13 / 30
第1章 望まれぬ献身
11話 重なる声
しおりを挟む「あの、本当によかったんですか……? 忙しかったんじゃ……」
「いいの。子供たちも外で遊びたいと言ってたし、普段厳しく育てているから、いい機会よ」
今朝、あの丘に行くためにフォトナさんを訪ねた。いつでも来ていいと言われていたけど、やっぱり本当に良いのか不安になって門の前でウロウロしてたら、家の中から人が出てきて中に通された。無事フォトナさんと行動出来る事になったけど、子供に何かを教えてたみたいで。
「それで、何処に行きたいの?」
「ここから反対側の丘なんですけど……」
軽く話題を変えたフォトナさんにおそるおそる聞く。これで断られたらどうしよう、他に行くところ考えてなかった。逆にどこ行けばいいか聞くのも有りか?
「丘……あそこね、どうして?」
「えっと、あの丘からの景色、見てみたいなって。道があるってことは誰か整備してるんですよね? 」
あの丘に何かあるんじゃないか、なんて事は言えないから無難に答えてみた。
「……あそこからの景色は、とても綺麗よ。途中には花畑もあって、」
「……? あって、何ですか?」
実際に行ったことがあるのか、フォトナさんは綺麗な景色が見える断言した。だけど『花畑があって』の次に続く言葉が無かった。
「いいえ、なんでもないわ。行きましょ、あそこは遠いもの。日が暮れてしまうわ」
「あ、はい!」
ボクの質問に答えることなく、スタスタと進んでいってしまった。急いでボクも彼女の後をついていく。
2人で集落の中を歩いていると、チラチラと人々に見られてることに気づく。ダグラスも言ってたけど、ボクが人探しする許可を得たのは驚くべきことらしい。おばさんも、ボクが『フォトナさんと行動することを条件に集落の外へ出ても良い』と言われたと知った時は、目が飛びでるんじゃないかってくらい驚いていた。
ボクもまさかフォトナさんと外に出ても良いと言われるとは思ってもみなかった。勿論、魔物が出ない範囲までと言われたけど、今まで出たことがない範囲でも魔物が出ない確信はない。なのに、許可がおりた。果たしてボクが長命種って事を信頼してくれたのか。そんな訳ないと思いつつも他に理由が分からない。
好奇な目で見られながらボクたちは黙々と進み続け、昨日も会った見張り役の2人の元へたどり着く。
「お疲れ様。これから私たちは丘に向かうわ。日が暮れても帰ってこなかったら、何かあったと思って」
「そ、そんな、それなら私たちも着いていき」
「必要ないわ。あなた達に責任はとらせない、ちゃんとお父様には伝えてるわ。ノマ、行きましょ」
「え、ちょ、フォトナさん!」
またもやフォトナはスタスタと丘へ続く道へ進んでしまう。いつの間に伝えてたのか。それに『何かあったと思って』って、そんな不穏なこと言わないで、ボク責任取れませんよ!
そんなボクの心の叫びは、フォトナさんに伝わることはなかった。
※
「ここらへん、少し地面がぬかるんでるから気をつけて」
「あ、ありがとうございます……ふ、よっ、と」
ボクは、獣混種の体力を舐めていたことに気づく。決してそのつもりは無かったのだけど、彼女の丘を登る早さ、半端ない。ボクが登ってきた山ほど傾斜はないけど徒歩で登るのはそれなりに疲れる。そのはずなのに彼女には疲れが全く見られないし、休む様子もない。
「ん、寄り道の場所だけど、そろそろ着くわ」
「や、やっと……ふぅ」
集落から見えていた、複数の丘が連なった大きな丘。それを歩き続けること数十分。でも、まだ丘の頂上は上の方だ。あの先にあるフォトナさんの言う綺麗な景色とは何なのだろう。このあと行くのだろうか。
「……ほら、下を見て」
すこし高いところに居るフォトナさんの隣に行き、下を見下ろす。
「━━すごい」
眼下に広がる、薄桃色の花畑。丘の若緑色に縁取られたその花畑は、圧巻としか言いようがない。ところどころ黄色の花も咲いているのだろうか、薄桃色が映えるような絶妙な加減で、だけど力強くその花弁を魅せていた。
「こっちから降りれるけど、行ってみる?」
「もちろん」
なだらかな坂を下りて、花畑に近づく。ほのかな甘い香りが漂ってくきて、なんだか懐かしい気がした。ボクは気づけば早歩きになっていた。
花畑に近づくと、一つ一つの花弁を見ることができた。とても可愛らしい花。その小さな花弁を精一杯に広げて、美しく綺麗な花畑を作り上げていた。
とても、綺麗だ。ボクとフォトナさんはそっと花弁に触れた。
「この花はね、昔は薬の材料になってたの」
「薬に? 昔ってことは、今は使われてないんですか?」
「えぇ、その病気にかかる人が出なくなったのよ」
この可愛らしい花が薬になるのか。なんだか美味しそうな薬になりそうだなって思った。
「……酷かったらしいわ。体に黒いアザが出来る病気で、この花が薬になるって気づくまでは、罹った人すべてが死んだそうよ」
「そんな恐ろしい病気にこの花が……よく見つけられましたね」
黒いアザ。そんなものが理由も分からず体に出るなんて恐ろしい。しかも死に至るなんて……それをこの可愛らしい花が治すのだから驚きだ。最初にその効果を知った人はどんな人だったのだろう。
「1人のその病気にかかった女の子に、『その花弁を食みなさい』とお告げがあったらしいの。その通りにしたらすぐにアザが消えて助かった、と伝えられてるわ」
「花弁を食む……それだけで?」
「ええ、たったそれだけ。不思議なものよね、今は花としてここにあるけれど、かつてはこの花達が薬となってたくさんの命を救ったのよ」
価値とは、分からないものだ。かつてこの花達はこれ程愛でられることは無かっただろう。この花畑のように沢山あれば圧巻だけれど、一つ一つは、家や庭に飾るには地味だ。薬となる経緯が無ければ、この花畑も存在しなかったかもしれない。
それにしても、何故ここにあるのだろうか。もっと集落の近くにあってもいいんじゃないか。
「どうして、この場所なんですか? 集落の人にも見てもらいたいなって思うんですけど」
「━━これはね、私たち、リドリー家の戒めでもあるの」
「……どういう、事ですか?」
……ここに花畑がある事が戒めって事だろうか、分からない。
「……ずっと、私が生まれるよりずっと昔の話よ。ある女の子のために命を落とした男の子が居たの。その男の子はね、この花が大好きで」
しゃがんで花を触りながら、フォトナさんは語り出す。
「最後に2人が出会ったのが、この場所。だから、女の子はここに花畑を作ったの」
「……その、男の子はどうして」
「……」
ボクの質問に答えず、フォトナさんは薄桃色の花をプチっと摘み取った。
「ねぇ、ノマ。綺麗よね、この花」
フォトナさんはそっと立ち上がり、僕に向く。
『「これ、あげる」』
「━━ぁ」
花を差し出された、その瞬間。時が止まった気がした。脳裏に浮かぶ、フォトナさんと良く似た女の子。
━━透き通る、空色の瞳。
━━風に靡く茶色の髪。
━━薄桃色の花。
━━緑の丘。
━━優しい笑顔。
━━そして、その顔に浮かぶ、黒いアザ。
『ごめんなさい』
「━━っ!」
また頭に過ぎる、誰かの声。畳み掛けるように続く、切なる声。
『約束、守れなかった』
「やく、そく……」
とても悔しくて、悲しくて。約束を守れなかった事が、許せなくて。
『一目、見たかった』
気づけばボクは涙を零していた。フォトナさんは花を差し出したまま、そんなボクを見つめていた。
※
日が傾き、すこし暗くなった頃、ボクらは花畑を去った。
「あの、さっきは急に泣いちゃってごめんなさい」
「いいの。私の方こそ、ごめんなさい」
ボクが落ち着くまでフォトナさんは隣にずっと、何も聞かずに居てくれた。頭を撫でられたりして、ボクの方がずっと年上のはずなのに、なんだか子供になったみたいだった。
「……花畑の他にも見せたかったものがあったんだけど、明日はどうかしら」
「あ、ボクは大丈夫です!ぜひ!」
ボクのせいで無駄に時間を食ってしまったから、予定が狂ったんだろう。また綺麗な景色とかなのだろうか。楽しみではあるけど、すこし怖い気もする。
自分の身になにが起こってるのか分からない。黒いアザの病気に罹った人も、こんな不安にかられたのだろうか。
……いや、ボクの場合は命がかかってないのだから比較するべきではないな。
「…………」
━━あの時過ぎった、誰かの笑顔。フォトナさんと似ていたけれど、黒いアザはフォトナさんには無い。
「だれ、なんだろ」
何故か、知らないといけない気がしていた。懐かしさの意味も、声の主も。
帰り道でも胸の奥がざわざわして、旅の当初の目的なんかこの時は忘れていた。
______________________________
その色は、似合わないと思った
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる