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第一章 Not Club, Committee, Charity, But We are

第八話 アイドルVS声優⑥

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 放課後の時間。本来そこの教室を使っている生徒たちは、各々の目的のために出払い、静寂が支配する空間。
 その中にいた3人の人物の視線を一度に集めたのは、薄ピンク色のショートカットヘアの指定制服を身に付けるプロスペクトの声優、雨野川あまのがわ沙月さつきであった。
 彼女はまっすぐな瞳で秋葉原美夜みやを見つめる。

「…………なんで私がここに来たのかって? それはね。秋葉原美夜。あなたとコンビを組むためよ。それを直接言いにきたの」

 最初から直球。新人声優はアイドルへと言葉を伝える。
 帰ってきた言葉は疑問だった。

「…………な、なぜあなたはそれを了承できる?! あなた自身のスキルがアイドルに奪われるかもしれないというのに!」
「それでも構わない」
  
 それに対する返答は即答での肯定。
 雨野川は迷いなく自身の言葉を心から引き出す。
 しっかり練習してきたから出せる流暢さではなく、考えがまとまっているから出せる滑らかさで。

「だって明日が見えないのだもの。多少は違うけれども私とあなたは似たような業界に属している。そこでは毎日のように誰かしらが才能を開花させ、誰かの居場所を奪っていく。それもロボットによる仕分けのような単調さでね。しかもトレンドの変化は濁流のように激しい。少しでも楽すれば私たちは船から落とされる」

 椅子に座り静かに話を聞いている秋葉原を覗くように雨野川は呟く。

「その業界で勝つために私はなんでもやりたい。後悔なく、なんてかっこいいことは言えないけれど、それでも思いつくことはなんでもやっていく。なんでもやって力にして戦わなければ勝てない。停滞は死を意味する業界なのだから」

 話を聞いた時は率直に嬉しいと感じた。

「まさかアイドルであるあなたが私を嫉妬してるなんて夢にも思わなかった。そしてチャンスだとも思ったわ。ここであなたに近づくことができれば、私はさらに大きく成長できるってね」

 部活でもサークルでもなんでも誰と一緒にやるのかは大事だ。本気で上手くなろうとしている人は、やる気のない人と練習をするよりも、上手くてやる気のある人とやる方がレベルアップは早く大きくなる。
 自分に無いものを持っている人といると嫉妬するかもしれないが、それ以上に得られるものは大きくなる。
 ずっと同じところに留まるよりも、未知の新しい場所に挑戦することでしか獲得できないものがあるように。

「その過程で私自身のスキルやファンがあなたに取られても構わないと思っている。覚悟の代償っていうのかしらね。たくさん奪うならその分奪われる覚悟も必要だしね。それに最後にコンビ解散してどうなってもいいとも思う。結局大事なのはその人自身の能力なのだから」

 雨野川沙月は覚悟を持って話す。
 奪われても構わない。だってその分奪うのだから。
 ファンが向こうに流れても構わない。後で必ず取り返すから。
 最後に解散しても問題はない。永久に続くものは存在しない。
 必要なのはその人の能力。それに覚悟なのだから。

「私は覚悟を持って戦う。あなたはどうなの、秋葉原美夜!!」

 声優として戦う。そのために使えるものは全て使うという覚悟を言葉として表示させた雨野川を聞いて、高校生アイドルはゆっくりと口を開く。

「…………私だって…………私だって戦って勝ちたい!! 歌で届けてダンスで注目を浴びて演技で人の心を奪いたい!! それでも怖い。一度己の力を使われ上に行かれた経験をしてしまったから。また同じ経験をするかもしれないって思うとどうしても怖いの!!」

 溜まっていた感情を吐き出す。1人戦い夢のために努力してきたからこその悔しさと恐怖があるのだろう。

「ただ秋葉原、逃げても何も得られないぞ」

 黒いコートを肩に通さずに着こなす女海軍大将は告げる。

「戦うには覚悟が必要だよ。怖くても覚悟を持って夢のために戦うしかないんだ。お前もさっき言ってたじゃないか。人の心を奪いたいって。それに怖さってのは必要だよ。みんな怖さを持って生きているんだ。でもそうならないように必死に努力してる」

「あんなこと言っといてね声優も怖いよ、秋葉原アイドル。喉を使う仕事、いつ声質が変わるか分からない。それでもね、アニメキャラに命を吹き込むこの仕事を私は誇りに思う。だからこそ努力したい」

 最後に平凡な男。

「秋葉原美夜という1人のタレントを調べる過程で、お前のライブ映像や番組をいくつか見たんだ。正直俺は全く芸能界に興味はないんだけど、それでもお前の表現したいことは伝わってきた。これはお世辞でも嘘でもなくて、本当に秋葉原が1番輝いていたよ。その輝きをここで閉ざさないでくれ。もっと見してくれよ」

 3人それぞれが思う心情を静かに聞いていたアイドルは、しばしの間机をじっと見つめる。そして机に勢いよく手を当てる。大きな音が静かさに包まれる放課後の教室に響く。
 その勢いを使い立ち上がった彼女は、内丸、白秋、雨野川の3人を順番にゆっくりと視線を送る。
 一呼吸置いて、その注目されるような容姿を持つ彼女は、特徴的な声で言葉を発する。

「戦うわ」

 その一言だけ。しかしそれで全て理解できる一言。
 
 覚悟は決まった。






「それで? 私と声優がコンビを組むとして、裏裏会うらりかいのおふたりは何をさせようと思っていたのかしら?」
「そうだな、一応歌を2人で歌うってのは考えていたな」
「歌?」
「あぁ。歌はお互いできるだろ? その上で雨野川は秋葉原の歌唱力やダンスの力を近くで学べる。秋葉原は雨野川の声の使い方や表現力を学べると思ったから提案しようと思っていたんだよな」
「…………なるほどね。でもね内丸。それはノーセンスよ」
「の、ノーセンス? 俺なりに頑張って考えたんだけどな」
「ああごめんごめん。案自体は悪くないわよ! ただねそこまでやってもらう必要はないってこと。私たちは覚悟を決めた。そんな人たちにやることまで示して貰う必要はないわ。それは独り立ちしようとしている人に多額の仕送りをするようなものよ。介護はいらないわ」
「そうか。まぁいいさ。それにしても嫉妬がどうのと言っていたわりには元気になったな」
「ふ。そうかしら。もちろんこれからも嫉妬するでしょうね。でも私も嫉妬はもらえるし、それにたくさんのスキルを奪える。道が見えるっていいわね」
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