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四章 熱願冷諦
-72- 太蝋の悩み
しおりを挟む「台風と竜巻の災物が同時発生するなんてことが――」
「言うな。大隊長から竜蛇の話を聞いた時点で私も思ったことだ」
「……ですよね~」
二人は揃って深い溜息を吐いた。それから少しして、太蝋は「仕方ない」と呟いて意識を切り替えて言った。
「竜蛇の調査は現在も第三隊が行なっている。我々は現状で発生している風蛙の調査及び討伐を中心に、発生が予報されている嵐亀の対処に集中することにする。斬島。第一、第二小隊を率いて夕陽町沿いの山間の調査に当たれ」
「了解で~す」
「第三、第四小隊は私と共に下流調査を行なう。その際、協力者として民間人が同行する。万が一の可能性を考え、避難経路の確認を――」
意識を切り替えた太蝋は、大きな机の上に広げられた夕陽町近辺の地図の上に、駒を置きながら次の作戦概要を話し始めた。下士官以上の部下達が地図が広げられた机を囲み、真剣な面持ちで太蝋の作戦指示を聞き取っている。時には質問が飛び、太蝋か斬島が答える形で作戦の内容は詰められていった。
全ては帝都の平和を守るために。そして、火ノ本に安寧を齎すために。
粗方の作戦概要が決まったところで、下士官達は作戦準備に取り掛かり始めた。その様子を横目に見ながら、太蝋は書類決済や提出書類の準備をしていた。そこへ斬島が茶が入った湯呑みを差し出してくる。湯気の立った熱々の緑茶だ。
「一息つきましょうよ。隊長、ただでさえ今日は落ち込み気味でしょう? 隊長の額行灯もガックガクですよ~?」
「私の頭を奉納しても御利益はないぞ」
「火蝶本家の長男様が何をおっしゃってるんだか~。少なくとも、火にはご利益あるでしょう? 我らが火ノ本に於いて火は信仰の対象ですからね」
「あぁ、まぁ……そうだな……」
そう言って、太蝋は斬島が用意した緑茶をずいっと飲み込んだ。まるで熱さを感じさせない振る舞いだが、それ以上に問題視するところがある。
「ほらぁ~。やっぱり隊長疲れてる~。いつもだったら「お前が死んだ時は私が火葬してやる」……とか、なんとか言いそうなのに~」
「それが遺言なら聞いてやらんでもないぞ」
「あ、ちょっと調子戻りました? 俺が用意したお茶のお蔭ですかね!?」
いつもと変わらぬ調子の良さで話しかけてくる斬島の図々しさに、太蝋は少しだけ笑いを零した。だが、その笑いすら疲れが滲み出ている。斬島は後ろ頭をぽりぽりと掻いて、少し困ったような様子で太蝋に訊ねた。
「何をそんなに落ち込んでるんです? この忙しさは今に始まったことじゃないでしょう。去年の今頃なんて、大雨台風大雨竜巻……みたいな感じで、休む暇もないくらいだったのに、ピンピンしてたじゃないっすか」
「去年だったら疲れてなかったかのように誤解させる物言いだな。お前は休日は泥のように眠っていたじゃないか」
「超人な隊長とは出来が違って、俺は凡人なんですよ。そんな超人が日常的な災物対策で、そこまで気疲れしてるとは思えないんです。私生活で何かあったんでしょ?」
ズバリと切り込まれて、太蝋は思わずぎくりと肩を揺らした。これも、いつもの調子であれば誤魔化せていた筈だ。尤も、頭の火の揺らぎだけは、その時々の感情を体現してしまうため、斬島の目を誤魔化すのは難しいのだが。
「別に……大したことじゃ……」
「大したことなかったら、そんな落ち込みますかねぇ? 奥様に「嫌い」とでも言われました?」
これまたズバリと確信を突くようなことを言われ、太蝋は湯呑みを持ったままガックリと肩を落とした。斬島が言うように「嫌い」と言われた覚えはないが、「嫌い」と言われるほどの拒絶を受けたことは確かだった。
ずん……と火の影を落とした太蝋の姿を見下ろし、斬島は自分が確信を突いてしまったことを察して冷や汗を流す。また、太蝋はここまで落ち込んでしまうことに意外性を覚えた。
「まぁ……何をやらかしたかまでは聞かないでおきますけど、暫くは様子見した方が良いんじゃないっすかね? 何が原因で拒絶されたのか知る方が先じゃないかな~」
「原因、か……」
斬島の言うことは一理も二理もある。しかし、その原因が自分の存在そのものだとすれば、解決するにはどうするべきなのか――その良案が思いつかない。
しかし、一時的に距離を置いて、自分は八重を脅かす存在ではないと無言で訴えかけるしかないかもしれない。結局は時間が解決してくれることを望むしかないのやも。
いずれにしても、台風災物の対策に追われる日々がこれから始まる。その間くらいは、八重と適度な距離を取ることにしよう。屋敷にも戻らない方が良いかもしれない。
そんなことを考えながら、太蝋は手元の手袋を見て、また一つ溜息を吐いた。
ままならぬ妻との関係に頭を悩ませる、一人の男としての溜息を。
△ ▽ △
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