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一章⑤
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カンタベリーでの一件を終えて、俺は強行軍でもって久しぶりのヨムスボルグに戻った。半月後くらいかな。無論、首領のシグヴァルディにこの一件を問いただすためだ。
到着したのは日暮れ間際だった。時季の割に海風が妙に生暖かくて、港には何隻もの船が接舷していた。
裏返しにされた船の底を掃除している船大工が俺たちを見て陽気に声をかけてくるのを無視して、俺は真っ直ぐに兄貴の館に向かった。
ヨムスボルグは丘の上にある、円形の大きな壕と木の塀に囲われた要塞でな。序列が上がるとその中に住むことが許されるんだ。
そこを中心に弧を描くように戦士たちの子女が住む家が点在している。そこも住人のほとんどは入団を許可された戦士と家族や所有する奴隷たちだ。
壕の中も外も見回りの兵が持ち回りで哨戒していて、規則を破ったり、たとえば仲間内で刃傷沙汰なんて起こそうもんなら速攻で首領や各大隊長に伝わる。基本的には例外なく死罪さ。
なにが言いたいかっていうと、俺たちは単なる荒くれ者じゃないんだってことだ。
ヨムスボルグはそういう町だ。一応は、厳しい規律によって秩序を保っているのさ。まあ、俺が言っても説得力にゃ欠けるがね。
そんな哨戒中の兵どもをやり過ごしながら、俺は手下どもをいったんは解散させた。兄貴のところには一人で行くつもりだったからだ。
そりゃそうだろ。ぞろぞろと手下を連れて館に乗り込もうもんなら大問題になる。ただでさえ、俺は見回りの兵どもがビビりあがって回れ右するくらい殺気立っていたんだからな。
手下どもと別れ、俺は兄貴の住む館に乗り込んだ。
入り口で見張りに剣を預け、寝所にずかずかと単身で入ってくる俺を見ても、裸の兄貴に驚いた様子はなかった。
まるで俺が近いうちに来るということは予想がついている風だったな。侍らしてた意識の危うい裸の巫女を放ったらかして、身支度を整えると俺を広間に案内した。
兄貴は大きな椅子に座って向かいに立つ俺を見つめた。当時すでに戦働きも引退して久しかったからな。深い海の色に似たチュニックを纏った肥えた身体を重そうにして、白髪の混じった黒髪を大儀そうに掻き上げていたっけ。部屋の明かりの蠟燭に赤く照らされた鳶色の目は、随分と冷ややかだった。
俺は挨拶もそこそこに、兄貴に尋ねた。
「ユトランドの豪族、オーロフという男をご存じですね?」
兄貴は明らかに渋い顔になって、大きなため息をついた。そして、すぐにしわがれた声で真相を明かした。
そこでようやく俺は本物のクヌート王子殿下が死んだことを知った。代わりを立てるっていう兄貴の策もな。
正気を疑ったね。まったく馬鹿なことを考えたもんだと思ったよ。だが、それが村の襲撃とどう繋がるかまではまだ理解が及ばなかった。
「答えになっていませんな、兄者。クヌート殿下の代わりを仕立てることと、俺の村をあんな三下どもに焼き払わせたことと、一体どう繋がるのです?」
俺が問うと、兄貴は憐れむように俺を見た。
「お前、あの村で『魔女』と呼ばれる女に熱を上げていただろう? 口のきけない、それでいて美しい、金髪の女だ」
「それがなんです?」
「しかし、お前らしい。それだけ入れ込んでいたというのに戦にかまけて暴れ回るばかりで、女のことなど省みもしなかったのだろうな?」
何度も言うが、俺ぁ気が短ぇ。兄貴のもったいぶった言い様は気に入らなかった。
「……問いには端的に答えてもらえますかな、兄者」
焦れた俺を見る兄貴は、少しばかり優越感に浸った顔をしていたよ。小馬鹿にするような笑みを浮かべ、鼻を鳴らした。
「女にはお前との子がいた。女によく似た美しい顔の、金髪の男子と女子。双子だ」
到着したのは日暮れ間際だった。時季の割に海風が妙に生暖かくて、港には何隻もの船が接舷していた。
裏返しにされた船の底を掃除している船大工が俺たちを見て陽気に声をかけてくるのを無視して、俺は真っ直ぐに兄貴の館に向かった。
ヨムスボルグは丘の上にある、円形の大きな壕と木の塀に囲われた要塞でな。序列が上がるとその中に住むことが許されるんだ。
そこを中心に弧を描くように戦士たちの子女が住む家が点在している。そこも住人のほとんどは入団を許可された戦士と家族や所有する奴隷たちだ。
壕の中も外も見回りの兵が持ち回りで哨戒していて、規則を破ったり、たとえば仲間内で刃傷沙汰なんて起こそうもんなら速攻で首領や各大隊長に伝わる。基本的には例外なく死罪さ。
なにが言いたいかっていうと、俺たちは単なる荒くれ者じゃないんだってことだ。
ヨムスボルグはそういう町だ。一応は、厳しい規律によって秩序を保っているのさ。まあ、俺が言っても説得力にゃ欠けるがね。
そんな哨戒中の兵どもをやり過ごしながら、俺は手下どもをいったんは解散させた。兄貴のところには一人で行くつもりだったからだ。
そりゃそうだろ。ぞろぞろと手下を連れて館に乗り込もうもんなら大問題になる。ただでさえ、俺は見回りの兵どもがビビりあがって回れ右するくらい殺気立っていたんだからな。
手下どもと別れ、俺は兄貴の住む館に乗り込んだ。
入り口で見張りに剣を預け、寝所にずかずかと単身で入ってくる俺を見ても、裸の兄貴に驚いた様子はなかった。
まるで俺が近いうちに来るということは予想がついている風だったな。侍らしてた意識の危うい裸の巫女を放ったらかして、身支度を整えると俺を広間に案内した。
兄貴は大きな椅子に座って向かいに立つ俺を見つめた。当時すでに戦働きも引退して久しかったからな。深い海の色に似たチュニックを纏った肥えた身体を重そうにして、白髪の混じった黒髪を大儀そうに掻き上げていたっけ。部屋の明かりの蠟燭に赤く照らされた鳶色の目は、随分と冷ややかだった。
俺は挨拶もそこそこに、兄貴に尋ねた。
「ユトランドの豪族、オーロフという男をご存じですね?」
兄貴は明らかに渋い顔になって、大きなため息をついた。そして、すぐにしわがれた声で真相を明かした。
そこでようやく俺は本物のクヌート王子殿下が死んだことを知った。代わりを立てるっていう兄貴の策もな。
正気を疑ったね。まったく馬鹿なことを考えたもんだと思ったよ。だが、それが村の襲撃とどう繋がるかまではまだ理解が及ばなかった。
「答えになっていませんな、兄者。クヌート殿下の代わりを仕立てることと、俺の村をあんな三下どもに焼き払わせたことと、一体どう繋がるのです?」
俺が問うと、兄貴は憐れむように俺を見た。
「お前、あの村で『魔女』と呼ばれる女に熱を上げていただろう? 口のきけない、それでいて美しい、金髪の女だ」
「それがなんです?」
「しかし、お前らしい。それだけ入れ込んでいたというのに戦にかまけて暴れ回るばかりで、女のことなど省みもしなかったのだろうな?」
何度も言うが、俺ぁ気が短ぇ。兄貴のもったいぶった言い様は気に入らなかった。
「……問いには端的に答えてもらえますかな、兄者」
焦れた俺を見る兄貴は、少しばかり優越感に浸った顔をしていたよ。小馬鹿にするような笑みを浮かべ、鼻を鳴らした。
「女にはお前との子がいた。女によく似た美しい顔の、金髪の男子と女子。双子だ」
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