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一章③
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それは、八年後(一〇一一年)の九月。カンタベリーでのことだ。
激化するイングランドとの戦争の最中、俺たちは兄貴の命によって、アエルヘアーという名の司教をひとり人質に取り、身代金を得る算段をつけているところだった。
戦には金が要るからな。大軍を扱うにゃ大軍を維持する金が要るんだ。俺たちが襲撃と略奪を繰り返すのも、結局のところそのためなんだよ。
で、その司教っていうのが……まあ、いわゆるできた人物ってやつでね。
身代金で村民たちの暮らしが下向くのを憂い、支払いを拒否したんだ。命を奪いたければ奪えばいいとさえ言い放ってな。
実のところ、司教がそんな強気に出られるのにも理由があった。
俺たちヴァイキングにとって、修道院に教会といやあ古くからの襲撃の対象だ。色々貯め込んでるんでね。小遣い稼ぎにはうってつけだった。
だが、デンマークはキリスト教への改宗が進みつつあったからな。東方との関係や、イングランド征服後のことも考えれば、スヴェン王も教会との摩擦を避けたがっている節があった。
あいつはその事情を弁えていたんだろう。
それなら仕方ねえとぶっ殺しちまうのは簡単さ。とはいえ、俺たちヨーム戦士団だって一応はデンマークの旗の下で戦働きをしているわけだからな。軽挙に出るわけにもいかなかった。
さてどうしたものか、と俺は頭を悩ませていたんだ。
ところが、そういう頭が働かない人間ってのはどこにでもいるもんでね。なんと三日も経たない晩、とある馬鹿野郎が酒に酔った勢いで司教を殺しちまったって言うんだよ。
その馬鹿野郎はユトランドの豪族でオーロフって名前だった。デンマーク本国の所属で、百名ほどの戦士たちからなる隊の頭だ。
そんな立場を預かっているというのに気が短くて、短絡的な野郎でね。まったく、どうしてあんな馬鹿が戦場で生きていられたんだか不思議でならねえよ。
ま、戦乙女(ヴァルキュリャ)もヴァルハラに連れて行くに値しないって思ったのかもしれねえな。
事情を聴くべく、俺はビョルンを連れてオーロフのところへ行った。
村はずれで、壊した木の家を薪にして、連中は火を囲んでいたっけね。
村人から奪ったんだか、自分たちのもんだったかは知らねえが、大樽に入った酒に角杯を突っ込んでは飲んで、楽しそうに賭けに興じていたよ。弓で的あてをしていたんだ。黒ずんだ司教の生首を放り投げてな。
別の家の近くでは、男が何人かで村の女の髪の毛を引っ掴んで引きずっているのが見えた。英語で悲鳴を上げりゃあ、ぶん殴って黙らせていたよ。
多分、行く先は馬小屋だったろう。あそこには寝藁が――おい、なにをするつもりだったかなんて、俺に聞かないでくれよ? お前さんだって想像がつくだろ?
そんな連中を束ねるオーロフは、赤い髪を伸ばしっぱなし、スヴェン王気取りか髭を二つに結んでいた。歳は三十くらいか。誰の矢が当たったの当たらなかったのと騒ぎ立てる連中をへらへらした顔で見つめながら、角杯で酒を飲んでいた。
まあ、面構えからしてお世辞にも美しいとは言い難い男だったよ。その言動も含めてな。奴は釈明するどころか、どうやって司教を嬲ったのかを嬉々として語ったもんだ。
「あの司教は命乞いどころか殺したければ殺すがいいと言い放ったんだ。望みどおりに見せしめてやってなにが悪い。元々俺はああいう態度のデケェ坊主が嫌ぇなんだ」
俺は目を閉じ、腕を組んで天を仰いだ。
言葉がないとはこのことさ。自分の行いがどういう結果を招くのか、こいつはなにも考えてないんだ。まったく、想像力がないってのは罪だと思うぜ。
「なるほど。態度が気に入らねえ、それが理由か」
俺はため息をついて、ビョルンをちらと見た。あいつもため息をついて、小さく頷いたよ。
オーロフはそんな俺たちを見て、角杯を煽って投げ捨てた。
「なにか問題があんのか?」
「ああ、問題はねえよ。それなら俺もテメェの態度が気に入らねえから、殺しちまっても構わねえよな?」
俺はオーロフが身構えようとする前に顔面を蹴り飛ばし、ビョルンが指笛を吹いた。
すぐさま近くに潜ませていた俺の手下どもが、奴の部下を次々に切り伏せていった。
悲鳴と怒号。そして剣戟の音がそこら中に響いた。まあ、ハナからそうするつもりでいたからな。オーロフ以外を全員殺すのはあっという間だったよ。百も数えなかった。
最後に残ったオーロフを手下どもが跪かせるのを手で制し、俺は奴の腰の剣を指さした。
「剣を抜きな。処刑でなく討ち死にならヴァルハラに行けるだろう。俺に殺されたことをオーディン神に自慢するといいぜ」
それは俺にとって最後の情けだった。奴にも戦士としての矜持がある。そう思ったからだ。
だが、オーロフはそれすら持ち合わせていない醜悪な男だった。命乞いを始めたのさ。
「た、頼む……見逃してくれ。俺は――」
無論、聞き入れるつもりなんてなかった。俺は剣を振り上げ、その首をさっさと刎ねるつもりだった。
でも、奴が叫んだ言葉の続きが、俺の腕を止めた。
激化するイングランドとの戦争の最中、俺たちは兄貴の命によって、アエルヘアーという名の司教をひとり人質に取り、身代金を得る算段をつけているところだった。
戦には金が要るからな。大軍を扱うにゃ大軍を維持する金が要るんだ。俺たちが襲撃と略奪を繰り返すのも、結局のところそのためなんだよ。
で、その司教っていうのが……まあ、いわゆるできた人物ってやつでね。
身代金で村民たちの暮らしが下向くのを憂い、支払いを拒否したんだ。命を奪いたければ奪えばいいとさえ言い放ってな。
実のところ、司教がそんな強気に出られるのにも理由があった。
俺たちヴァイキングにとって、修道院に教会といやあ古くからの襲撃の対象だ。色々貯め込んでるんでね。小遣い稼ぎにはうってつけだった。
だが、デンマークはキリスト教への改宗が進みつつあったからな。東方との関係や、イングランド征服後のことも考えれば、スヴェン王も教会との摩擦を避けたがっている節があった。
あいつはその事情を弁えていたんだろう。
それなら仕方ねえとぶっ殺しちまうのは簡単さ。とはいえ、俺たちヨーム戦士団だって一応はデンマークの旗の下で戦働きをしているわけだからな。軽挙に出るわけにもいかなかった。
さてどうしたものか、と俺は頭を悩ませていたんだ。
ところが、そういう頭が働かない人間ってのはどこにでもいるもんでね。なんと三日も経たない晩、とある馬鹿野郎が酒に酔った勢いで司教を殺しちまったって言うんだよ。
その馬鹿野郎はユトランドの豪族でオーロフって名前だった。デンマーク本国の所属で、百名ほどの戦士たちからなる隊の頭だ。
そんな立場を預かっているというのに気が短くて、短絡的な野郎でね。まったく、どうしてあんな馬鹿が戦場で生きていられたんだか不思議でならねえよ。
ま、戦乙女(ヴァルキュリャ)もヴァルハラに連れて行くに値しないって思ったのかもしれねえな。
事情を聴くべく、俺はビョルンを連れてオーロフのところへ行った。
村はずれで、壊した木の家を薪にして、連中は火を囲んでいたっけね。
村人から奪ったんだか、自分たちのもんだったかは知らねえが、大樽に入った酒に角杯を突っ込んでは飲んで、楽しそうに賭けに興じていたよ。弓で的あてをしていたんだ。黒ずんだ司教の生首を放り投げてな。
別の家の近くでは、男が何人かで村の女の髪の毛を引っ掴んで引きずっているのが見えた。英語で悲鳴を上げりゃあ、ぶん殴って黙らせていたよ。
多分、行く先は馬小屋だったろう。あそこには寝藁が――おい、なにをするつもりだったかなんて、俺に聞かないでくれよ? お前さんだって想像がつくだろ?
そんな連中を束ねるオーロフは、赤い髪を伸ばしっぱなし、スヴェン王気取りか髭を二つに結んでいた。歳は三十くらいか。誰の矢が当たったの当たらなかったのと騒ぎ立てる連中をへらへらした顔で見つめながら、角杯で酒を飲んでいた。
まあ、面構えからしてお世辞にも美しいとは言い難い男だったよ。その言動も含めてな。奴は釈明するどころか、どうやって司教を嬲ったのかを嬉々として語ったもんだ。
「あの司教は命乞いどころか殺したければ殺すがいいと言い放ったんだ。望みどおりに見せしめてやってなにが悪い。元々俺はああいう態度のデケェ坊主が嫌ぇなんだ」
俺は目を閉じ、腕を組んで天を仰いだ。
言葉がないとはこのことさ。自分の行いがどういう結果を招くのか、こいつはなにも考えてないんだ。まったく、想像力がないってのは罪だと思うぜ。
「なるほど。態度が気に入らねえ、それが理由か」
俺はため息をついて、ビョルンをちらと見た。あいつもため息をついて、小さく頷いたよ。
オーロフはそんな俺たちを見て、角杯を煽って投げ捨てた。
「なにか問題があんのか?」
「ああ、問題はねえよ。それなら俺もテメェの態度が気に入らねえから、殺しちまっても構わねえよな?」
俺はオーロフが身構えようとする前に顔面を蹴り飛ばし、ビョルンが指笛を吹いた。
すぐさま近くに潜ませていた俺の手下どもが、奴の部下を次々に切り伏せていった。
悲鳴と怒号。そして剣戟の音がそこら中に響いた。まあ、ハナからそうするつもりでいたからな。オーロフ以外を全員殺すのはあっという間だったよ。百も数えなかった。
最後に残ったオーロフを手下どもが跪かせるのを手で制し、俺は奴の腰の剣を指さした。
「剣を抜きな。処刑でなく討ち死にならヴァルハラに行けるだろう。俺に殺されたことをオーディン神に自慢するといいぜ」
それは俺にとって最後の情けだった。奴にも戦士としての矜持がある。そう思ったからだ。
だが、オーロフはそれすら持ち合わせていない醜悪な男だった。命乞いを始めたのさ。
「た、頼む……見逃してくれ。俺は――」
無論、聞き入れるつもりなんてなかった。俺は剣を振り上げ、その首をさっさと刎ねるつもりだった。
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