片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

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四章 熱願冷諦

-70- シロとの戯れ

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 絹を織り終えた。一反分の純白な絹は実に壮観で、改めて絹糸を贈って下さった旦那様に感謝の気持ちを覚える。
 旦那様に出来上がった絹を見たいと言われた時は嬉しかった。奇麗な出来栄えだと誉められたことも嬉しくて胸が躍った。
 けれど……。

「――お前と話してると千重を思い出すよ」

 先に機織り部屋を出られた旦那様は、廊下で行き会ったヨネとそんな会話をしていた。旦那様に見てもらうために広げた絹を巻き直して、すぐに後を追いかけたつもりだった。それが良くなかったのかもしれない。

「そういう勝ち気なところを含めて、私と言い合いしようって言う根性が似てるよ――」

 そう話す旦那様の声は、とても懐かしげで――愛おしそうに聞こえた。
 旦那様が話したように、姉様はそう言うところが合った。
 誰に対しても平等であろうとする清廉潔白なところがあって、不平等だと思えば自分の不利益を顧みずに立ち向かう勇気を持っていた。
 火焚家の長男である旦那様と対等に話せていた火蝶の人間は、姉様だけだったかもしれない。

 そんな――素敵な婚約者を亡くした旦那様の心情は、いくばかりか。帝都の安寧を守るために、火蝶の巫女となったとは言え、姉様がこの世から羽ばたいてしまったことは変えられない事実だった。
 私も……喪が明けるまで……。いいえ、今でも姉様のことを思い出しては、悲しくなってしまう。楽しかった思い出を思い出しては、切なくなってしまう。
 妹の私がそうなのだから、恋仲だった旦那様は、きっと……もっと……悲しまれた筈……。そんな姉様の次が私だったなんて……。

 旦那様を前にしたら、緊張してどもってしまう女よりも、姉様のようにハキハキと話せるひとの方が良かっただろうに。
 ヨネと話し終えた旦那様は、怪訝そうな様子を見せながら部屋へ戻って行った。

 その背中を黙って見送ったあと、私は痛む胸を抑え込むように、その場にしゃがみ込んでしまった。溢れ出そうになる涙を堪えるのに必死になった。
 旦那様は今でも姉様を想っているんだわ。なんて残酷な現実だろう。
 故人に、敵うことなどできない。相手が尊敬する姉様であるなら尚更に。
 分かっていた。
 分かっていた筈なのに、痛む胸を抑えられなかった――


――翌日から、私は旦那様とお義母かあ様に贈る品を縫製し始めた。
 出来上がったばかりの絹に刃を通すのは気が引けたけれど、作ると約束したからには頑張らないと。
 ヨネに手伝ってもらって、私の部屋に絹を運び込んだ。これで自室で、ゆっくり縫製ができる。

 旦那様の手の寸法を測らせて頂いた時に、実際に使用されてる手袋を見させてもらい、縫い目から予想して紙に型を描いた。しっかりと五本指に分かれた手袋を手縫いするのは初めてのことだったから、入念に設計を考えたつもり。

 それでも少し不安が残っていて、私は人差し指分だけを試しに縫い上げてみることにした。同じ大きさの布を縫い合わせて、ひっくり返すだけなのだけれど、きちんと旦那様の指の寸法に合っているか確かめたかった。

 出来上がった指袋は、私の人差し指には随分と大きいものになった。中指でも大きいくらいで、旦那様の手の大きさを実感する。

(こんなに大きい指で頬を撫でられていたのね……)

 うっかり、そんなことを思ってしまい私は、熱くなる顔を慌てて手扇で仰いで冷ました。
……それにしても、この指袋の白さは旦那様の頭とよく似ている。元々の絹糸の色が旦那様の色に似ていたのだけれど、丸みを帯びた姿になると一層と似ているように感じた。
 私は試作の役目を終えた、その指袋を傍へ置くのは勿体無いと思ってしまった。
 ちょっとした出来心だった。
 指袋の先端から蝋の糸紐を思わせる絹糸を縫い留めてしまったのは。

「……旦那様の指人形――なんて……」

 独り言が嫌に耳に響いて、また恥ずかしくなる。けれど、人差し指に嵌めて、ぴこぴこと動かす度に愛おしさが増して、私はすっかり旦那様の姿を模した指人形に魅了されてしまった。
 それは私だけではなかったみたい。

「ぐるるぅんっ!」
「きゃっ!?」

 旦那様型の指人形で遊んでいたら、縁側の方から突然シロが飛び込んできた。
 そして、私の膝に乗って、指人形を獲ろうと一生懸命に手を伸ばしてきている。その目は爛々と輝いていて、獲物を狩る猫の姿そのものだった。
 シロは今、指人形を獲物と思っているらしい。けれど、伸ばしてくる手はどことなく優しかった。

「……遊んでるの?」
「にゃっ、にゃっ」

 私の問いかけにシロはやる気に満ちた声で返事をした。そんなシロに絆されてしまった私は、指人形を嵌めた人差し指を左右に振ってみせた。

 シロは真っ赤な目をまん丸にして、じっと指人形の動きを見ている。いつ飛び掛かってきても可笑しくないくらい真剣な眼差しだった。

 実際、シロは指人形に飛び掛かってきた。左右の手を交互に使って、指人形を攻撃する姿は妙に可愛らしかった。指人形の元である旦那様には申し訳ないと思ったけど、にぼし以外で関わりを持ってくれたことが嬉しくて、私は暫くの間シロと指人形で遊んだ。

「うにゃにゃっ!」
「あっ」

 とうとう、シロに指人形を獲られたと思ったら、指人形はあらぬ方向へ飛んでいき、箪笥の隙間に入り込んでしまった。それを追いかけて行って、シロは取ろうとしていたけど、手が届かない位置に入り込んでしまったようで、シロは諦めて縁側で昼寝を始めた。どこまでも気ままなシロの姿を微笑ましく思いながら、私は箪笥の隙間から指人形を取り出して、埃を払い、袖に仕舞った。
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