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第1章 望まれぬ献身
挿話《罪無き幸福》
しおりを挟む行ってしまった。止められなかった。止めなきゃいけなかったのに、あたしの足は動かなかった。
「どうして!うごいて!うごいてよぉ!!ッゴホゴホ、ぇぐ」
黒いあざが浮かぶあたしの醜い足。その震えて動かない足を叩き、叫ぶとのどが痛み咳が出る。いたい。ああ、そっか、風邪をひいたのかもしれない。寒いし、ちょっと熱っぽいなって思ってたんだよね。ねぇ、リグル。
「リアナちゃん!やめて、足が、だめよ」
「落ち着いて、お願い、お願いだから、ね?」
あたしはリグルを止めなきゃいけない。だめなの、あの人はこのユグルに必要な人なの。ねぇ、果実って危ない所にあるんでしょう? 死んじゃうかもしれないんでしょう? あの人がいなくなっちゃうのはだめなの。死んじゃうなんて、だめだよ、ねぇ、なんで? どうして? どうしてなの?
━━━どうして、あたしなんかの為に。
腕が重くなって地面におちる。視界がぼやけて、自分が涙を流していることに気づく。
「……教えてよ……ねぇ、リグルぅ……リグルぅぅ、ぅぁぁああああ!!」
みんなが私を慰めてくれた。そんな声さえあたしには煩わしかった。ずっとずっと、泣き疲れて眠るまで、あたしはずっとリグルのことを思い続けていた。
✴
空が青くて、風が気持ちいい。水が冷たい。子供たちの声。
「……」
顔を洗って、いつも通り朝食の準備をする。今日は何がいいかしら。そうだ、昨日は少しお肉が多かったからお野菜たくさんのご飯にしましょう。
厳しくも優しいお義父さまとお義母さま。可愛らしい我が子たち。そして子供を見て頬が綻んでいる私の旦那さん。いつもの風景。きっとありふれたものだけれど、私には訪れるはずのなかった幸せ。
食器を片付けて丘に行き、花の水やりをする。ジョウロの先から流れる細かな水が太陽にキラキラと照らされて、花弁や茎にくっつく。今日も綺麗な姿を見せてくれてありがとう、と思いを込めながらジョウロが空になるまで、満遍なく水を与える。ジョウロ1つじゃ足りなくなってきたけど、どうしようかな。ここらへんは近くに水辺が無いし……帰って相談しようかな。
空っぽのジョウロを持ってお墓に向かう。
「…………」
走り去るあなたの後ろ姿、今でも鮮明に思い出せる。泣きわめいたあの日。次に目を覚ました時、私は自分のやるべき事やった。やった結果、病にかかっていた全ての人が救われたし、病にかかる人も出なくなった。
あなたのおかげよ、リグル。
あの日、あなたを止めていれば私は死んでいた。沢山の人が死んでいた。もしかしたら、あなたも、お義母さまもお義父さまも、アウリだって。そう、子供たちも産まれてこなかった。ほんとうに沢山の人が死んでいたかもしれない。
……きっと、集落自体が無くなっていた。
ねぇ、リグル。リグルはここにいるのかな。 あなたの体はここには無いけれど、ここに眠ってるのかな。それとも、空で眠っているのかな。リグルは優しく明るく輝いてた人だから、お伽噺の天使様に連れられて天国にいるのかな? それとも……ねぇ、リグル。
「……ごめんなさい」
ごめんね、何度も同じことを聞いて。
ごめんね、見つけてあげれなくて。
ごめんね、助けられなくて。
ごめんね、救われてばかりで。
「…………ごめんね、」
━━━リグル、私はあなたが……
好きだなんて、そんなものじゃ足りない。あなたは私にとって唯一無二の存在でした。
愛してるなんて、そんなこと言えない。あなたに伝えるには、遅すぎました。
「また、くるね」
無くさないよ。絶対に終わらせない。あなたが命を賭して残したこの幸福な日々は、絶対に。私が死んでも、せめてその時がくるまでは、絶対に繋げるから。
「次は、きっとアウリも来れると思う」
ねぇ、リグル。私は幸せよ。とっても可愛い子供たちと、私を愛してくれるアウリ。そして優しいあなたのご両親。たくさんの人達に支えられて、助けられて。本当に、私は幸せ者よ。寒い小屋から私を救ってくれた。母と父が亡くなった時も、あなたが傍に居てくれたおかげで絶望に堕ちずにすんだの。私が今こうして生きられているのは、あなたのおかげよ。ねぇ、リグル、
━━━そんなあなたが、どこにも居ないの。
あなたを失ってから、ふとしたとき思うの。思ってはいけないことなのに、あなたが居れば、もっともっと幸せだって。あなたの暖かい笑顔が隣にあれば、もっと幸せ。あなたの固い手にふれたなら、もっともっと幸せ。
私の人生が、あなたとの人生になったなら。
そう、思ってしまうの。無理だって分かってるけど考えちゃうの。優しい人たちの優しさにつけこんで、私は罪深い事を思ってしまう。アウリだって、子供たちだって本当に愛している。それでもあなたが忘れられないのは、私が愚かで罪深くて、弱い女だから。
きっと私はあなたの元へはいけない。天使様は心が汚い人は連れていかないから、私は天国へはいけない。それでも、万が一、あなたの元へいけたなら……
「おかーさん!おかえり!」
「おかえりなさい!」
「こら、走らないで。おかえり、リアナ。これで汗を拭いて」
「ただいま。あらあら、沢山遊んだのね、こんなに汚れて……ありがとう、アウリ」
━━━ありがとう、って伝えよう。助けてくれて。こんな幸せな人生をくれて。
「きれーなどろだんご、つくったんだよ! おかーさんにあげる!」
「わたしはねぇ、おはなのかんむり!わたしもあげるの!」
「まぁ、2人とも上手ね!ありがとうね。……アウリは?」
「ぼ、ぼくかい? 僕はだねぇ……」
「ふふ、冗談よ」
あの日から十数年経った今でさえ、たくさん言いたいことがあるの。たくさん伝えたいことがあるの。たくさん、たくさんあるの。それは、きっとこれからきっと増えていく。
ああ、あなたが此処に居たのなら、きっと『そんな矢継ぎ早に言うなよ』って、困った顔で笑いながら聞いてくれるんでしょう? いつも、お喋りな私の話に付き合ってくれてたもんね。あなたはあまり自分のことは話さなかったから……今度はあなたの話を。
その時は、今日みたいな青空の下で話しましょう。一際輝くあなたの笑顔、もういちど見たいから。
「さ、2人とも中に入るよ」
「「はーい!!」」
「……ほんとに、可愛い子だ」
「「かわいい?」」
「っ! ああ、そんなつぶらな瞳をむけないでくれないか我が子達よ……」
━━━ねぇ、リグル。あなたの言葉を信じて待ってるから。あなたが守ったこの空の下で待ってる、ねぇリグル、
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