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一章 雨だれ石を穿つ
-2- 飛んで火に入るは
しおりを挟む大火々本帝国。通称、火ノ本。
八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。
国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。
女は生まれついて蝶の翅のような痣を背負っており、火を自在に操る力を持っていた。
人々はその力を恐れ近付かなかったが、女は人々を護るために命を投げ打ち、噴火を鎮めたのである。
人々は女を火の蝶……【火蝶】と呼び、火の神の巫女になった蝶の功績を讃え、祀ることにした。
巫女となった火蝶には妹がいた。
残された妹は姉が残した火の翅を護り、後世に伝えていくことを決意し人々を従わせた。
そして、火蝶の血族は神が怒りを滾らせた時、巫女を差し出すことで噴火を鎮めてきたのである。
現在に至るまで火蝶の血族は帝国全土に分布し、血を繋ぎ続けている。
また、いつ起こるかも分からない火山の噴火に備えているのだ。
初代から数えて、これまで十一人の火蝶が火口に身を投じ、噴火を鎮め、帝国の安寧を護ってきた。
そんな火蝶の本家である火焚家では、重大な後継問題を抱えていた。
火蝶の本家は初代当主の時代から女が当主を務めている。
火蝶の守護能力を扱えるのは女だけだからだ。
しかし、今代の火焚家では男児しか生まれず、次代の当主を決められない状況にあった。
現当主は分家筋から優秀な火蝶を嫁に迎え、次代の当主に座らせようと長男と同じ年頃の女の子の中から一人選び出した。
……いや、必然的に目に留まったのである。
(それが、姉様だった)
八重は、既にこの世に居ない姉の笑顔を脳裏に浮かべながら、正座している脚の上で手を拱いた。
――本家が腰を据えている火ノ本の首都である【帝都】から、遠く離れた小さな村で蚕業を営んでいる火縄家。
そこで六つ歳が離れた二人姉妹が生まれた。
姉の千重は快活でお転婆。妹の八重は引っ込み思案。
成長するにつれて姉妹の性格に、はっきりとした明暗がついていったが、生来の理由以上に影響したことがあった。
「……八重」
身を縮こまらせる八重の目の前には壮年の男女が隣り合って正座している。
千重と八重の二人姉妹をこの世に生んだ両親である。
父の名は火縄桑治郎。母の名は火縄透子。
母である透子の生家に、父である桑治郎が入婿した形の夫婦だ。二人とも火蝶の一族の分家筋の人間である。
「はい、父様……」
腕を組んで気難しい顔をしている父を見上げ、八重は不安げに眉尻を下げた。
そんな八重に対して、桑治郎は更に険しい顔付きになって言った。
「本当に、良いんだな?」
「……え?」
思ってもみなかった言葉が父の口から出てきたことに、八重は目を丸くさせた。
「明日から帝都に向かって出発する。それは、つまり……だな……」
正座の状態で腕を組んで、もごもごと口籠る桑治郎。
父が何を言いたいか、八重にはさっぱり分からなかった。
すると、桑治郎の隣で話を聞いていた母の透子が呆れた様子で口を開く。
「まったく……。嫁に行かせたくないなら、素直にそう言えば良いでしょう?」
「いや……それは……」
「貴方の葛藤は分かります。でも、今しか言えないかもしれないのですから、素直に言ったらどうなんです?」
「…………」
妻の透子に言い負かされ、桑治郎はしょんぼりと肩を落とした。
そんな両親を前にして、八重は戸惑う様子を見せながら、辿々しく言った。
「わ、私は大丈夫です。ね、姉様の分までお役目を果たせるよう努力します……」
それが姉の犠牲を以ってして安息の時間を得た自分の責務と考え、八重はぎゅっと拳を握り込んだ。
例え、自分の身が〝不完全〟だとしても、千重と同じ血を引いている以上、求められている役目は果たせる筈だと信じて。
――いや、縋るような願いを持つしかない。
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