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二章 恋の病に薬なし
-34- 災物憑きの少女・ヨネ
しおりを挟む「あいつに告げ口してくれて良かったのに」
「……え?」
口を尖らせながらヨネが言った。
告げ口が何を意味するのか分からず、八重がきょとんとしていると、ヨネはキッと眉尻を上げる。
「あたし、あんたに――奥様に酷いこと言ったでしょ。さっき、あいつに――旦那様に言えば良かったのに。イヤな子だから、頼まれたくないって言えば良かったのに」
悔しそうな顔をして、ヨネは膝の上で拳を握り締めた。
女中の仕事をしたくないから、追い出される口実を作りたかったのだろうか?
「……言って欲しかったの?」
「だって、イヤでしょ。八つ当たりしてきた人間が自分の側で働くなんて」
嫌に思っているのはヨネではない。
八重が嫌に思っている筈だと、ヨネは思っているのだ。
「まさか、あの蝋燭頭――旦那様の奥さんが、あんた――奥様だって思わなかったんだもん。しかも、二人揃って火蝶の人間なんて誰が分かるってのよ。火蝶なんて農民のあたしだって知ってる。火蝶の本家で女中なんて、普通の農民に来るような話じゃないもん。こんな良い話、詐欺でもなきゃ可笑しいでしょ。疑わない方が無理ないでしょ」
つらつらと並べられる言い訳を聞き、八重は困惑して冷や汗を流した。
しかし、ヨネ自身が良い話だと言っているのなら、火焚家で働く事自体は嫌じゃないのだろう。
ただ、良い話過ぎて信じられず疑っているのだ。
その考えには八重も身に覚えがあって、なんて言葉を返して良いものか悩んだ。八重は少し考えた後、目を伏せて言った。
「私のことは気にしないで。火蝶と言っても私は半端者だから……」
気を遣ってもらえるほどの存在ではない、と八重は言ったつもりだったのだが、ヨネは怪訝そうに首を傾げた。
「半端者? 何それ? 半人前ってこと?」
火蝶と言う存在は知っているが、詳細は知らない様子のヨネ。
火蝶の半端者が何を示すのか分からないようだ。
火蝶の事情を知らない人間と正面切って話すことになると思っていなかった八重は戸惑った。
「ええと……私は背中の痣が半分しか無くて――」
「背中の痣? 奥様も、背中に何かあるの?」
「火蝶の女は背中に蝶の翅の痣を持って生まれるんだけど――」
「奥様は翅が半分あるってこと?」
「え、えぇ。そうよ」
「へー、凄いんだ」
「……え?」
思わぬ言葉が返ってきて八重はきょとんと目を丸くさせた。
翅が半分しかないことを凄いなんて、親にだって言われたことはない。ヨネはしれっと言った。
「あたしはそんな翅持ってないよ。今、この屋敷にいる女で、翅持ってるのは奥様だけでしょ? それだけでも特別だと思うんだけど」
翅を持っているだけ特別。
そんな視点があったとは思わず、八重は言葉を失った。
幼い頃から半分しか翅がないのは半端であり、可哀想なことだと言われ続けていたから。
最初から翅を持たない者から見れば、半分も持っている八重は特別な存在に見えるのだ。
「片方だけじゃ空は飛べないだろうけど、人間なんだし歩けば良くない? 本物の蝶じゃないんだしさぁ」
ヨネが言うように、火蝶と呼ばれる八重達は特別な存在であっても、人間であることに変わりはない。
元より飛ぶことはできない。初代火蝶の巫女だって飛ぶことなく火口に身を投じたのだから。
「……そうね。ヨネさんは賢いわ」
「子供扱いしないで」
「えっ、ほ、褒めたつもりなのだけど……」
「……あっそ。ありがと」
ヨネは仏頂面で口を尖らせながら顔を横に向けた。
どことなく照れているように見えて、八重は少しだけ微笑ましく思った。
口調はぶっきらぼうでも、根は優しい子なのだろう。
「お仕事、頑張ってね」
ヨネは逸らしていた顔を正面へ向けた。
目の前に正座している女は艶やかな長い黒髪を持っていて、夏の光を背負っている。
頭の上に光の輪が出来ていて、ほんのりと赤みを差した白い肌は見惚れるほど奇麗だった。
そこに少しの微笑みが足されれば、まるで慈悲深い女神のような印象を受ける。
自分より年下の女の顔色を窺って、ビクビク怯えているより、ずっと良い。
ヨネは八重に向かって三つ指をついて頭を下げた。
「精一杯頑張ります。お世話になります、奥様」
「……お世話になるのは私の方だわ。よろしくね、ヨネさん」
「はい」
丁寧な挨拶に、しっかりとした受け答えは既に立派の女中を思わせた。
きっとすぐに女中の仕事を身に付けて活躍することだろう。
こうして、災物憑きの少女・ヨネが火焚家で働き始めた。
その身に病鼠の霊核を身体に宿したまま……――
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