北海帝国の秘密

尾瀬 有得

文字の大きさ
上 下
8 / 23

一章⑥

しおりを挟む
 がん、と殴られたような衝撃に俺は目を見張ったよ。

 そう……その時になって、俺は初めて自分と『魔女』の間に子がいたことを知ったんだ。

「……なんですと?」

 俺は頭の中から必死に冷静さを引っ張り出し、絞り出すようにため息をついた。

「それで、どうして兄者がそれをご存じなんです?」

 兄貴にそう問いかけつつ、俺は心の中で女に恨み言を述べたもんだ。どうしてもっと早くに知らせてくれなかったんだ、とね。

 でもすぐに思い直した。
 知らせようにも喋れない。村人にはつまはじきにされてる。
 あいつは、ただ俺を待つ他なかったんだ。俺の自業自得さ。

 兄貴はとんとんと指で節を刻みながら、答えた。

「秘密裏に探させたからだ。すぐに見つかったのはツキがあった。条件に合う男子がな」

「条件? なんの――」

 言いかけて、俺は言葉を失った。ようやく兄貴の話を本当の意味で理解したからだ。

「……つまり俺の子を、殿下の代わりに仕立て上げたと?」

 兄貴は満足げに頷いた。

「そうだ。お前の子ほど条件に合う男子はおらなんだ。父の名を知らず、金髪と碧眼。それでいて、母親によく似た美しい顔立ちはどことなく殿下に似ている。鷲鼻気味のところといい、耳の形なども不思議とな。その上、本物と違い身体はお前に似て頑健とくれば申し分ない」

 我ながら鈍い頭さ。そこにきて、俺はようやく話の繋がりが見えてきたんだ。

「……村を焼き払ったのは、そのためですか」

「そうだ。過去を知る者はすべて消す必要があった」

「……母親と娘も?」

「いや。一緒に連れてきた。従わせるのに人質が必要だったからな」

「……そうかい」

 内心で安堵しつつ、俺は沸々と心の奥から湧き上がってくる怒りを必死に抑え込んだ。

 村は俺の名を御旗に掲げていた。手を出したら俺に喧嘩を売るのと同じ。いわんや、ヨーム戦士団そのものを、と。

 だが、俺の頭を越えて目の前のこの男は、一方的にそれを反故にした。くだらねえ、欺瞞と野心のためにな。

 殺された村人の中には、俺の手下と結婚した女やその家族もいたんだぜ?
 その魂と尊厳を汚されたけじめを、俺や手下の名誉を傷物にした落とし前を、こいつにはつけさせなくちゃならん。

 侮辱には剣で応える。
 必ず、与えてやらなきゃならんのさ。然るべき報いを。
 それが俺たち、ヴァイキングの流儀だ。

 すぐにでも兄貴の頭をこの手でたたき割ってやりたかったが、まだまだ聞きたいことが山ほどあった。

 俺は深呼吸をして、六つ数えたよ。よほどブチ切れてない限りは、それで落ち着くんでな。

 はたして冷静になった俺は、いったん話題を変えることにした。兄貴の返答を引き出すには少し回り道が必要だと思ったからだ。

「愚策でありましたな、兄者」

「他に手はなかった」

「そうは思えませんよ。で、他にこの話を知っている者は?」

「我が手勢の内、信のおける数名を除いて他にいない。王子の死の場に立ち会った近習も全て始末した。ことは細心の注意を払い、秘密裏に進めている」

 俺は思わず吹き出したよ。なら、どうして俺にバレてるんだって話だ。あのオーロフとかいう奴も始末しておけばよかったろうに。そう、俺は内心で兄貴の詰めの甘さを笑っていた。

 それがとんだ勘違いだと知るのは、ほんの少しだけ後のことだ。

「そうはいっても、この先どう誤魔化すつもりです? スヴェン王を騙し通せますかね?」

「無論、手は打ってある。剣の稽古と共に王宮での所作振る舞いについては学ばせた」

「なりすますというのは、そんな簡単なもんじゃないでしょう。残った近習は? 幼い頃の思い出話などされようものならすぐに露見しますよ?」

「元来、殿下はお身体の弱い方であった。八つの時に生死の境をさまよった折、幼い頃の記憶は抜け落ちてしまった、それで通すように言い含めてある」

「へっ……悪知恵の回ることで」

 確かにクヌートが病弱だったのは周知の事実。実際に病を得たのもな。その後、生きたか死んだかの違いさ。

 死にかけて記憶が抜けちまったなんて周りが信じるかどうかは分からねえが……まあ、お前さんの例もあるようだからな。そういう奴がいるとしても不思議はないかもしれん。

 俺は大きくため息をついた。もう数は数えなかった。怒りを腹に収めているのも、そろそろ限界に来ていたんだ。

 もう十分だ。さあ、応報だぜ。シグヴァルディ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

辻のあやかし斬り夜四郎 呪われ侍事件帖

井田いづ
歴史・時代
旧題:夜珠あやかし手帖 ろくろくび あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。 +++ 今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。 団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。 町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕! (二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【完結】絵師の嫁取り

かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ二作目。 第八回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 小鉢料理の店の看板娘、おふくは、背は低めで少しふくふくとした体格の十六歳。元気で明るい人気者。 ある日、昼も夜もご飯を食べに来ていた常連の客が、三日も姿を見せないことを心配して住んでいると聞いた長屋に様子を見に行ってみれば……?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...