4 / 30
第1章 望まれぬ献身
3話 これは、過程
しおりを挟む一瞬、場の空気が凍った気がした。バリバラナが国にいない……? それは、とてもまずい気がする。
「それ、まじだったらやべェぞ」
いつの間にかクラウス隣に座り、彼の髪を弄っているルシルが珍しく真面目な顔で正論を述べる。顔と行動があってない気がするんだけど、その通りだ。
彼女が居ないということは魔物を統制している頭が居ないということ。やべぇ所の話じゃなくなる。バリバラナがこの平和な状態を支える1柱である事は周知の事実で、そんな彼女が居なくなったことを知った国民たちは混乱し、暴動を起こすかもしれない。勿論そうはならないようにボク達は動くけど、恐怖というのは伝染するものだから厄介なんだ。
「いつも返事の書かれた手紙が落ちている場所に手紙が無く、その状態が続いたので久々に『万物の識』を使ってみたんです」
前にどうやって連絡とってるのか聞いたら、確か使い魔に手紙を持たせてズー国にその手紙を落としてたんだっけ。落とした手紙を魔物経由でバリバラナに読んでもらって、今度はカロルの使い魔が拾うと。直接会うことなく連絡を取りあってるのはバリバラナが外に出たがらないからって聞いたけど、外に出たのかバリバラナ……
って、
「え!『万物の識』を使ったの!?」
つい大声を出してしまった僕に対してカロルは冷静に言った。
「はい、何も言わずに使ってしまったことは謝ります。深く視るつもりは無かったんですが、すみません」
眉を下げ目を伏せ、本当に申し訳なさそうに謝るカロル。そんな顔されたら、何も言えないじゃないか。口を噤んでしまった僕とカロルに、ルシルが天井を仰ぎながら言う。
「今ここにいるって事は大事にはならなかったんだろ?まァ、次からは使う時は俺たちに言え。たった4人しかいねェんだ、短期間でも1人が抜けると面倒だ、気ィつけろ」
「はい、すみませんでした」
いつもはキリッとしてる眉が垂れて、切なげにカロルは笑う。使えば死ぬって訳じゃないし、なんなら僕達に死の概念なんて無いから死ぬことは無いんだけど、能力は使うと精神的にも肉体的にも疲れる。戦争時には能力を使いすぎた神様が数年寝込んだ事もあったらしい。
「いまは眠いとか、だるいとかないか?平気か?」
さっきまで何も考えてないような顔をしていたクラウスすら真面目な声色でカロルを心配していた。クラウスもかつて疲れるまで能力を使ったことがあるのだろう、なにか辛さを理解している表情だった。
「大丈夫ですよ、さっきまで一緒に食事をしていたでしょう?心配してくれてありがとうございます」
カロルの表情がふわりと優しく崩れた。いつものキリッとした表情ではなくなんだか少しすっきりした様子で、憑き物が取れたみたいだった。良かった良かった。
話を戻しますね、と一呼吸を置いてからカロルは言った。
「『万物の識』によって、彼女はいまも転々と移動していると知りました。あまり深くは視なかったので何故彼女が国を出たのか、何故今も尚移動をしているのかは、分かりませんが」
しかし、とカロルは続ける。
「彼女が訪れた場所は確認しました。ノマ君には各所を訪れていただき、彼女が国を出た原因究明への手掛かりを探して貰いたいのです。そして、出来たらでいいのですが、彼女を見つけた場合には『万世の縲』で拘束して貰いたいなと」
「おおーー」
「……」
クラウスはただでさえ大きな目を見開き、感心したような顔をしていた。ルシルはなんだろう、なんか不満げな顔をしている。いや、そんなことよりもだ。
「まって、そんな捕まえるだなんて重役を僕が?むりむり、非戦闘員だよ僕は、拘束ってそんな」
拘束するだって?そりゃ能力は使ったことあるけど、練習として食い意地の張った侍女を練習台にしたことがあるぐらいで実戦に使ったことは無い。
ボクは新米とはいえ神様だから大体の敵には本気を出せばまず負けない。でもバリバラナは特殊な魔物で、どんな力で魔物たちを統制しているのかすら謎なんだ。どんな戦いになるのか想像もつかない。
「ボクには無理だよ。ルシルとクラウスの方が」
安心してください、とボクの言葉をさえぎってカロルは言った。
「私が拘束してでも、と言ったのは事情を聞く際に彼女が逃げる可能性があるからです。戦え、とは言いません」
それに、とカロルは続ける。
「これは彼女に出くわしたらという仮定の話です。ノマ君は各地を巡って彼女の行方の手掛かりを探し、使い魔経由にでも私に伝えてください。
ノマ君の手に負えないと判断した時点で騎士たちに救援を要請し、いざと言う時は私たちも手伝います」
バリバラナに出会った時点で逃げても構わない、とカロルは言葉を締めた。
「んー、逃げる、ねぇ……」
恐らくだけど、魔物の増加は危険視する必要はまだ無い。被害が出てないってことは騎士たちで十分だってこと。そして、少し平和ボケしている国民達に緊張を与えるといった面で、魔物が増えた原因であろうバリバラナをすぐに捕まえるつもりは無いんだろう。いざとなれば『万物の識』で居場所なんてすぐ分かるし、直ぐに捕まえられる。
「……」
「……どうでしょう、ノマ君」
バリバラナが今まで他国を襲ったことは1度もない。そして行方不明の今も彼女が直接的に被害を与えたという報告は無い。魔物の被害はあるけど、彼女の仕業であるなら死亡者が出ていてもおかしくは無い、というか出るはずだ。彼女は魔物を従えているのだから。何かを企んでいるのかもしれないけど、ボクでさえここまで予想できるんだ、頭の良いカロルが出来ていない訳が無い。
ということは、バリバラナは何か企んでるわけじゃないってこと? それをカロルは知っている……?どういうことだ? と考えたところで、突然ルシルとクラウスが言った。
「社会勉強になっていんじゃねェか?」
「そうだなー、うん、勉強は大事だぞノマ!」
……社会勉強? なるほど、そういう事、なのか? カロルはバリバラナの行方を探すという表面的な理由で、ボクに色んなところに直接行かせて社会勉強をさせたかったのかもしれない。バリバラナが居ないのは本当なんだろうけど、多分カロルは何かしらの根拠があって危険性が無いって考えてるんだろう。
ボクでも出来るだろうと、考えてくれているんだ。
「どうでしょう、ノマ君」
「うっ」
再び問いかけるカロル、困った風の顔をしてボクを見つめてくる。結局はボクに引きこもってないで外に出ろって言いたいんだ。確かにボクは神様になってから王宮以外の生活を知らない。皆の王宮に訪れて泊まったことはあるけど、結局は王宮の生活と一緒。外で仕事する時も使用人が色々と環境を整えてくれていた。もう、最初から社会勉強ですって言ってくれれば良かったのに。
「分かったよ。行けばいいんでしょ行けば……」
仕方ない。ボク自身も神様として世のために何か役に立ちたいと思っては居たのだ。ぐうたらな生活でその思いも薄れてしまっていたけど消えてはいない。そう、お城にいても書類読んで名前書いて、騎士たちを見守る日々を繰り返すだけだ。
「ありがとうございます。ではあなたのとこのラガルデア国王には既に許可は得てますので、早速明日からお願いしますね」
「え、明日!?」
「はい、荷物に関してもそちらの執事にお願いしておきました。後で受け取ってくださいね、お小遣いも入れときましたので」
「うそでしょ」
ぽかんと口が空いているのを自覚する。
「ぶぁっは、っはは!なんだその顔!!きも!!」バンバンっ!
「あはは!ノマ、変な顔してるー!」
「ふふっ、すみませんね、ノマ君」
ルシルが円卓を叩きながら腹を抱えて笑い、クラウスは失礼なことにボクを指さし笑い涙を拭っていた。諸悪の根源は上品に口元を隠しながら目を細める。許すまじ。後ろで執事がクスクス笑っているのが聞こえる。
「なんてこった……っはは」
まさかの発言だったけど、食堂に入る前に感じてた憂鬱さはとうに無くなって、皆の笑い声につられてボクも笑ってしまった。
そんな、なんてことの無い日常が終わり、旅が始まろうとしていた。
______________________________
いつまでも、笑って
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。
暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。
リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。
その翌日、二人の婚約は解消されることになった。
急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
下げ渡された婚約者
相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。
しかしある日、第一王子である兄が言った。
「ルイーザとの婚約を破棄する」
愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。
「あのルイーザが受け入れたのか?」
「代わりの婿を用意するならという条件付きで」
「代わり?」
「お前だ、アルフレッド!」
おさがりの婚約者なんて聞いてない!
しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。
アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。
「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」
「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」
白き聖獣に選ばれた少女~苦しみと悲しみから始まる幸せまでの軌跡~
日向 葵
ファンタジー
ただ昔のように愛してほしかあった。
食材を盗んで家に帰ると、知らない男と母親が会話をしていた。
母親の手元には、大きな袋。そこから見える大量の金貨。
少女は金で売られた。母親に捨てられた。どうして捨てたのか尋ねると、「昔襲ってきたゲスな男の面影を思い出すからだ」と言われて、少女の中でいろんなものが砕け散った。
少女を買った白衣の男に連れていかれる。そこで母親の本当の想いを知る。
ずっと愛してあげたかった。でも、借金まみれ、もう死ぬしかないとういう状況に陥った母親が、子どもを守るために、売るという選択肢を取ったのだ。
母親の幸せになってほしい、その言葉に少女は涙を流す。
絶対に幸せになる。
でも、待ち受けているのは、苦痛と絶望が入り混じる腐った世界。
そんな腐った場所で幸せになることを願う少女の軌跡の物語。
#カクヨム #小説家になろう
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる