北海帝国の秘密

尾瀬 有得

文字の大きさ
上 下
5 / 23

一章③

しおりを挟む
 それは、八年後(一〇一一年)の九月。カンタベリーでのことだ。

 激化するイングランドとの戦争の最中、俺たちは兄貴の命によって、アエルヘアーという名の司教をひとり人質に取り、身代金を得る算段をつけているところだった。

 戦には金が要るからな。大軍を扱うにゃ大軍を維持する金が要るんだ。俺たちが襲撃と略奪を繰り返すのも、結局のところそのためなんだよ。

 で、その司教っていうのが……まあ、いわゆるできた人物ってやつでね。
 身代金で村民たちの暮らしが下向くのを憂い、支払いを拒否したんだ。命を奪いたければ奪えばいいとさえ言い放ってな。

 実のところ、司教がそんな強気に出られるのにも理由があった。

 俺たちヴァイキングにとって、修道院に教会といやあ古くからの襲撃の対象だ。色々貯め込んでるんでね。小遣い稼ぎにはうってつけだった。

 だが、デンマークはキリスト教への改宗が進みつつあったからな。東方との関係や、イングランド征服後のことも考えれば、スヴェン王も教会との摩擦を避けたがっている節があった。
 あいつはその事情を弁えていたんだろう。

 それなら仕方ねえとぶっ殺しちまうのは簡単さ。とはいえ、俺たちヨーム戦士団だって一応はデンマークの旗の下で戦働きをしているわけだからな。軽挙に出るわけにもいかなかった。
 さてどうしたものか、と俺は頭を悩ませていたんだ。

 ところが、そういう頭が働かない人間ってのはどこにでもいるもんでね。なんと三日も経たない晩、とある馬鹿野郎が酒に酔った勢いで司教を殺しちまったって言うんだよ。

 その馬鹿野郎はユトランドの豪族でオーロフって名前だった。デンマーク本国の所属で、百名ほどの戦士たちからなる隊の頭だ。

 そんな立場を預かっているというのに気が短くて、短絡的な野郎でね。まったく、どうしてあんな馬鹿が戦場で生きていられたんだか不思議でならねえよ。
 ま、戦乙女(ヴァルキュリャ)もヴァルハラに連れて行くに値しないって思ったのかもしれねえな。

 事情を聴くべく、俺はビョルンを連れてオーロフのところへ行った。

 村はずれで、壊した木の家を薪にして、連中は火を囲んでいたっけね。
 村人から奪ったんだか、自分たちのもんだったかは知らねえが、大樽に入った酒に角杯を突っ込んでは飲んで、楽しそうに賭けに興じていたよ。弓で的あてをしていたんだ。黒ずんだ司教の生首を放り投げてな。

 別の家の近くでは、男が何人かで村の女の髪の毛を引っ掴んで引きずっているのが見えた。英語で悲鳴を上げりゃあ、ぶん殴って黙らせていたよ。
 多分、行く先は馬小屋だったろう。あそこには寝藁が――おい、なにをするつもりだったかなんて、俺に聞かないでくれよ? お前さんだって想像がつくだろ?

 そんな連中を束ねるオーロフは、赤い髪を伸ばしっぱなし、スヴェン王気取りか髭を二つに結んでいた。歳は三十くらいか。誰の矢が当たったの当たらなかったのと騒ぎ立てる連中をへらへらした顔で見つめながら、角杯で酒を飲んでいた。

 まあ、面構えからしてお世辞にも美しいとは言い難い男だったよ。その言動も含めてな。奴は釈明するどころか、どうやって司教を嬲ったのかを嬉々として語ったもんだ。

「あの司教は命乞いどころか殺したければ殺すがいいと言い放ったんだ。望みどおりに見せしめてやってなにが悪い。元々俺はああいう態度のデケェ坊主が嫌ぇなんだ」

 俺は目を閉じ、腕を組んで天を仰いだ。
 言葉がないとはこのことさ。自分の行いがどういう結果を招くのか、こいつはなにも考えてないんだ。まったく、想像力がないってのは罪だと思うぜ。

「なるほど。態度が気に入らねえ、それが理由か」

 俺はため息をついて、ビョルンをちらと見た。あいつもため息をついて、小さく頷いたよ。

 オーロフはそんな俺たちを見て、角杯を煽って投げ捨てた。

「なにか問題があんのか?」

「ああ、問題はねえよ。それなら俺もテメェの態度が気に入らねえから、殺しちまっても構わねえよな?」

 俺はオーロフが身構えようとする前に顔面を蹴り飛ばし、ビョルンが指笛を吹いた。

 すぐさま近くに潜ませていた俺の手下どもが、奴の部下を次々に切り伏せていった。

 悲鳴と怒号。そして剣戟の音がそこら中に響いた。まあ、ハナからそうするつもりでいたからな。オーロフ以外を全員殺すのはあっという間だったよ。百も数えなかった。

 最後に残ったオーロフを手下どもが跪かせるのを手で制し、俺は奴の腰の剣を指さした。

「剣を抜きな。処刑でなく討ち死にならヴァルハラに行けるだろう。俺に殺されたことをオーディン神に自慢するといいぜ」

 それは俺にとって最後の情けだった。奴にも戦士としての矜持がある。そう思ったからだ。

 だが、オーロフはそれすら持ち合わせていない醜悪な男だった。命乞いを始めたのさ。

「た、頼む……見逃してくれ。俺は――」

 無論、聞き入れるつもりなんてなかった。俺は剣を振り上げ、その首をさっさと刎ねるつもりだった。

 でも、奴が叫んだ言葉の続きが、俺の腕を止めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

辻のあやかし斬り夜四郎 呪われ侍事件帖

井田いづ
歴史・時代
旧題:夜珠あやかし手帖 ろくろくび あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。 +++ 今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。 団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。 町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕! (二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...