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第1章 望まれぬ献身
23話 知る者の懸命
しおりを挟む「わ、見えてきた! なっつかしい!」
「おいおい、たった数週間だぜ? こんだけで懐かしいってか」
「ボクにとっては十分な時間なの! 」
「こらノマ、あまり顔出さない」
ユグルを発って鬱蒼とした森を進み続けたボク達の視界に、遠目にだけれどようやく街がはいった。ユグルにはない建物が高い塀に囲まれている様が見えて、ついついダグラスの横から顔を出してしまい怒られてしまった。
「はぁー」
「なんだよ、溜息ついて。情緒不安定か?」
「な、ちがうよ。あっという間だったなって思ってただけ」
「ああ……本当に」
面白そうにボクの溜息に突っ込むバロンと、街を見ながらボソッと呟くダグラス。ずっと聞こえてた森の音色、風が木々を撫でる音や鳥の声はもう遠い。街にたどり着けば人々の和気あいあいとした声と、靴と石畳の擦れる無骨な音に囲まれることだろう。
「ねぇ、あの街にはもうちょっと緑が必要だと思うんだけどどう思う?」
「んだよ急に。道の端に花とか植えてんじゃねぇか。パルティーアよりはマシだろ?」
「んー、確かにそれはあるけどさぁ。ちょっと寂しくない?」
ボクのいるラガルデア国は元々自然と共に生きる長命種たちの国だからか、大きな街はではあるけれど自然をなるべく壊さないように造られ、街中でも木々が生えてたりする。もちろん、軍事的な問題で戦争時に邪魔にならないように切り倒されてしまった木もあるけど。周りを国に囲まれたパルティーア国が緑が少ないのは仕方ない、立地が悪い。
「ノマの言いたいことは分かるが、だいたい国、街というものは自然を排除して造られるだろう? セリファリア国は平和になった今でこそ自然を大切にという思想が生まれたが、当時の人々にはその余裕はなかったんだろう」
ダグラスは遠い何かを睨みつけるような目をして話を続けた。
「私にも経験があるがね、人というのは、基本は自分が第一なのだよ。領地を広げたい。ならば森を切り開こう、なんてのはよくあったことだろうね。自然を大切にしようという風潮は人々の心に余裕ができた証拠さ」
それに、とダグラスは続ける。
「国によって違いがあるのは良いことかもしれないよ? ラガルデアには緑豊かな環境を求めてパルティーアからの旅行者が多いだろう。セリファリアからも少なくはない」
そういうことさ、とダグラスは言い終えた。ちょっと難しかったけど、つまり国によって特徴が違うのは良いことってことだよね。んー、確かにそうかもしれない。今はまだ森の中に居たい気分だけど、森にずっと居るのも飽きちゃうんだろうな。王宮にずっと居るのは飽きちゃう。それはきっと人それぞれで、押し付けちゃいけないことなんだ。森とか緑が苦手な人もいるよね。
「そうだね、ごめんなさい。わがままだったね」
「ったくよ、ノマ。ほんとは10もいってねぇんじゃねぇの?」
「は、はぁ!? 2人よりもずっと歳上です! 敬って!」
2人でわーわー騒いでると再びダグラスに叱られる。ボク悪くないと思うんだけどなぁ。先程とは違い柔らかい表情のダグラスを見て、さっき言ってた経験ってのはどんな経験だったのだろうって思った。話を終えた途端に元に戻ったけ眉間に皺を寄せた細目が印象的だった。
✴
「んじゃ、ここまでか」
「うん。短い間だったけどありがとうございました」
関所を越えて街に入り、ボクらはダグラスの商品を保管する倉庫前に着いた。
「こちらこそ。ノマはこれから王宮へ行くんだったかな? 気をつけてね」
「はしゃぐなよ?」
「はーい、ってバロンは黙ってて!」
はっはっはっといつも通り豪快に笑われる。ダグラスは寂しそうに、もうこの光景も見れないのかと言った。
「また機会があったら一緒に、いいかな」
「ああ、勿論だとも。人は多い方が楽しいからね」
「年取ると感傷的になってダメだねぇ、ダグラスのおっさん」
「バロン、後で話がある」
おお、ダグラスの笑顔が怖い。向けられると恐ろしいけど傍から見てる分には面白い。首根っこを掴まれるバロンを横目に再会を願った別れを告げて、背中を向ける。最後の最後までバロンは相変わらずだったな。そのおかげて明るく別れることが出来たんだけど。
カツカツ
呆気ない別れだったな、と思いながら裏道から大通りに向けて足を進めていくと、だんだんの喧騒が近づいてくる。いらっしゃい!とかそこのお姉ちゃん可愛いねぇとか怪しげな声も聞こえるけど。うん、お昼すぎだし活気があるなぁ、みんな元気だ。
王宮へはこの道を真っ直ぐ行って、なんとなく王宮に向かえば着くだろう……と考えたところで足が止まる。ん? そ、そういえば王宮になにも知らせてない。やばい、忘れてた。
「やっちゃった……うわぁ」
だ、だいたいの帰ってくる日は分かってるよね……? きっと大丈夫、うん。冷や汗を感じながら王宮に向かって人を避け歩き続けて十数分。目の前には大きな門といかつい数人の門番が。
「なにか御用ですか」
「えっとその……ノマって言えば分かりますかね……」
いかにも仕事ができるぞっていう雰囲気の男性にこんな返答で良いのかと言った後に後悔する。名前言ってどうするんだ自分、お見合いじゃないんだぞ。門番の反応にビクビクしていると
「ノマ……っまさか、ノマ・ラガルデア様でいらっしゃいますか」
「あ、そうですそうです!」
分かってくれた。名前でいけるんだなぁ、クラウスから伝わっていたのかもしれないと思っていると、ゴソゴソと門番が紙を取り出してボクの顔と紙を交互に確認する。ボクの顔でも描いてるのかな? ちょっと恥ずかしいや。
「失礼いたしました、ノマ様。どうぞお通りください」
道をあけてくれた門番に礼を言ってから、使用人に案内されながらまた歩く。そろそろボクが来るだろうと予想立てて迎え入れる準備をしてくれていたらしい。いやー、ほんと申し訳ない。クラウスにも謝らないと。
綺麗に磨かれた床を音を鳴らしながら進んでいき、ぴかぴかと豪華な扉の前で立ち止まる。クラウスの部屋だ。
トントントントン
「クラウス様。ノマ様がおかえりになられました」
「おお! 入って入って!」
ガタガタと扉の向こうからなにやら物音が漏れてくる。また部屋を汚くしてるんだろうか。以前、書類の山が崩れて慌ただしく片付けていたクラウスの様子を思い出して苦笑する。
ガチャ
「きたなノマ! 背、伸びたか?」
横に長い机の向こう側からひょこっと顔を出して手を振ってくるクラウスが見えた。あー、書類がすごいけど辛うじて机の上だけに留まっている。右には見るからにフカフカそうな横長のソファが2つ、机越しに向かい合って置かれている。
「こんな短期間で伸びるわけないでしょ……もはや希望はないよ、お互いにね」
「なんだよ、おれもかよ! あ、連れてきてくれてありがとな、仕事戻ってくれて大丈夫だ」
失礼いたしましたという言葉と共に静かに扉が閉められた。
「連絡してなくてごめんね、さっき気づいて」
「気にすんな、忘れてるんだろうなって思ってたし。こっちこっち」
「はは、座れる椅子があって良かったよ」
「いつも散らかしてるわけじゃないからな?」
ふかふかの綿が入ったふたり用のソファに腰をかける。荷車の硬い座り心地とは比較にならない柔らかさだ。身体が沈んでいくー。向かいに座ったクラウスも沈んでいた。
「よいしょっと。今日の仕事は終わりだ終わり! で、どうだったよ、ユグルは」
「また従者の、エルマさんだっけ?怒られるよ?」
「だーいじょうぶだって。いいからさ、気になるんだよ」
今日はまだ見かけないけど、にこにこしてて優しげな女性のエルマさんがクラウスに怒ってる姿をはじめてみた時は戦慄したね。すっごい笑顔なのに笑顔じゃなかったのは流石としか言えない。交わされる言葉を聞かなければ仲良く話してる風にしか見えなかっただろう。
「どうだったかって聞かれると色々あって……どこから話そうか、聞きたいこともあるんだよね」
「聞きたいこと?」
「うん。まずピアスのことなんだけど……まずは謝るね」
全ての始まりとも言える、あの空色のピアス。左耳にかかる髪の毛をどかしながらボクは話し始めた。クラウスからピアスをもらった時、クラウスはダグラスから買ったのだと言っていたけど、ダグラスは石というよりは髪飾りのことを知っていたような印象があった。
「実はユグルで持ち主、みたいな人に出会って、ユグルに置いてきちゃったんだ。ごめんね、せっかくお守りとしてくれたのに」
「あぁ……そうか、そういう事ならいいんだ。持ち主が見つかってよかった」
あれ、もうちょっと怒るのかなって思ったけど。まじかよ、とかせっかくあげたのにとか言われると思ってた。想像に反してクラウスは少し目を見開いたあと二カッと笑った。
「その、あの石がある髪飾りの一部でさ。クラウスは知ってた? ダグラスから石を買ったんだよね? 」
「あー、その、すまん! ちょっと嘘ついてた!」
「え、うそ?」
片手で頭の後ろを抑えながら、てへへとでも言うように片目を閉じて嘘をついていたと告白を始めた。
「実はなあの石、拾ったヤツなんだ」
「え、えーーー!? 拾ったって、どこでさ」
「川だ川。ちょーっと王宮抜けて森に行っときに川を見つけて、なんかキラキラ光ってんのあんなーって見たら、あの石があった」
川、確かに森から街に続く川は有るけど、まさかあの川? 待ってくれ、仮に髪飾りの石が川に落ちたとして。その石が今の今まで残ってた? それとも流れ着いた? いやでもあんな小さい石だと土砂や砂利に埋まってしまう気がする。
……確かめようがないな。川で拾ったのは、まぁ良いとして。
「そんであまりに綺麗なもんで、持ち帰った」
「……なんでダグラスから買ったって言ったの?」
「……察してくれ」
ヒクヒクと方頬を器用に上げながらクラウスは小声で言った。まったく、王宮から抜け出したことがバレるとエルマさんに怒られるからかだろう。クラウスの世話は大変だろうな、抜け出すし、仕事は貯めるし。あれ、まさにダメ上司ってやつ?
「わかったよ、この事については言わないよ」
「男同志の約束な! 」
悪びれもなく笑う目の前の男の顔を抓りたくなってきたけど我慢して次の疑問を問いかける。
「黒いあざの病気についてなにか知ってる?」
「あざ?……ん、聞いたことはある。詳しく知りたいか?」
是非、と答えると書類の貯まった机をガサガサと漁り始めて、1枚の紙を持ってきた。
「詳しく、と言ってもほとんど分かってないけどな。ユグルで話し聞いたのか?」
「うん、集落の長の娘さんから少しだけ。花が薬になったとか」
「あー、そこまで知ってるとなると、この紙はいらない気がする。おれが知ってるのはここに書いてる昔話程度だ。前代の神様も対処する前に病気が無くなったらしくてな」
クラウスから紙を受け取り、一通り目を通す。
「ほんとだ……ほんとにこの病気は急に現れて、急に消えたんだね」
「ああ、情けないことに治療法も無いし対策の仕様がない。ところで、どんな経緯でこの病気のことを知ったんだ?」
「話すと長くなるんだけど……」
今度は隠さずにリグルやリアナの事、泉で見たことを話した。集落を見て懐かしかったこと。フォトナさんと重なった痣のある少女の面影のこと。崖を必死に降りる少年のこと。その時に見たバリバラナらしき人物のこと。引き出しから見つけた髪飾りのこと。クラウスはボクの話につっこむことなく、大人しく頷いたりしながら話を聞いてくれていた。
「気になるのが幾つかあるだろうけど、1番はバリバラナだよね」
「……まぁ、うん。大精霊が見せたからには実際にあったことなんだろうけど、今んとこはおれからはなんとも言えないな。カロルも分かんないとなるとなぁ」
クラウスは、んーっと頭の後ろで手を組んで天井を見上げ始めた。
「うん……それと、リグルとかリアナの事だけど知らないよね? ボク自身、なんでリグルの声が聞こえたのかも分からないし……」
「知らないぞ……なんてこった、謎しかない」
「ほんとに」
ボクもクラウスに倣って天井を見上げる。声に関しては、ボク自身の問題なのか? 崖に居たリグルの声と同じだし、幻聴じゃないと思う。でもリグルと出会ったり話した記憶もない。これはカロルに話さなくて良かったな。きっと悩ませるだけだっただろう。
「まぁ、髪飾りだっけ。お墓に返せて良かったな」
「うん。本当に良かった。綺麗に整えられたお墓で……あ、花畑もあったんだよ、クラウスもきっと気に入るよ」
「へぇ、今度行ってみようかな……あれ、もうこんな時間か」
「ほんとだ、ごめん。ボクの話が長くなっちゃったね。そんなに話してたのか」
いつの間にか空は茜色になり、部屋も薄暗くなっていた。クラウスは席を立ち上がり照明を付けながら言った。
「また明日にするか、これからの事とかさ」
「そうだね。お世話になります」
「はいよ。部屋の案内は外に人がいるから」
よいしょっと腰を上げて、また明日とクラウスの仕事場を出て、少し離れたところに立っていた人に前に泊まった部屋に案内される。
「お夕飯はどうなさいますか。こちらにお持ちすることも出来ますが」
「どーしようかな……今日はここで食べることにします」
「かしこまりました。お時間になりましたらお持ち致します」
なんか部屋に戻ると出たくなくなってしまった。やっぱこの部屋いいよなぁ、ここで食事するのが楽しみだ。
「ふぅ」
窓を開けて外を眺める。部屋に入ってきた風が髪を揺らし、目にかかり、頬を掠める。邪魔になって髪を耳にかけた時にまたピアスのことを思い出した。
「……君らのこと、もっと知りたいのに」
リグル。君はどこへ行ってしまったの。どうして1人で行ってしまったの。君になにがあったの。髪飾りはあれで良かったの。
リアナ。髪飾り、リグルから貰いたかったよね。遅くなってごめんね。花畑すごく綺麗だったよ。君の子供たちがずっと守ってくれていたよ。
ねぇ、ボクはちゃんとできた? ちゃんと2人の想いを叶えることできた?
━━━━ボク、役に立てたかな?
「…………」
またいつか、ユグルに行こう。こんどはちゃんとお土産を持っていこう。街にしかない保存のきくお菓子とかどうだろ。きっと喜んでくれるよね。
目を閉じて思い耽るのはやめた。また新しい場所に行かなきゃ行けないんだから。そっと窓を閉じて、運ばれてくるであろう食事をそわそわしながらボクは待った。
______________________________
騙されたなんて、思わない
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