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二章②
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デンマークの勢力圏にヨルヴィークと呼ばれる町がある。
そこはデンマークにとっては主要川港で貿易航路の一部だ。多くの人とモノが集まる商業都市。イングランド侵攻における起点でもある。
クヌートがそこで本国への帰国の準備を進めているという話を聞きつけて、俺は町への潜入の算段をつけた。ビョルンを含めた手下の数名に奴隷商人の振りをさせてね。俺自身は顔を包帯で隠し、売り物の奴隷に成りすまして町に潜りこんだんだ。
その際、町にはちょっとした噂話を流させた。あの『のっぽ』のトルケルがイングランド兵二千を伴ってこの町に侵攻を開始、目と鼻の先にその軍勢が迫っているらしい、とな。
駐留しているデンマーク軍の様子は目論み通りだった。
まあ、俺の悪名はデンマーク諸将じゃ知らないものはないからな。クヌート様の御身が危ういやもしれぬ、一刻も早くこの町を離れてデンマークへ帰国しなくてはならない――とまあ、こういう空気が町中を支配していた。
商人たちも戦渦に巻き込まれちゃかなわんってんでな。町全体がどこか浮ついた感じだった。
一日かけてクヌートが住む館の目星をつけると、俺はビョルンに町の外に控えさせている手下ども二百人の指揮を任せると告げた。
夜を待って襲撃を仕掛けた振りをし、適当に哨戒中の兵隊と小競り合いをさせるためだ。頃合いを見てさっさと退却するようにもな。
ん? どうして町に攻め入らなかったかって? はは。当たり前だろ。イングランド兵二千を伴って、なんて嘘っぱちさ。
あの頃のイングランドにそんな力はもうなかった。連中を追い出すのが関の山だったんだ。民も戦には飽き飽きしていたし、兵も言うに及ばずだ。
だから俺は急ぐ必要があったのさ。もしクヌートが無事にデンマークに帰国したら、あいつは兵を補充しイングランドへと再侵攻するだろう。
スヴェン王はノルウェーの一部豪族とは姻戚関係を結んでいたしな。イングランドの土地を餌にぶら下げりゃ、連中は兵を出す。
そういう地力がデンマーク本国にはあったし、再侵攻となりゃ今度こそイングランドは敗北する。クヌートには決して手が届かなくなっちまう。
クヌートをこの手に取り返す、これが最後の機会だと俺は確信していた。
夜になり、町が騒がしくなった。
敵襲を知らせる矢が空を舞い、松明を手に慌ただしく馬に乗って出発していく兵どもを物乞いの振りをしてやりすごしながら、俺はクヌートの館の前にたどり着いた。
木造りの大きな館は俺の背丈を超える塀に囲われていた。入り口は一か所なのは確認済みだったが、どういうわけだか見張りが立っていなかったし、明かりもついていなかった。
俺は首を傾げたよ。いくらなんでも不用心が過ぎる。クヌート自ら指揮をとるために、すでに町の外へと行ってしまったのか?
いや、物乞いに金を握らせて見張らせていた。知る限りクヌートは館を出ていなかったはず――
そんな風に考えつつも、ここでしっぽを巻くわけにもいかなかったからな。俺は人の気配を感じない、無防備な館の中へ足を踏み入れた。
そこはデンマークにとっては主要川港で貿易航路の一部だ。多くの人とモノが集まる商業都市。イングランド侵攻における起点でもある。
クヌートがそこで本国への帰国の準備を進めているという話を聞きつけて、俺は町への潜入の算段をつけた。ビョルンを含めた手下の数名に奴隷商人の振りをさせてね。俺自身は顔を包帯で隠し、売り物の奴隷に成りすまして町に潜りこんだんだ。
その際、町にはちょっとした噂話を流させた。あの『のっぽ』のトルケルがイングランド兵二千を伴ってこの町に侵攻を開始、目と鼻の先にその軍勢が迫っているらしい、とな。
駐留しているデンマーク軍の様子は目論み通りだった。
まあ、俺の悪名はデンマーク諸将じゃ知らないものはないからな。クヌート様の御身が危ういやもしれぬ、一刻も早くこの町を離れてデンマークへ帰国しなくてはならない――とまあ、こういう空気が町中を支配していた。
商人たちも戦渦に巻き込まれちゃかなわんってんでな。町全体がどこか浮ついた感じだった。
一日かけてクヌートが住む館の目星をつけると、俺はビョルンに町の外に控えさせている手下ども二百人の指揮を任せると告げた。
夜を待って襲撃を仕掛けた振りをし、適当に哨戒中の兵隊と小競り合いをさせるためだ。頃合いを見てさっさと退却するようにもな。
ん? どうして町に攻め入らなかったかって? はは。当たり前だろ。イングランド兵二千を伴って、なんて嘘っぱちさ。
あの頃のイングランドにそんな力はもうなかった。連中を追い出すのが関の山だったんだ。民も戦には飽き飽きしていたし、兵も言うに及ばずだ。
だから俺は急ぐ必要があったのさ。もしクヌートが無事にデンマークに帰国したら、あいつは兵を補充しイングランドへと再侵攻するだろう。
スヴェン王はノルウェーの一部豪族とは姻戚関係を結んでいたしな。イングランドの土地を餌にぶら下げりゃ、連中は兵を出す。
そういう地力がデンマーク本国にはあったし、再侵攻となりゃ今度こそイングランドは敗北する。クヌートには決して手が届かなくなっちまう。
クヌートをこの手に取り返す、これが最後の機会だと俺は確信していた。
夜になり、町が騒がしくなった。
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木造りの大きな館は俺の背丈を超える塀に囲われていた。入り口は一か所なのは確認済みだったが、どういうわけだか見張りが立っていなかったし、明かりもついていなかった。
俺は首を傾げたよ。いくらなんでも不用心が過ぎる。クヌート自ら指揮をとるために、すでに町の外へと行ってしまったのか?
いや、物乞いに金を握らせて見張らせていた。知る限りクヌートは館を出ていなかったはず――
そんな風に考えつつも、ここでしっぽを巻くわけにもいかなかったからな。俺は人の気配を感じない、無防備な館の中へ足を踏み入れた。
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