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一章④
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「……今、なんつった?」
自分のとっておきが効果を上げたことに気をよくしたのか、オーロフは堰を切ったようにべらべらと喋り出したよ。
「へへ、俺はあんたの村を焼いた連中を知ってるって言ったのさ」
恐怖と安堵が複雑に絡みついた表情で、奴は続けた。
「あんたらがアイルランドに冬場の逗留先を持ってることは、誰だって知ってる話だ。普通なら手なんか出すはずがねえ。そうだろ? 『のっぽ』のトルケルに喧嘩を売ろうなんて、へっ、誰が好き好んでそんなおっかない目にあおうってんだ。誰だか知りたくはねえか? あんたのツラに泥を塗った奴をさ」
へらへらと下卑た笑みを浮かべ、試すような視線をオーロフは送ってきた。立場を弁えていないというか、なんというか。哀れな奴さ。
俺は剣で奴の右目を突いてやったよ。苦悶の声を上げてのたうち回る様子を、不思議と静かな気持ちで見つめたもんだったな。
「いいか、三下。俺ぁ気が短ぇ。お前の臭ぇ口から出していいのは、悲鳴と、俺が知りたい話だけだ。分かったか? 分かったらさっさと結論を言え。もったいぶってんじゃねえ」
指の間から小汚ねえ真っ赤な血がだらだらと流れ、オーロフは右目を押さえながら息も絶え絶えさ。痛みに悶え、俺を見上げるその目は怯えきってた。
傑作だったよ。それでも舌だけはまともに働いてんだからな。
「やったのは、俺たちだ。か、勘違いしねえでくれ。好きでやったわけじゃねえ。仕方がなかった。そういう仕事を頼まれただけなんだ。頼む、信じてくれ」
そこがさも重大であるかのように奴は強調した。虫のいいことをぬかしやがる。やったことは変わりないってのにな。
「ああ、信じるぜ。だが、それを正直に吐いたからってお前を見逃す理由にはならねえな。それじゃ、さよならだ」
「ま、待ってくれ! 仕事を持ってきたのは、あんたの兄貴なんだ!」
「……ああ?」
さすがにこれには驚いたよ。俺の反応を見て気が大きくなったのか、オーロフは再び笑みを浮かべた。
「へ、へへ、事情は分からねえ。が、俺達にそういう話を持ってきたってことは、戦士団本隊を動かすにゃ、都合が悪いことだったんだろうよ」
そういう、いわゆる軍団内にもおおっぴらにできねえ汚れ仕事を、金と引き換えによそに回すのは兄貴の悪癖だ。
俺は何度かやめるようには言ったんだがね。なんとなれば、こういう風に口を割る馬鹿がいるからさ。
「……ちっ、馬鹿野郎め」
にしても、いよいよきな臭い話だと俺は思った。
わざわざよその者を使って俺の息のかかった村を襲撃させる。なぜだ? どんな意味がある?
俺が考え込んでいるのを好機と見たのか、オーロフはさらに続けた。
「合図を待って、アイルランドのとある村を襲撃しろ。住民は皆殺し。足がつくから奴隷は取るな。報酬は金貨で五百枚ときたもんだ。簡単で割のいい仕事さ、断る理由はなかったよ」
「奴隷は取るな、か。道理で……」
さもありなんだ。いくら探しても生き残りがいないわけだぜ、まったく。
ふと、俺の頭にあの時の、焼け落ちた村で見た、あの穴の様子が浮かんだよ。
思ったより冷静だな、と自分でも思った。時間が経っていたからかもな。
「村のはずれにいた女もか? 喉に傷がある金髪の女だ」
俺の問いに、オーロフはびくりと身体を震わせた後、ぶんぶんと首を横に振った。
「さあな……分からねえ。村人を一つところに集めたのは手下だし、斬り伏せたのも穴に放り込んだのも手下だ。俺は命を下しただけだ。その……殺せ、埋めろ、と……顔なんて一人一人検めちゃいねえ。忘れちまった」
「……そうかい」
話はそこで終わりらしかった。荒い息で祈るように頭を地面に擦りつけているオーロフを見据えながら、俺は思ったよ。
女は殺されたのか? 村人と共に。
だとしたら、その魂の安らぎは野郎をぶち殺せば果たせる。すぐにでもな。
だが、気になるのは兄貴ーーシグヴァルディがなにを考えていたか、だ。それを知ることなくして、真に女の応報を果たしたとは言えない。
こいつはこれ以上なにも知らないだろう。つついたところで無意味だ。
ならーーその先を知る方法はひとつしかない。
「あー……オーロフっつったか。上等な命乞いだったな。見逃してやる」
ぱっとオーロフは顔を上げた。その顔は命を拾った喜びに満ちていた。
俺も嬉しかったよ。欲しかった情報がようやくにして、思わぬ形で手に入ったからな。自然と口元が緩んだのが自分でも分かった。
ん? 本当に命を助けてやったのかって? もちろん。俺は約束を守る男だからな。
俺はオーロフの残る左目を剣で突いた。夜の闇に響き渡るような悲鳴を上げて、奴は顔を押さえて、足をばたつかせて、みっともなくごろごろと転がったよ。
笑える姿だったね。自分が嬲られる側に回る、そんなこと今までこれっぽっちも考えたことがなかったんだろう。
俺は奴の襟首をひっ掴み、手下どもに引き渡した。
「司教様を殺した犯人だ。拘束して村の皆さんの前にお連れしろ。あとはお任せする、とな」
な? 俺は約束を守った。その後であいつがどうなったかなんて、俺は興味がない。
まあ、もし神様が慈悲深くもあいつの命乞いを聞き入れたのなら、あの後も生きていただろうぜ。
えっと、確か……敵の罪を赦したまえ、だっけか? 自分の罪を悔いたなら赦してやれとかなんとか。
まったく、キリスト教の神様ってのは随分と心の広いことだが、下々の者もそうだといいがな。
へっ、あいつらに慰み者にされた女の父親や夫とかがそんな気になるものか、賭けてみるのも一興だったか。まあ、結果は見えてたけどよ。
なぜって、本当にそんな事ができる人間ばかりなら、戦なんてこの地上に起きやしねえからさ。そうだろ?
自分のとっておきが効果を上げたことに気をよくしたのか、オーロフは堰を切ったようにべらべらと喋り出したよ。
「へへ、俺はあんたの村を焼いた連中を知ってるって言ったのさ」
恐怖と安堵が複雑に絡みついた表情で、奴は続けた。
「あんたらがアイルランドに冬場の逗留先を持ってることは、誰だって知ってる話だ。普通なら手なんか出すはずがねえ。そうだろ? 『のっぽ』のトルケルに喧嘩を売ろうなんて、へっ、誰が好き好んでそんなおっかない目にあおうってんだ。誰だか知りたくはねえか? あんたのツラに泥を塗った奴をさ」
へらへらと下卑た笑みを浮かべ、試すような視線をオーロフは送ってきた。立場を弁えていないというか、なんというか。哀れな奴さ。
俺は剣で奴の右目を突いてやったよ。苦悶の声を上げてのたうち回る様子を、不思議と静かな気持ちで見つめたもんだったな。
「いいか、三下。俺ぁ気が短ぇ。お前の臭ぇ口から出していいのは、悲鳴と、俺が知りたい話だけだ。分かったか? 分かったらさっさと結論を言え。もったいぶってんじゃねえ」
指の間から小汚ねえ真っ赤な血がだらだらと流れ、オーロフは右目を押さえながら息も絶え絶えさ。痛みに悶え、俺を見上げるその目は怯えきってた。
傑作だったよ。それでも舌だけはまともに働いてんだからな。
「やったのは、俺たちだ。か、勘違いしねえでくれ。好きでやったわけじゃねえ。仕方がなかった。そういう仕事を頼まれただけなんだ。頼む、信じてくれ」
そこがさも重大であるかのように奴は強調した。虫のいいことをぬかしやがる。やったことは変わりないってのにな。
「ああ、信じるぜ。だが、それを正直に吐いたからってお前を見逃す理由にはならねえな。それじゃ、さよならだ」
「ま、待ってくれ! 仕事を持ってきたのは、あんたの兄貴なんだ!」
「……ああ?」
さすがにこれには驚いたよ。俺の反応を見て気が大きくなったのか、オーロフは再び笑みを浮かべた。
「へ、へへ、事情は分からねえ。が、俺達にそういう話を持ってきたってことは、戦士団本隊を動かすにゃ、都合が悪いことだったんだろうよ」
そういう、いわゆる軍団内にもおおっぴらにできねえ汚れ仕事を、金と引き換えによそに回すのは兄貴の悪癖だ。
俺は何度かやめるようには言ったんだがね。なんとなれば、こういう風に口を割る馬鹿がいるからさ。
「……ちっ、馬鹿野郎め」
にしても、いよいよきな臭い話だと俺は思った。
わざわざよその者を使って俺の息のかかった村を襲撃させる。なぜだ? どんな意味がある?
俺が考え込んでいるのを好機と見たのか、オーロフはさらに続けた。
「合図を待って、アイルランドのとある村を襲撃しろ。住民は皆殺し。足がつくから奴隷は取るな。報酬は金貨で五百枚ときたもんだ。簡単で割のいい仕事さ、断る理由はなかったよ」
「奴隷は取るな、か。道理で……」
さもありなんだ。いくら探しても生き残りがいないわけだぜ、まったく。
ふと、俺の頭にあの時の、焼け落ちた村で見た、あの穴の様子が浮かんだよ。
思ったより冷静だな、と自分でも思った。時間が経っていたからかもな。
「村のはずれにいた女もか? 喉に傷がある金髪の女だ」
俺の問いに、オーロフはびくりと身体を震わせた後、ぶんぶんと首を横に振った。
「さあな……分からねえ。村人を一つところに集めたのは手下だし、斬り伏せたのも穴に放り込んだのも手下だ。俺は命を下しただけだ。その……殺せ、埋めろ、と……顔なんて一人一人検めちゃいねえ。忘れちまった」
「……そうかい」
話はそこで終わりらしかった。荒い息で祈るように頭を地面に擦りつけているオーロフを見据えながら、俺は思ったよ。
女は殺されたのか? 村人と共に。
だとしたら、その魂の安らぎは野郎をぶち殺せば果たせる。すぐにでもな。
だが、気になるのは兄貴ーーシグヴァルディがなにを考えていたか、だ。それを知ることなくして、真に女の応報を果たしたとは言えない。
こいつはこれ以上なにも知らないだろう。つついたところで無意味だ。
ならーーその先を知る方法はひとつしかない。
「あー……オーロフっつったか。上等な命乞いだったな。見逃してやる」
ぱっとオーロフは顔を上げた。その顔は命を拾った喜びに満ちていた。
俺も嬉しかったよ。欲しかった情報がようやくにして、思わぬ形で手に入ったからな。自然と口元が緩んだのが自分でも分かった。
ん? 本当に命を助けてやったのかって? もちろん。俺は約束を守る男だからな。
俺はオーロフの残る左目を剣で突いた。夜の闇に響き渡るような悲鳴を上げて、奴は顔を押さえて、足をばたつかせて、みっともなくごろごろと転がったよ。
笑える姿だったね。自分が嬲られる側に回る、そんなこと今までこれっぽっちも考えたことがなかったんだろう。
俺は奴の襟首をひっ掴み、手下どもに引き渡した。
「司教様を殺した犯人だ。拘束して村の皆さんの前にお連れしろ。あとはお任せする、とな」
な? 俺は約束を守った。その後であいつがどうなったかなんて、俺は興味がない。
まあ、もし神様が慈悲深くもあいつの命乞いを聞き入れたのなら、あの後も生きていただろうぜ。
えっと、確か……敵の罪を赦したまえ、だっけか? 自分の罪を悔いたなら赦してやれとかなんとか。
まったく、キリスト教の神様ってのは随分と心の広いことだが、下々の者もそうだといいがな。
へっ、あいつらに慰み者にされた女の父親や夫とかがそんな気になるものか、賭けてみるのも一興だったか。まあ、結果は見えてたけどよ。
なぜって、本当にそんな事ができる人間ばかりなら、戦なんてこの地上に起きやしねえからさ。そうだろ?
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