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一章①
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俺たち、まあ一緒くたにデーン人とか、北の民(ノルマンニ)とか、ヴァイキングなんて呼ばれちゃいるがね、そのイングランド周辺への略奪の歴史は古い。随分とな。
だが、何百年も続いていたそれが明らかな侵略行為に変わったのは、今から十九年前(一〇〇二年)のことだ。
きっかけは時のイングランド王エゼルレッドがやらかしたことさ。
なにって、イングランド北方に古くから入植していたデーン人たちの虐殺を行ったんだ。
土曜日の風呂の日を狙った奇襲でな。しかも殺されたデーン人の中には当時のデンマーク王スヴェンの妹夫婦も含まれていた。
無思慮なこったよ、そんなことをしたらどうなるか、想像もできなかったのかね?
格好の戦の口実を得たスヴェン王は、すぐさま姻戚関係にある近隣諸国の豪族(ヤール)などから兵を募り侵略を開始した。
集められた兵の中には、ヨムスボルグのヨーム戦士団がいた。
ん? ああ、ヨムスボルグってのはここから海を越えた南、ヴォリン島にある要塞でな。金で雇われ戦に赴く、まあ、殺ししか能のねえ男どもが集まるところさ。
俺はその一員だった。はは、小作人どもが騒いでいただろ。それなりに悪名高い連中だからな。北海最強の戦士団なんて恐れられていたもんさ。
そんな俺たちヨーム戦士団に、スヴェン王はとある仕事を与えた。
それは、当時七歳の第二王子クヌートの教育だ。
長子ハラルドと違ってクヌートは生来身体が弱かったらしくてな。伴って気弱な性質だったから、兵たちの指導者として不足ない王子へと成長させて欲しい、その環境としてヨムスボルグほど適地はあるまい――というのがスヴェン王の言い分さ。まあ、戦士なんて荒くれ者の集まりだ。気持ちは分かるぜ。弱い王には誰も従わないからな。
俺の兄でありヨーム戦士団の首領シグヴァルディはそれを引き受けた。
拒否する理由がなかったからな。俺たちはヒョルンガバーグにしろスヴォルドにしろ、デンマークには色々な戦で手を貸していたし、イングランド侵攻においてもそうだ。
今後を踏まえりゃスヴェン王の機嫌を取っておいても損のない話、と思ったんだろう。
だが、その決断が大きな問題の、この俺の話の発端となった。
なにがあったかって? 聞いて驚けよ?
それはな、お預かりしていたクヌートが死んだんだ。
おっと、良い顔だな。そう。それなら、デンマークとイングランド双方の現国王、泣く子も黙る北海の支配者、あのクヌート陛下は一体何者なのかって話になる。へっ、まあ、慌てなさんな。順を追って話してやるから。
ともかく、ヨムスボルグに数名の近習を引き連れてクヌート王子殿下がやってきて一年も経たない春先(一〇〇三年)。御年八歳にして殿下は身罷られた。
原因は今もって不明さ。風邪をこじらせたとも、誰かが毒を盛ったのではないかとも言われてるそうだが、まあ、そんなことは大した問題じゃない。
俺たちにとって重要なのは、スヴェン王よりお預かりした大切な殿下が、ヨムスボルグ内で命を落としたという事実だ。なんたる不始末かと攻め入られたって文句は言えまいよ。まさにヨーム戦士団存亡の危機ってやつだ。
ところがね。兄貴はこれを逆に好機と捉えた。クヌートの死を看取った近習を殺し、クヌートの死を隠した。そして、姿の似た同じ年頃の男子を代わりに立てることにしたんだ。
なぜって、そうしたらどうなる?
……そうだ。ヨーム戦士団は北海の覇者たらんとする、あのデンマーク王家の中枢に潜り込むことができる。あわよくば、影で操る支配者に。
まあ、一介の戦士団の首領には過ぎた野心だがね。兄貴はそれが張る価値のある大博打だと考えたんだよ。
そうなると、ここで問題発生だ。一体、誰を身代わりに仕立てるか?
クヌートは見目が良かったそうだ。金髪で、整った顔立ちをしていて、線も細くて、どこか女みたいだったという話でな。
まあ、成長と共に変わるから体格は大目に見よう。顔もある程度似ていてくれさえすればいい。髪の色と目の色さえ同じなら、誤魔化しようはある。
自分の配下の子にそうした奴はいないか。いや、下手に素性の知れている子は無理だ。後々で面倒ごとになる。
では、孤児か。あるいはどこかの村から適当な子を攫ってくるか。いっそ顔のいい奴隷でも買ってくるか。
とはいえ探すのに人数もあまり割けない。しらみつぶしにそこら中ってわけにはいかないし、もちろんその時間もない。悟られる前に代わりを用意しなきゃならん。兄貴は知恵を振り絞ったろうよ。
そんな中、兄貴は最も身近なところで条件に合う男子を見つけた。
それが今のクヌートだ。今もイェリングの王宮で金の王冠を戴いているあの男さ。
さて、その正体は?
いいね。興味があるって顔だ。なら教えてやる。聞いて驚けよ?
それはな、アイルランドの農村に住んでいた『魔女(グルヴェイグ)』の子だ。
だが、何百年も続いていたそれが明らかな侵略行為に変わったのは、今から十九年前(一〇〇二年)のことだ。
きっかけは時のイングランド王エゼルレッドがやらかしたことさ。
なにって、イングランド北方に古くから入植していたデーン人たちの虐殺を行ったんだ。
土曜日の風呂の日を狙った奇襲でな。しかも殺されたデーン人の中には当時のデンマーク王スヴェンの妹夫婦も含まれていた。
無思慮なこったよ、そんなことをしたらどうなるか、想像もできなかったのかね?
格好の戦の口実を得たスヴェン王は、すぐさま姻戚関係にある近隣諸国の豪族(ヤール)などから兵を募り侵略を開始した。
集められた兵の中には、ヨムスボルグのヨーム戦士団がいた。
ん? ああ、ヨムスボルグってのはここから海を越えた南、ヴォリン島にある要塞でな。金で雇われ戦に赴く、まあ、殺ししか能のねえ男どもが集まるところさ。
俺はその一員だった。はは、小作人どもが騒いでいただろ。それなりに悪名高い連中だからな。北海最強の戦士団なんて恐れられていたもんさ。
そんな俺たちヨーム戦士団に、スヴェン王はとある仕事を与えた。
それは、当時七歳の第二王子クヌートの教育だ。
長子ハラルドと違ってクヌートは生来身体が弱かったらしくてな。伴って気弱な性質だったから、兵たちの指導者として不足ない王子へと成長させて欲しい、その環境としてヨムスボルグほど適地はあるまい――というのがスヴェン王の言い分さ。まあ、戦士なんて荒くれ者の集まりだ。気持ちは分かるぜ。弱い王には誰も従わないからな。
俺の兄でありヨーム戦士団の首領シグヴァルディはそれを引き受けた。
拒否する理由がなかったからな。俺たちはヒョルンガバーグにしろスヴォルドにしろ、デンマークには色々な戦で手を貸していたし、イングランド侵攻においてもそうだ。
今後を踏まえりゃスヴェン王の機嫌を取っておいても損のない話、と思ったんだろう。
だが、その決断が大きな問題の、この俺の話の発端となった。
なにがあったかって? 聞いて驚けよ?
それはな、お預かりしていたクヌートが死んだんだ。
おっと、良い顔だな。そう。それなら、デンマークとイングランド双方の現国王、泣く子も黙る北海の支配者、あのクヌート陛下は一体何者なのかって話になる。へっ、まあ、慌てなさんな。順を追って話してやるから。
ともかく、ヨムスボルグに数名の近習を引き連れてクヌート王子殿下がやってきて一年も経たない春先(一〇〇三年)。御年八歳にして殿下は身罷られた。
原因は今もって不明さ。風邪をこじらせたとも、誰かが毒を盛ったのではないかとも言われてるそうだが、まあ、そんなことは大した問題じゃない。
俺たちにとって重要なのは、スヴェン王よりお預かりした大切な殿下が、ヨムスボルグ内で命を落としたという事実だ。なんたる不始末かと攻め入られたって文句は言えまいよ。まさにヨーム戦士団存亡の危機ってやつだ。
ところがね。兄貴はこれを逆に好機と捉えた。クヌートの死を看取った近習を殺し、クヌートの死を隠した。そして、姿の似た同じ年頃の男子を代わりに立てることにしたんだ。
なぜって、そうしたらどうなる?
……そうだ。ヨーム戦士団は北海の覇者たらんとする、あのデンマーク王家の中枢に潜り込むことができる。あわよくば、影で操る支配者に。
まあ、一介の戦士団の首領には過ぎた野心だがね。兄貴はそれが張る価値のある大博打だと考えたんだよ。
そうなると、ここで問題発生だ。一体、誰を身代わりに仕立てるか?
クヌートは見目が良かったそうだ。金髪で、整った顔立ちをしていて、線も細くて、どこか女みたいだったという話でな。
まあ、成長と共に変わるから体格は大目に見よう。顔もある程度似ていてくれさえすればいい。髪の色と目の色さえ同じなら、誤魔化しようはある。
自分の配下の子にそうした奴はいないか。いや、下手に素性の知れている子は無理だ。後々で面倒ごとになる。
では、孤児か。あるいはどこかの村から適当な子を攫ってくるか。いっそ顔のいい奴隷でも買ってくるか。
とはいえ探すのに人数もあまり割けない。しらみつぶしにそこら中ってわけにはいかないし、もちろんその時間もない。悟られる前に代わりを用意しなきゃならん。兄貴は知恵を振り絞ったろうよ。
そんな中、兄貴は最も身近なところで条件に合う男子を見つけた。
それが今のクヌートだ。今もイェリングの王宮で金の王冠を戴いているあの男さ。
さて、その正体は?
いいね。興味があるって顔だ。なら教えてやる。聞いて驚けよ?
それはな、アイルランドの農村に住んでいた『魔女(グルヴェイグ)』の子だ。
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