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第1章 望まれぬ献身
『幼さゆえの錯綜』
しおりを挟むとても気分が良い。ようやく、買うことが出来た。まったく、換金用の商品はとっくに出来てたのに、中々行商人がなかなか来なくてやきもきしてたんだ。
「ふんふふーん」
つい柄にもなく鼻歌を歌ってしまう。それを聞かれてたようで周りの人には笑われてしまった。
「なにかいいことでもありましたか?リグル様」
「ああ、なんでもない!」
これは俺だけの秘密、知られてはいけない恋心。どれだけ効果があるかは分からないけど、行商人には口止めをしておいた。
家に戻り、おざなりに両親に挨拶してから自分の部屋に入る。
「ここなら、バレない、きっと」
机の引き出しの奥の奥。偽物の仕切りを使って、ただ引き出しを開いただけでは見えないように、大事に大事にしまい込む。
「どうやって渡すか……」
そこが問題だ。さりげなく、だけど少し気にして欲しい。でも重く受け止めて欲しくない。ああ、なんて難しいんだ。少なくとも、18歳になるまでには渡したいな。それまでならあの子もまだ結婚しないだろうし。
「手紙は流石におもい、か?」
悩む。手紙はどうしても直接言えないときの最終手段だ。まずはやっぱり言葉だな。
「こ、これ買ったんだが貰ってくれないか?」
いや、これは違うな。
「良かったら、これ付けてくれ」
いや、これは強引か? 難しい。本当に難しい。世の恋人たちはどうやって言葉を伝えたんだ? どうやってその愛を言葉に……。
「……そうか、違うんだ」
ふっ、と体の力が抜けた。
そうだった。俺は、愛を言葉にしてはいけないんだった。だから、こんなにも難しいのかもしれない。そもそも、髪飾りを贈ること自体間違っているのかもしれないのだから。
「……でも、似合うと思ったんだ」
様々な飾り物の中で、それは一際目を引いた。商品を並べる茶色の板に載せられたそれ。それを一目見た時に『ああ、似合う』と、そう思った。そしてその日の夜、どうやって渡そうか考えた。あぁ多分、それが間違いだった。
似合うと思って買いたかったのなら、悩む必要なんてない。『似合いそうだったから買ったんだ』の、一言で良い。だけど、俺はそれ以上の思いを言葉にしようとして、あの子にもその思いが伝わることを望んでいる。
そこから間違っていたのだと今更気づく。だから、もっと、もっと軽く。
「コホン、これ、綺麗な色の石だろ? 一目惚れしてさ、つい。でも俺には必要ないから」
ぐいっと手を差し出して、荒く渡せばきっと大丈夫。似合うとか言わないで、付けて欲しくて買ったのだと伝わらないように渡そう。
「……ふぅ」
椅子に腰をかけて、目を瞑って考える。
もしも、俺が集落の長の長男じゃ無ければ。せめて、次男であれば。もしかしたら、許されたかもしれない。別の集落の女性なんかと結婚なんてせずに、もしかしたら。
小さな家の中。2人で食卓を共にしたり、一緒に洗い物をしたり、散歩では時間なんて気にせずそよ風を楽しんだり。子供が出来たりしたら、もっと楽しい日々だろう。人を育てる事は大変だろうけど、あの子とならきっとそれすら楽しい。そうだ、庭にはあの花を植えよう。なんてことない花だけど、それは必須だ。
ああ、なんて幸せな未来なんだろう。自然と口許が緩み、胸が満たされた。胸が、苦しくなって、唇を噛みしめる。
━━でも、そうはならなかった。そうはならない。
そもそも、リアナが俺との未来を望んでいる訳では無い。髪飾りを渡すのだって自己満足。欲しがられた訳でも無い。
「ごめんな」
髪飾りがある辺りを、机越しに撫でる。もしかしたら、渡せないかもしれない。少なくとも俺の気持ちが落ち着くまでは、ここで待っててくれ。
そっと窓から見える景色をみる。ちょうど夕暮れが集落を照らしていて、暖かな雰囲気を作り出していた。この景色は、この部屋だけのもの。もちろんほかの部屋からも似たような景色は見えるだろうけど、これは此処からしか見れない。
━━━リアナにも、見せてあげたい。
リアナはずっと先の集落の端っこにいるから、こんな集落の顔は見たことないだろう。きっと喜んでくれる。
「リグル兄さん!ちょっと来てくれない?」
「っああ!いまいく!」
夢想していた俺を呼ぶ弟の声が俺を現実に戻す。その声に応えるべく、部屋の扉へ歩き出した。
ちゃんと引き出しは閉じたままで。
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