 失礼致します、と言ってエルマさんは扉を閉めてクラウスと共に去っていった。



「……」



 部屋に戻ろう。空の食器類を置いてボクも扉を開けた。










 ✳












 しばらくして、部屋に戻ったボクの元に使用人がやってきて手合わせの詳細を伝えてきた。亜空間の準備は出来たからボクが来たら始めるとのこと。ルールは明日に響かない程度までという曖昧なもの。つまりボク次第ってことだ。手合わせをするべくボクはクラウスの部屋を訪れた。

「ノマ……!」

「お待たせ。てっきりお昼すぎるかと思ったよ」

「おれだけだったら余裕で昼は超えてたな」

 両腕で体を守るように震える哀れなクラウス。なるほど、ボクが居ることを考慮してくれたんだ。エルマさんも大変だ……

「それより! ほら、開けといたから入ろうぜ!」

「はいはい。ボクが終わりって言ったら終わりだからね」

 クラウスの部屋の空中に、人ひとりが通れるくらいの真っ白い壁がある。正面から見れば壁や幕のようにに見えるが、横からだと薄すぎて何も無いように見えるそれは、クラウスの神様の力『時限の空隙』によるものだ。
 カロルの説明によると彼の力は、この世界のある地点の2次元の座標を複数指定し、それらを線で結び作られる面を3次元などに拡張。さらにそれを壁のように見えている切り口に接続することであらゆる法則から隔絶された空間を創ったものだそうだ。もちろん、4次元にすることも出来るし、部分的に3次元にするなんて芸当もできるらしい。単純な時間軸のない3次元なら食物の保存に使用出来るだろう。

 さらに用途を増やすため、複雑な条件を与えることも出来たりする。

 たとえば亜空間に入る人が居るとして、全身が入った瞬間のその人の記憶や身体、そしてその時刻といったあらゆる情報を記録する。亜空間を出る際は、入った際に記録した時間を指定し、空間内で経験した記憶としての体験を記録に上書きをしたり、逆に上書きをせずに元の記録を読み込むことも出来る。上書きするのは記憶だけにし、身体の記録は上書きをしないことで寿命が縮むことを防ぎつつ、時の流れる4次元空間内で作業することができるのだ。

 ただ、身体の記録をするのは、入る人が「普通の人」だったらの話。4次元に生きていた普通の人が急に3次元の空間に入ったら、試してないから分からないけど、細胞の活動や心拍といった生命活動に必要な機能が停止するんじゃないかな。それ自体は思考すら止まるだろうしおそらく問題は無い。問題なのは、入ってそんなことになるなら、亜空間に入る意味無くね?って事だ。だから「普通の人」が入るにはより複雑な条件を与えなければいけない。クラウス曰く「めんどい条件を付けると疲れる」だそうだ。


「分かってるって! ほら行こうぜ!」

「あ、ちょ、引っ張らなくてもちゃんと行くよ。まったく……」


 かなり簡単に言えばクラウスの力は、あらゆる常識を覆す「とんでも空間」を創るものだ。本来ならこんな簡単に使用していいものでは無いはずなんだけど……カロルの説得を諦めた生暖かくも冷たい瞳と表情が思い起こされる。


「相変わらず、なんにもないね」

「ん? なんか欲しかったか? 街でも作っか? 」

「あ、いや、いいです」


 時間の有無は勿論、空間内の風景や有り様からクラウスの思うがまま。空間内で長時間いても外に出れば1秒も経ってないように出来るのだ。すごいね。


「あの時の借りを返してやるからな……」

「いやいや、それはこっちの言葉でしょ」


 今回の空間は前回と同様、時間軸を含む4次元に設定し、時刻と記憶だけを記録することになっているはずである。身体の記録はボクら神様には必要ない。寿命なんてないものと一緒だしね。

 ならどうしてわざわざ亜空間を使うのかっていうのはまた単純な話で、クラウスとボクの手合わせだからだ。神様の手合わせだ。ボクらが本気で争えば世界なんて一瞬で壊れてしまう。本気でするつもりは無いけど、生身の世界で手合わせは怖いよね。


「よーし、 かかってこい!」

「そっちこそ」


 真っ白い空間に距離をとった神様が2人がぽつり。1人は両手を顔の前に近距離戦闘の構え、1人はだらりと両手を下げて観戦者のように。ただ1人の欲求不満を解消すべく、神様同士の手合わせが始まろうとしていた。



















______________________________


次もその次も、勝つからさ


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