3 / 33
2 裸エプロンの戦い
しおりを挟む
2 裸エプロンの戦い
凛可は快く目覚めた。
一夜明けて、今日は日曜だった。
ほどよい睡眠を経てしまうと、昨晩の出来事は非現実的すぎて、凛可の実体験としてまだ馴染んでいなかった。何より日曜の朝は忙しい。凛可にはアルバイトがあった。急いで支度を済ませて、自転車で店へ向かう。
寝起きから三十分のち、凛可はケーキ屋の店先で呼び込みをかけていた。
「いらっしゃいませー! 当店オリジナル、香津(こうづ)の杜ロールはいかかですか~」
白いフリルの付いた紺色のメイド服に身を包み、元気よく声をあげる。すでに昨日の夜の珍事件など、意識の外だった。
制服には小さめのエプロンと、頭にのせるプリムも付いている。もともとこの制服が着たくて始めたバイトだった。
ケーキ屋は、三階建ての大型スーパーの地下階にある。地上との直通路からすぐの場所なので、人通りは多かった。
凛可の隣では、友人の黒田美好(くろだ・みよし)が、同じメイド服を着て声を張る。
「香津の杜ロールは、限定四十個となっておりまーす。お早めにどうぞ~」
それから美好は黒縁メガネをキラリと反射させて、凛可に声低く話しかけてきた。
「この前さ~、あそこに……」と、指を差す。
美好の指し示した先は、他の飲食店が軒を連ねたフードコートだった。店で買った食べ物を食べるために、客が自由に使えるテーブルと椅子がずらっと並んでいる。
指先を揺らして、美好は続けた。
「あそこの隅にさー、なんかぶにょっとしたのが、こっちにゴツイカメラ向けてるの。よくよく見てみたら、秋田よ! もちろん、同じクラスの秋田!」
そんなこと、凛可には初耳だったので訊いてみる。
「それって、わたしが休みの日のこと?」
「ううん。アタシと入れ替わりになる日。凛可のメイド姿狙ってたんじゃないの、あのオタク。何の因果か、アタシ、あいつのメルアド知ってたのね。通報してやるってメールしたら消えたわ!」
「それはご苦労さまです」
「盗み撮りとかってサイテー。変態よ、変態」
美好の最後の言葉が、凛可の意識を揺さぶった。
変態……。例えば、裸で夜の街を走り回っている、正義の変態もいる……、ような気がする。昨晩のありえない戦いが断片的に思い出された。
次元接続体は稀な存在であり、もう出会うこともない。
そうは言われたものの、凛可は再び興味が募っていくのを感じていた。
三好が心配そうな声で話しかけてきた。
「ちょっと凛可、ボーっとしないで!」
「あ、ごめん。なんでもない……」
そう答えたとき、建物の外から大きな音が響いた。
金属が潰れるような、ぐしゃりという重々しい音だった。凛可は直感した。たぶん自動車事故だ。
美好が目を輝かせながら、凛可の手を取る。
「事故じゃない? 見に行ってみよう」
「それはマズイんじゃないスか、美好さん?」
「パティシエの人がいるから大丈夫だよ。さぁ!」
「もぉ~……」
一応、不承不承といった様子をみせたが、実のところ凛可もどんな事故か見にいきたいところだった。美好と手をつないで地上に向かう傾斜路を上がっていく。
出口を出るとすぐ前が道路で、その先に屋外駐車場が広がっている。道路の右と左、両方の先は自動車の出入口になっているが、事故が起きていたのは左の出入り口だった。
丸っこいデザインの軽自動車と、黒いスポーツカーがぶつかっていた。スポーツカーのほうはボンネットに炎が描かれている。
軽自動車が駐車場から出ようとしたところへ、スポーツカーが突っ込んできて正面衝突したらしい。悪いのは明らかに、黒いスポーツカーのほうだった。スポーツカーが入ってこようとしたのは、出口専用の車線だったのだから、凛可にも一目瞭然だった。
熱烈なキスをして潰れあった車のまわりには、すでに幾人かの人だかりが取り巻いていた。二人の人間が激しく口論している。女と男。
厚手のセーターを着た、髪の長い痩せた女は、軽自動車の持ち主らしい。神経質そうな印象を受ける。
対するスポーツカーの運転者は、赤く染めた髪を逆立て、上も下も黒革仕立てだった。性格も荒っぽそうだ。
美好が不安そうに呟いた。
「あの男、まともじゃないよねぇ? 女の人、怖くないのかな……?」
凛可の見るところでは、女のほうの勢いが強い。もちろん、彼女の怒りは正当なものだろう。
凛可は言った。
「あの女の人も強そうだけど、どのみち早く警察を呼んだほうがいいよね? もう、わたしが呼ぶ!」
凛可は、スカートのポケットから電話を取り出そうとした。
そこへ、乾いた破裂音が響く。凛可は驚いて、反射的に音のしたほうへ目を向けた。
髪の長い女が腕を伸ばし、赤髪の男が倒れていた。
女のが、男の頬を張り飛ばしたらしい。見た目の細さに反して力が強かったらしく、男のほうは鼻血をだして、潰れた愛車のボンネットに突っ伏していた。
男の顔が持ち上がり、自分を張り飛ばした女をにらみつける。
次の瞬間、凛可は理解しがたいものを目にした。くぐもった音ともに、女の身体が炎に包まれたのだった。
男女の混じった悲鳴があがり、人だかりが散らばる。
美好も悲鳴を上げた。
「キャアァァァーッ!」
凛可は息を呑み、目をみはった。衝撃で身動きできない。
女が煙をあげながら倒れたところへ、赤髪の男が歩み寄り、さらに追撃の蹴りを叩き込む。だが、その顔が驚きに凍った。男が足をあげて、ひっくり返るように宙を舞う。女に足首をつかまれていた。そのまま、怪力で振り回される。女は遠心力を貯めこむと手を離した。男は数メートルもの距離を投げ飛ばされ、駐車したあった車のフロントガラスを粉々に砕いた。
変貌した女がのそりと立ちあがる。顔と髪が銀色になっていた。焼け焦げた衣服を自ら剥ぎ取ると、その下の肌も金属の輝きを放っている。全身が金属でできているような、濡れた光沢に輝いていた。
こんな常識外れな光景は見たことがない……わけでもなかった。凛可にとっては。
驚きとともに、凛可は悟っていた。
この二人もまた、『次元接続体』だと。
周囲の人々も言葉を失い、あたりは奇妙な静けさに包まれた。
鉄の女は、そんなことも気にせず動く。そばに生えていた街路樹をめきめきと抜きとると、赤髪の男へ投げつけた。街路樹はこずえを揺らし、土の弧を描きながら飛ぶ。
赤髪の男はすんでのところで横に飛んだ。
「クソッ!」
男が倒れていた車を、落下した街路樹が押しつぶす。
今度は赤髪の男が反撃したようだった。いくつもの火の玉が、女の身体を襲う。金属の肌は燃えないが、明らかにその熱を嫌がっているようだった。
静けさが破られる。
人々が口々に叫んだ。
「うわぁぁぁーっ!」
「警察を呼べ!」
「怪物よ! 助けて!」
周囲は喧騒に沸き立つ。
悲鳴を上げて建物内に駆け込む者、逆にスーパーの敷地から逃げ出す者、階段の陰に身を伏せて様子見する者など、反応は多様だった。
美好が凛可をひっぱりながら、泣きそうな声をだす。
「凛可、逃げよう。ここ、危ないよぉ……」
「そ、そうね、こんなの手に負えないわ!」
このような超人のいさかいに、普通の人間が巻き込まれたらひとたまりもない。そう思って身を翻したとき。
突風が吹いた。昨晩のように。
凛可の背後から、聞き覚えのある声がする。
「このケンカ、オレが買おう! 紳士、淑女のおふた方!」
凛可は期待を込めて振り返った。視線の先にはやはり、次元接続体・一、『イチ』が立っていた。
水球キャップと水中メガネで顔を隠し、ほぼ全裸。黒い手袋とパンツは身につけているものの、今日はマントがなかった。そして裸足。
イチはちょうど、炎の男と鉄の女の中間の位置に立って、争う二人に目配せしてみせた。
束の間、その場が凍りつく。
だが、すぐさま薄氷は砕かれた。
動いたのはイチだった。
弾かれたように、後方倒立回転飛びで後ろへ跳ねる。彼がいた場所に赤い炎が燃え上がった。イチはくるくるとバク転し、駐車場の車の上をも渡っていく。次々と炎の塊が出現して、それを追った。
美好が凛可の腕を引っ張ってくる。
「凛可、早く中に入ろう!」
凛可は美好を振りほどいて言った。
「美好は行って! わたし、見てるから!」
凛可は傾斜路から続く階段に身をかがめて、成り行きを見守ることにした。
稀な存在であるはずなのに、次々と現れる次元接続体。
もちろん凛可は、昨日までそんな超人たちのことは知らなかった。これには一体、どんな意味があるのか。少なくとも、凛可には見届ける義務があるような気さえしていた。
そして、また目の前に登場したイチ。
彼に抱いている感情をなんといえばいいのか、凛可には分からなかった。
イチと炎の男が争っているうちに、鉄の女が肌をきらめかせながら駐輪場所に行った。一台の中型バイクに手をかける。武器として、バイクを投げつけるつもりかもしれない。
そこへ、疾風とともにイチが戻ってきた。
勢いそのままに、鉄の女へ体当たりをかます。鉄の女は吹っ飛び、けたたましい金属音を立てながら転がった。
倒れそうになったバイクを支えて、イチが咎める。
「他人の財産だぞ! 何するつもりだ!」
それからすぐに、左へ跳ぶ。立っていた場所を炎が焼いた。イチは仲裁するつもりで来たはずなのに、二人を相手に戦うことになっている。
イチが声を荒げた。
「厄介な飛び道具だな! まずはキサマだ!」
イチは炎の男に狙いを定めて、突っ込んでいく。弾丸のような速さで右に左に移動しつつ、距離をつめた。
炎の男はイチの動きを追えない様子で、あてずっぽうに炎をばらまいたが、すぐに肉薄された。
イチはすれ違いざまに、右の手刀を振るって、炎の男を打撃した。
炎の男が道路わきの植え込みに倒れ込む。即座に上半身を起こすが、似合わない悲鳴をあげた。
「うわあぁぁぁっ!」
男の右腕は変な方向に曲がっていた。二の腕の途中で折れている。超人である次元接続体としては、それほど頑丈な身体ではなかったらしい。
イチはショックを受けた様子で、動きを止めて言った。
「しまった! ごめん……っ」
動きの止まったところを、抜け目のない炎の一撃が襲った。イチの上半身が炎に包まれる。イチは身体を捻って逃げたが、水球キャップには火がつき、水中メガネは溶けて形が崩れていた。
凛可は快く目覚めた。
一夜明けて、今日は日曜だった。
ほどよい睡眠を経てしまうと、昨晩の出来事は非現実的すぎて、凛可の実体験としてまだ馴染んでいなかった。何より日曜の朝は忙しい。凛可にはアルバイトがあった。急いで支度を済ませて、自転車で店へ向かう。
寝起きから三十分のち、凛可はケーキ屋の店先で呼び込みをかけていた。
「いらっしゃいませー! 当店オリジナル、香津(こうづ)の杜ロールはいかかですか~」
白いフリルの付いた紺色のメイド服に身を包み、元気よく声をあげる。すでに昨日の夜の珍事件など、意識の外だった。
制服には小さめのエプロンと、頭にのせるプリムも付いている。もともとこの制服が着たくて始めたバイトだった。
ケーキ屋は、三階建ての大型スーパーの地下階にある。地上との直通路からすぐの場所なので、人通りは多かった。
凛可の隣では、友人の黒田美好(くろだ・みよし)が、同じメイド服を着て声を張る。
「香津の杜ロールは、限定四十個となっておりまーす。お早めにどうぞ~」
それから美好は黒縁メガネをキラリと反射させて、凛可に声低く話しかけてきた。
「この前さ~、あそこに……」と、指を差す。
美好の指し示した先は、他の飲食店が軒を連ねたフードコートだった。店で買った食べ物を食べるために、客が自由に使えるテーブルと椅子がずらっと並んでいる。
指先を揺らして、美好は続けた。
「あそこの隅にさー、なんかぶにょっとしたのが、こっちにゴツイカメラ向けてるの。よくよく見てみたら、秋田よ! もちろん、同じクラスの秋田!」
そんなこと、凛可には初耳だったので訊いてみる。
「それって、わたしが休みの日のこと?」
「ううん。アタシと入れ替わりになる日。凛可のメイド姿狙ってたんじゃないの、あのオタク。何の因果か、アタシ、あいつのメルアド知ってたのね。通報してやるってメールしたら消えたわ!」
「それはご苦労さまです」
「盗み撮りとかってサイテー。変態よ、変態」
美好の最後の言葉が、凛可の意識を揺さぶった。
変態……。例えば、裸で夜の街を走り回っている、正義の変態もいる……、ような気がする。昨晩のありえない戦いが断片的に思い出された。
次元接続体は稀な存在であり、もう出会うこともない。
そうは言われたものの、凛可は再び興味が募っていくのを感じていた。
三好が心配そうな声で話しかけてきた。
「ちょっと凛可、ボーっとしないで!」
「あ、ごめん。なんでもない……」
そう答えたとき、建物の外から大きな音が響いた。
金属が潰れるような、ぐしゃりという重々しい音だった。凛可は直感した。たぶん自動車事故だ。
美好が目を輝かせながら、凛可の手を取る。
「事故じゃない? 見に行ってみよう」
「それはマズイんじゃないスか、美好さん?」
「パティシエの人がいるから大丈夫だよ。さぁ!」
「もぉ~……」
一応、不承不承といった様子をみせたが、実のところ凛可もどんな事故か見にいきたいところだった。美好と手をつないで地上に向かう傾斜路を上がっていく。
出口を出るとすぐ前が道路で、その先に屋外駐車場が広がっている。道路の右と左、両方の先は自動車の出入口になっているが、事故が起きていたのは左の出入り口だった。
丸っこいデザインの軽自動車と、黒いスポーツカーがぶつかっていた。スポーツカーのほうはボンネットに炎が描かれている。
軽自動車が駐車場から出ようとしたところへ、スポーツカーが突っ込んできて正面衝突したらしい。悪いのは明らかに、黒いスポーツカーのほうだった。スポーツカーが入ってこようとしたのは、出口専用の車線だったのだから、凛可にも一目瞭然だった。
熱烈なキスをして潰れあった車のまわりには、すでに幾人かの人だかりが取り巻いていた。二人の人間が激しく口論している。女と男。
厚手のセーターを着た、髪の長い痩せた女は、軽自動車の持ち主らしい。神経質そうな印象を受ける。
対するスポーツカーの運転者は、赤く染めた髪を逆立て、上も下も黒革仕立てだった。性格も荒っぽそうだ。
美好が不安そうに呟いた。
「あの男、まともじゃないよねぇ? 女の人、怖くないのかな……?」
凛可の見るところでは、女のほうの勢いが強い。もちろん、彼女の怒りは正当なものだろう。
凛可は言った。
「あの女の人も強そうだけど、どのみち早く警察を呼んだほうがいいよね? もう、わたしが呼ぶ!」
凛可は、スカートのポケットから電話を取り出そうとした。
そこへ、乾いた破裂音が響く。凛可は驚いて、反射的に音のしたほうへ目を向けた。
髪の長い女が腕を伸ばし、赤髪の男が倒れていた。
女のが、男の頬を張り飛ばしたらしい。見た目の細さに反して力が強かったらしく、男のほうは鼻血をだして、潰れた愛車のボンネットに突っ伏していた。
男の顔が持ち上がり、自分を張り飛ばした女をにらみつける。
次の瞬間、凛可は理解しがたいものを目にした。くぐもった音ともに、女の身体が炎に包まれたのだった。
男女の混じった悲鳴があがり、人だかりが散らばる。
美好も悲鳴を上げた。
「キャアァァァーッ!」
凛可は息を呑み、目をみはった。衝撃で身動きできない。
女が煙をあげながら倒れたところへ、赤髪の男が歩み寄り、さらに追撃の蹴りを叩き込む。だが、その顔が驚きに凍った。男が足をあげて、ひっくり返るように宙を舞う。女に足首をつかまれていた。そのまま、怪力で振り回される。女は遠心力を貯めこむと手を離した。男は数メートルもの距離を投げ飛ばされ、駐車したあった車のフロントガラスを粉々に砕いた。
変貌した女がのそりと立ちあがる。顔と髪が銀色になっていた。焼け焦げた衣服を自ら剥ぎ取ると、その下の肌も金属の輝きを放っている。全身が金属でできているような、濡れた光沢に輝いていた。
こんな常識外れな光景は見たことがない……わけでもなかった。凛可にとっては。
驚きとともに、凛可は悟っていた。
この二人もまた、『次元接続体』だと。
周囲の人々も言葉を失い、あたりは奇妙な静けさに包まれた。
鉄の女は、そんなことも気にせず動く。そばに生えていた街路樹をめきめきと抜きとると、赤髪の男へ投げつけた。街路樹はこずえを揺らし、土の弧を描きながら飛ぶ。
赤髪の男はすんでのところで横に飛んだ。
「クソッ!」
男が倒れていた車を、落下した街路樹が押しつぶす。
今度は赤髪の男が反撃したようだった。いくつもの火の玉が、女の身体を襲う。金属の肌は燃えないが、明らかにその熱を嫌がっているようだった。
静けさが破られる。
人々が口々に叫んだ。
「うわぁぁぁーっ!」
「警察を呼べ!」
「怪物よ! 助けて!」
周囲は喧騒に沸き立つ。
悲鳴を上げて建物内に駆け込む者、逆にスーパーの敷地から逃げ出す者、階段の陰に身を伏せて様子見する者など、反応は多様だった。
美好が凛可をひっぱりながら、泣きそうな声をだす。
「凛可、逃げよう。ここ、危ないよぉ……」
「そ、そうね、こんなの手に負えないわ!」
このような超人のいさかいに、普通の人間が巻き込まれたらひとたまりもない。そう思って身を翻したとき。
突風が吹いた。昨晩のように。
凛可の背後から、聞き覚えのある声がする。
「このケンカ、オレが買おう! 紳士、淑女のおふた方!」
凛可は期待を込めて振り返った。視線の先にはやはり、次元接続体・一、『イチ』が立っていた。
水球キャップと水中メガネで顔を隠し、ほぼ全裸。黒い手袋とパンツは身につけているものの、今日はマントがなかった。そして裸足。
イチはちょうど、炎の男と鉄の女の中間の位置に立って、争う二人に目配せしてみせた。
束の間、その場が凍りつく。
だが、すぐさま薄氷は砕かれた。
動いたのはイチだった。
弾かれたように、後方倒立回転飛びで後ろへ跳ねる。彼がいた場所に赤い炎が燃え上がった。イチはくるくるとバク転し、駐車場の車の上をも渡っていく。次々と炎の塊が出現して、それを追った。
美好が凛可の腕を引っ張ってくる。
「凛可、早く中に入ろう!」
凛可は美好を振りほどいて言った。
「美好は行って! わたし、見てるから!」
凛可は傾斜路から続く階段に身をかがめて、成り行きを見守ることにした。
稀な存在であるはずなのに、次々と現れる次元接続体。
もちろん凛可は、昨日までそんな超人たちのことは知らなかった。これには一体、どんな意味があるのか。少なくとも、凛可には見届ける義務があるような気さえしていた。
そして、また目の前に登場したイチ。
彼に抱いている感情をなんといえばいいのか、凛可には分からなかった。
イチと炎の男が争っているうちに、鉄の女が肌をきらめかせながら駐輪場所に行った。一台の中型バイクに手をかける。武器として、バイクを投げつけるつもりかもしれない。
そこへ、疾風とともにイチが戻ってきた。
勢いそのままに、鉄の女へ体当たりをかます。鉄の女は吹っ飛び、けたたましい金属音を立てながら転がった。
倒れそうになったバイクを支えて、イチが咎める。
「他人の財産だぞ! 何するつもりだ!」
それからすぐに、左へ跳ぶ。立っていた場所を炎が焼いた。イチは仲裁するつもりで来たはずなのに、二人を相手に戦うことになっている。
イチが声を荒げた。
「厄介な飛び道具だな! まずはキサマだ!」
イチは炎の男に狙いを定めて、突っ込んでいく。弾丸のような速さで右に左に移動しつつ、距離をつめた。
炎の男はイチの動きを追えない様子で、あてずっぽうに炎をばらまいたが、すぐに肉薄された。
イチはすれ違いざまに、右の手刀を振るって、炎の男を打撃した。
炎の男が道路わきの植え込みに倒れ込む。即座に上半身を起こすが、似合わない悲鳴をあげた。
「うわあぁぁぁっ!」
男の右腕は変な方向に曲がっていた。二の腕の途中で折れている。超人である次元接続体としては、それほど頑丈な身体ではなかったらしい。
イチはショックを受けた様子で、動きを止めて言った。
「しまった! ごめん……っ」
動きの止まったところを、抜け目のない炎の一撃が襲った。イチの上半身が炎に包まれる。イチは身体を捻って逃げたが、水球キャップには火がつき、水中メガネは溶けて形が崩れていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
テンミリオンベイビー
浅野新
ライト文芸
少子高齢化は止まることを知らず、合法的に代理出産ビジネスが認められている近未来の日本。主人公はビジネスとして健康な子供を次々にもうけ、のし上がっていく。
幸福とは何か。子供とは何か。生きるとは何かを風刺をまじえて書く。
『♡ Kyoko Love ♡』☆『 LOVE YOU!』のスピン・オフ 最後のほうで香のその後が書かれています。
設樂理沙
ライト文芸
過去、付き合う相手が切れたことがほぼない
くらい、見た目も内面もチャーミングな石川恭子。
結婚なんてあまり興味なく生きてきたが、周囲の素敵な女性たちに
感化され、意識が変わっていくアラフォー女子のお話。
ゆるい展開ですが、読んで頂けましたら幸いです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
亀卦川康之との付き合いを止めた恭子の、その後の♡*♥Love Romance♥*♡
お楽しみください。
不定期更新とさせていただきますが基本今回は午後6時前後
に更新してゆく予定にしています。
♡画像はILLUSTRATION STORE様有償画像
(許可をいただき加工しています)
今日、私は浮気します
文月・F・アキオ
ライト文芸
ついにこの日がやって来てしまった。
これで良かったと思う反面、これをきっかけに家族が完全崩壊したらどうしよう、とも思う。
結婚14年目の菅野美由希(33)は、三人の子供を持つ主婦である。夫婦仲は良好で、ご近所ではそこそこ評判のオシドリ夫婦だ。
しかし周囲は知らなかった。美由希が常に離婚を視野に入れながら悩んでいたことを――
セックスレスに陥って十数年、美由希はついに解決への一歩を踏み出すことにした。
(今日、私は浮気します)
•―――――――――――•
表題作を含めた様々な人物の日常を描くショートショート小説集《現代版》。
一話あたり1,000文字〜5,000文字の読み切りで構成。
まれにシリーズ作品もあり(?)の、終わりなき小説集のため、執筆状態[完結] のまま随時新作を追加していきます。
●10/10現在、準備中のネタ数:8話
(10日か20日に)気まぐれに更新していきす。
後宮の下賜姫様
四宮 あか
ライト文芸
薬屋では、国試という国を挙げての祭りにちっともうまみがない。
商魂たくましい母方の血を強く譲り受けたリンメイは、得意の饅頭を使い金を稼ぐことを思いついた。
試験に悩み胃が痛む若者には胃腸にいい薬を練りこんだものを。
クマがひどい若者には、よく眠れる薬草を練りこんだものを。
饅頭を売るだけではなく、薬屋としてもちゃんとやれることはやったから、流石に文句のつけようもないでしょう。
これで、薬屋の跡取りは私で決まったな!と思ったときに。
リンメイのもとに、後宮に上がるようにお達しがきたからさぁ大変。好きな男を市井において、一年どうか待っていてとリンメイは後宮に入った。
今日から毎日20時更新します。
予約ミスで29話とんでおりましたすみません。
空を切り取った物語
本棚に住む猫(アメジストの猫又)
ライト文芸
────────
その空模様は、知られていて知られていない。誰も知らないかつての木とは違っていて、そうである。
その切り取った短い出来事には、伝えきれないモノ。拾いきれないのにも関わらず、一時(ひととき)のモノになるそれは、空のように変化するのだろう。
────────
こちらは、言わば別作の《想いの樹木(Leaf Memories 〜想いの樹木〜)》の原材のようなものです。
別のアプリで、台本として活躍している物語をここでも輝かせたいという、自分の子供のような存在の作品達を投稿するものです。
何故、この短い台本達を〖空〗と名付けたかというのは、この短い物語たちはすぐに変わってしまう空のように、「一時の物」という読み手の中ではその物語はすぐに消えてしまう様な存在です。
ですが、空というものは忘れられる存在なのにも関わらず、忘れられない存在にもなり得ます。
また、写真のようにその空を切り取るということも出来ます。
難しく書きましたが、簡単に言うと《同じ空はこれからも無い。人の気持ちや想いのように、出来事が生まれて消えて忘れてしまう。
そんな出来事をカメラのように切り取ったモノがこの台本。》
全然難しいままですみません!
でも、私の作る台本は「忘れられる」「忘れられない」「日常的にそこにある」そんな作品です。
誰かの心に生きる。写真のように切り取られたそんな物語を作っていければと、思っています。
注意事項
台本なので、どこかで借りて発信したいという時は、コメントで教えてください。
台本は、男女兼用ですので一人称や二人称、語尾、多少のアレンジや言い換え等々…変更可能なので、自分が言いやすいように感じたままで演じてもらえればと思います!
演じていただく事について、《蛇足》と《作者の独り言》と最初の「─」の間にある言葉は読まないでくださいね
「─」の間のは見出しのような、タイトルのようなものなので、気にしないでください
1番禁じているのは、自分が作ったのだと偽る事です。
皆さんがそんな事をしないと私は信じておりますが、こういったものは言っておかないと、注意喚起や何か起こった時、そして皆さんを守る事も考えて言っております。
更新日は、1ヶ月の中で第一・第三・第五の水曜日と金曜日に投稿いたします。
時間は17時に投稿いたしますので、よろしくお願いいたします。
イシャータの受難
ペイザンヌ
ライト文芸
猫を愛する全ての方に捧げる猫目線からの物語です──1話が平均2500文字、5~6分で読了できるくらいの長さとなっております。
【あらすじ】人間と同じように猫にだって派閥がある。それは“野良猫”と“飼い猫”だ。【 シャム猫のイシャータ(♀)】は突然飼い主から捨てられ、何の不自由もない“飼い猫”生活から今まで蔑視していた“野良猫”の世界へと転落してしまう。ろくに自分の身さえ守れないイシャータだったが今度は捨て猫だった【 子猫の“佐藤 ”】の面倒までみることになってしまい、共に飢えや偏見、孤独を乗り越えていく。そんなある日、以前淡い恋心を抱いていた【風来坊の野良猫、 ヴァン=ブラン 】が町に帰ってきた。それを皮切りにイシャータとその仲間たちは【隣町のボス猫、ザンパノ 】との大きな縄張り争いにまで巻き込まれていくのだったが…………
3部構成、全41話。それぞれ1話1話にテーマを置いて書いております。シリアス、コメディ、せつなさ、成長、孤独、仲間、バトル、恋愛、ハードボイルド、歌、ヒーロー、陰謀、救済、推理、死、ナンセンス、転生、じれじれからもふもふ、まで、私的に出来うる限りのものを詰め込んだつもりです。個人、集団、つらい時やどうしようもない時、そんな時に生きる希望や勇気の沸く、そして読み終わった後にできうる限り元気になれる、そんな物語にしようという指針のもとに書きました。よろしくお願いいたします。(小説家になろうさん、カクヨムさんとの重複投稿です)
可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス
竹比古
ライト文芸
先生、ぼくたちは幸福だったのに、異常だったのですか?
周りの身勝手な人たちは、不幸そうなのに正常だったのですか?
世の人々から、可ではなく、不可というレッテルを貼られ、まるで鴉(カフカ)を見るように厭な顔をされる精神病患者たち。
USA帰りの青年精神科医と、その秘書が、総合病院の一角たる精神科病棟で、或いは行く先々で、ボーダーラインの向こう側にいる人々と出会う。
可ではなく、不可をつけられた人たちとどう向き合い、接するのか。
何か事情がありそうな少年秘書と、青年精神科医の一話読みきりシリーズ。
大雑把な春名と、小舅のような仁の前に現れる、今日の患者は……。
※以前、他サイトで掲載していたものです。
※一部、性描写(必要描写です)があります。苦手な方はお気を付けください。
※表紙画:フリーイラストの加工です。
召喚体質、返上希望
篠原 皐月
ファンタジー
資産運用会社、桐生アセットマネジメント勤務の高梨天輝(あき)は、幼少期に両親を事故で失い、二卵性双生児の妹、海晴(みはる)の他は近親者がいない、天涯孤独一歩手前状態。しかし妹に加え、姉妹を引き取った遠縁の桐生家の面々に囲まれ、色々物思う事はあったものの無事に成長。
長じるに従い、才能豊かな妹や義理の兄弟と己を比較して劣等感を感じることはあったものの、25歳の今現在はアナリストとしての仕事にも慣れ、比較的平穏な日々を送っていた。と思いきや、異世界召喚という、自分の正気を疑う事態が勃発。
しかもそれは既に家族が把握済みの上、自分以外にも同様のトラブルに巻き込まれた人物がいたらしいと判明し、天輝の困惑は深まる一方。果たして、天輝はこれまで同様の平穏な生活を取り戻せるのか?
以前、単発読み切りで出した『備えあれば憂いなし』の連載版で、「カクヨム」「小説家になろう」からの転載作品になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる