北海帝国の秘密

尾瀬 有得

文字の大きさ
上 下
14 / 23

二章②

しおりを挟む
 デンマークの勢力圏にヨルヴィークと呼ばれる町がある。

 そこはデンマークにとっては主要川港で貿易航路の一部だ。多くの人とモノが集まる商業都市。イングランド侵攻における起点でもある。

 クヌートがそこで本国への帰国の準備を進めているという話を聞きつけて、俺は町への潜入の算段をつけた。ビョルンを含めた手下の数名に奴隷商人の振りをさせてね。俺自身は顔を包帯で隠し、売り物の奴隷に成りすまして町に潜りこんだんだ。

 その際、町にはちょっとした噂話を流させた。あの『のっぽ』のトルケルがイングランド兵二千を伴ってこの町に侵攻を開始、目と鼻の先にその軍勢が迫っているらしい、とな。

 駐留しているデンマーク軍の様子は目論み通りだった。

 まあ、俺の悪名はデンマーク諸将じゃ知らないものはないからな。クヌート様の御身が危ういやもしれぬ、一刻も早くこの町を離れてデンマークへ帰国しなくてはならない――とまあ、こういう空気が町中を支配していた。

 商人たちも戦渦に巻き込まれちゃかなわんってんでな。町全体がどこか浮ついた感じだった。

 一日かけてクヌートが住む館の目星をつけると、俺はビョルンに町の外に控えさせている手下ども二百人の指揮を任せると告げた。

 夜を待って襲撃を仕掛けた振りをし、適当に哨戒中の兵隊と小競り合いをさせるためだ。頃合いを見てさっさと退却するようにもな。

 ん? どうして町に攻め入らなかったかって? はは。当たり前だろ。イングランド兵二千を伴って、なんて嘘っぱちさ。

 あの頃のイングランドにそんな力はもうなかった。連中を追い出すのが関の山だったんだ。民も戦には飽き飽きしていたし、兵も言うに及ばずだ。

 だから俺は急ぐ必要があったのさ。もしクヌートが無事にデンマークに帰国したら、あいつは兵を補充しイングランドへと再侵攻するだろう。

 スヴェン王はノルウェーの一部豪族とは姻戚関係を結んでいたしな。イングランドの土地を餌にぶら下げりゃ、連中は兵を出す。

 そういう地力がデンマーク本国にはあったし、再侵攻となりゃ今度こそイングランドは敗北する。クヌートには決して手が届かなくなっちまう。

 クヌートをこの手に取り返す、これが最後の機会だと俺は確信していた。

 夜になり、町が騒がしくなった。
 敵襲を知らせる矢が空を舞い、松明を手に慌ただしく馬に乗って出発していく兵どもを物乞いの振りをしてやりすごしながら、俺はクヌートの館の前にたどり着いた。

 木造りの大きな館は俺の背丈を超える塀に囲われていた。入り口は一か所なのは確認済みだったが、どういうわけだか見張りが立っていなかったし、明かりもついていなかった。

 俺は首を傾げたよ。いくらなんでも不用心が過ぎる。クヌート自ら指揮をとるために、すでに町の外へと行ってしまったのか?

 いや、物乞いに金を握らせて見張らせていた。知る限りクヌートは館を出ていなかったはず――

 そんな風に考えつつも、ここでしっぽを巻くわけにもいかなかったからな。俺は人の気配を感じない、無防備な館の中へ足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

切り裂かれた髪、結ばれた絆

S.H.L
青春
高校の女子野球部のチームメートに嫉妬から髪を短く切られてしまう話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

処理中です...