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一章⑥
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がん、と殴られたような衝撃に俺は目を見張ったよ。
そう……その時になって、俺は初めて自分と『魔女』の間に子がいたことを知ったんだ。
「……なんですと?」
俺は頭の中から必死に冷静さを引っ張り出し、絞り出すようにため息をついた。
「それで、どうして兄者がそれをご存じなんです?」
兄貴にそう問いかけつつ、俺は心の中で女に恨み言を述べたもんだ。どうしてもっと早くに知らせてくれなかったんだ、とね。
でもすぐに思い直した。
知らせようにも喋れない。村人にはつまはじきにされてる。
あいつは、ただ俺を待つ他なかったんだ。俺の自業自得さ。
兄貴はとんとんと指で節を刻みながら、答えた。
「秘密裏に探させたからだ。すぐに見つかったのはツキがあった。条件に合う男子がな」
「条件? なんの――」
言いかけて、俺は言葉を失った。ようやく兄貴の話を本当の意味で理解したからだ。
「……つまり俺の子を、殿下の代わりに仕立て上げたと?」
兄貴は満足げに頷いた。
「そうだ。お前の子ほど条件に合う男子はおらなんだ。父の名を知らず、金髪と碧眼。それでいて、母親によく似た美しい顔立ちはどことなく殿下に似ている。鷲鼻気味のところといい、耳の形なども不思議とな。その上、本物と違い身体はお前に似て頑健とくれば申し分ない」
我ながら鈍い頭さ。そこにきて、俺はようやく話の繋がりが見えてきたんだ。
「……村を焼き払ったのは、そのためですか」
「そうだ。過去を知る者はすべて消す必要があった」
「……母親と娘も?」
「いや。一緒に連れてきた。従わせるのに人質が必要だったからな」
「……そうかい」
内心で安堵しつつ、俺は沸々と心の奥から湧き上がってくる怒りを必死に抑え込んだ。
村は俺の名を御旗に掲げていた。手を出したら俺に喧嘩を売るのと同じ。いわんや、ヨーム戦士団そのものを、と。
だが、俺の頭を越えて目の前のこの男は、一方的にそれを反故にした。くだらねえ、欺瞞と野心のためにな。
殺された村人の中には、俺の手下と結婚した女やその家族もいたんだぜ?
その魂と尊厳を汚されたけじめを、俺や手下の名誉を傷物にした落とし前を、こいつにはつけさせなくちゃならん。
侮辱には剣で応える。
必ず、与えてやらなきゃならんのさ。然るべき報いを。
それが俺たち、ヴァイキングの流儀だ。
すぐにでも兄貴の頭をこの手でたたき割ってやりたかったが、まだまだ聞きたいことが山ほどあった。
俺は深呼吸をして、六つ数えたよ。よほどブチ切れてない限りは、それで落ち着くんでな。
はたして冷静になった俺は、いったん話題を変えることにした。兄貴の返答を引き出すには少し回り道が必要だと思ったからだ。
「愚策でありましたな、兄者」
「他に手はなかった」
「そうは思えませんよ。で、他にこの話を知っている者は?」
「我が手勢の内、信のおける数名を除いて他にいない。王子の死の場に立ち会った近習も全て始末した。ことは細心の注意を払い、秘密裏に進めている」
俺は思わず吹き出したよ。なら、どうして俺にバレてるんだって話だ。あのオーロフとかいう奴も始末しておけばよかったろうに。そう、俺は内心で兄貴の詰めの甘さを笑っていた。
それがとんだ勘違いだと知るのは、ほんの少しだけ後のことだ。
「そうはいっても、この先どう誤魔化すつもりです? スヴェン王を騙し通せますかね?」
「無論、手は打ってある。剣の稽古と共に王宮での所作振る舞いについては学ばせた」
「なりすますというのは、そんな簡単なもんじゃないでしょう。残った近習は? 幼い頃の思い出話などされようものならすぐに露見しますよ?」
「元来、殿下はお身体の弱い方であった。八つの時に生死の境をさまよった折、幼い頃の記憶は抜け落ちてしまった、それで通すように言い含めてある」
「へっ……悪知恵の回ることで」
確かにクヌートが病弱だったのは周知の事実。実際に病を得たのもな。その後、生きたか死んだかの違いさ。
死にかけて記憶が抜けちまったなんて周りが信じるかどうかは分からねえが……まあ、お前さんの例もあるようだからな。そういう奴がいるとしても不思議はないかもしれん。
俺は大きくため息をついた。もう数は数えなかった。怒りを腹に収めているのも、そろそろ限界に来ていたんだ。
もう十分だ。さあ、応報だぜ。シグヴァルディ。
そう……その時になって、俺は初めて自分と『魔女』の間に子がいたことを知ったんだ。
「……なんですと?」
俺は頭の中から必死に冷静さを引っ張り出し、絞り出すようにため息をついた。
「それで、どうして兄者がそれをご存じなんです?」
兄貴にそう問いかけつつ、俺は心の中で女に恨み言を述べたもんだ。どうしてもっと早くに知らせてくれなかったんだ、とね。
でもすぐに思い直した。
知らせようにも喋れない。村人にはつまはじきにされてる。
あいつは、ただ俺を待つ他なかったんだ。俺の自業自得さ。
兄貴はとんとんと指で節を刻みながら、答えた。
「秘密裏に探させたからだ。すぐに見つかったのはツキがあった。条件に合う男子がな」
「条件? なんの――」
言いかけて、俺は言葉を失った。ようやく兄貴の話を本当の意味で理解したからだ。
「……つまり俺の子を、殿下の代わりに仕立て上げたと?」
兄貴は満足げに頷いた。
「そうだ。お前の子ほど条件に合う男子はおらなんだ。父の名を知らず、金髪と碧眼。それでいて、母親によく似た美しい顔立ちはどことなく殿下に似ている。鷲鼻気味のところといい、耳の形なども不思議とな。その上、本物と違い身体はお前に似て頑健とくれば申し分ない」
我ながら鈍い頭さ。そこにきて、俺はようやく話の繋がりが見えてきたんだ。
「……村を焼き払ったのは、そのためですか」
「そうだ。過去を知る者はすべて消す必要があった」
「……母親と娘も?」
「いや。一緒に連れてきた。従わせるのに人質が必要だったからな」
「……そうかい」
内心で安堵しつつ、俺は沸々と心の奥から湧き上がってくる怒りを必死に抑え込んだ。
村は俺の名を御旗に掲げていた。手を出したら俺に喧嘩を売るのと同じ。いわんや、ヨーム戦士団そのものを、と。
だが、俺の頭を越えて目の前のこの男は、一方的にそれを反故にした。くだらねえ、欺瞞と野心のためにな。
殺された村人の中には、俺の手下と結婚した女やその家族もいたんだぜ?
その魂と尊厳を汚されたけじめを、俺や手下の名誉を傷物にした落とし前を、こいつにはつけさせなくちゃならん。
侮辱には剣で応える。
必ず、与えてやらなきゃならんのさ。然るべき報いを。
それが俺たち、ヴァイキングの流儀だ。
すぐにでも兄貴の頭をこの手でたたき割ってやりたかったが、まだまだ聞きたいことが山ほどあった。
俺は深呼吸をして、六つ数えたよ。よほどブチ切れてない限りは、それで落ち着くんでな。
はたして冷静になった俺は、いったん話題を変えることにした。兄貴の返答を引き出すには少し回り道が必要だと思ったからだ。
「愚策でありましたな、兄者」
「他に手はなかった」
「そうは思えませんよ。で、他にこの話を知っている者は?」
「我が手勢の内、信のおける数名を除いて他にいない。王子の死の場に立ち会った近習も全て始末した。ことは細心の注意を払い、秘密裏に進めている」
俺は思わず吹き出したよ。なら、どうして俺にバレてるんだって話だ。あのオーロフとかいう奴も始末しておけばよかったろうに。そう、俺は内心で兄貴の詰めの甘さを笑っていた。
それがとんだ勘違いだと知るのは、ほんの少しだけ後のことだ。
「そうはいっても、この先どう誤魔化すつもりです? スヴェン王を騙し通せますかね?」
「無論、手は打ってある。剣の稽古と共に王宮での所作振る舞いについては学ばせた」
「なりすますというのは、そんな簡単なもんじゃないでしょう。残った近習は? 幼い頃の思い出話などされようものならすぐに露見しますよ?」
「元来、殿下はお身体の弱い方であった。八つの時に生死の境をさまよった折、幼い頃の記憶は抜け落ちてしまった、それで通すように言い含めてある」
「へっ……悪知恵の回ることで」
確かにクヌートが病弱だったのは周知の事実。実際に病を得たのもな。その後、生きたか死んだかの違いさ。
死にかけて記憶が抜けちまったなんて周りが信じるかどうかは分からねえが……まあ、お前さんの例もあるようだからな。そういう奴がいるとしても不思議はないかもしれん。
俺は大きくため息をついた。もう数は数えなかった。怒りを腹に収めているのも、そろそろ限界に来ていたんだ。
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