侵略のポップコーン

進常椀富

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彼方より来るもの3

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 テホルルもまた超体だという。
 過去になんらかの文明の衝突があって生まれた超人なのだった。
 鈴木は地上から宇宙空間の船を撃墜するほどの力を持ち、
 テホルルは何百光年もの距離をテレポートし、あらゆる攻撃を無効化する。
 超人と超人の戦いだった。
 それでも何か突破口を見つけねばならない。
 時間もなかった。
 この艦が地球に落下するまで、それほど時間は残されていないだろう。
 テホルルのほうはこちらを倒せなくても構わないのだ。時間を稼げればいいだけなのだから。
 その事実に早くも敗北感が増していく。
 鈴木は焦った。

「とにかくビィィムッ!」
 鈴木は撃つ。テホルルは分散して離れたところに実体化する。そして笑う。
「フハハハ! 無駄だ! このまま母星に堕ちて死ぬがよい!」
「とにかくビィィムッ!」
「フハハハ!」

 確かにこれといって打つ手はなかった。
 鈴木は撃ち、テホルルが無効化し、笑う。
 それを幾度か繰り返す。結果は同じだった。

 焦燥感が鈴木に疲労となってのしかかかった。鈴木は荒い息をついて膝に手をつく。
 ふと気づくと、司令室にはうっすらと焦げたにおいが漂っていた。
 それはもしかすると、テホルルにわずかでもダメージを与えている痕跡ではないのか。
 鈴木は意識を集中して辺りの様子を窺った。

 第三の眼が捉えた。
 床に小さなバッタのようなものが焦げて転がっている。
 数は少ないが、あちこちに。

 これは! 

 鈴木は答えを見つけたような気がした。 
「テホルル、おまえ、小さな虫の集合体なのか!」
「ほう、見抜いたか。その額の眼、伊達ではないようだな。しかしだからといってどうする? お前の力は効かない」

 テホルルは自分の実態を認めた。
 黒い敗北感に満たされていた鈴木の心に光明が差す。
 とうとう巡ってきた勝利の予感に、鈴木の魂は燃えあがった。
 別の言い方をすれば、テンションあがりすぎてちょっとおかしくなっていた。

 そうだ……。

 虫なら!

 食べちゃえばいいじゃんね?

 鈴木は本能に導かれるようにして結論に至った。
「とにかくビィィムッ!」
 鈴木は撃つ。
 テホルルは霧に分散した。
 そのなかへ鈴木は突っ込んでいった。
 大きな口を開けて。
 口のなかにテホルルを構成する小さな虫たちが大量に入ってくる。
 ここまでやったのだからもう躊躇はしない。
 鈴木は口を閉じて、それを咀嚼する。
 パリパリとした甲殻を噛み砕くと、なかはジューシィな筋肉質だった。
 香り高く、うま味がじわっと広がる。

 うん、うまい。これならいくらでも食べられる。

 実体化し、自分の身になにが起こったかを悟った様子で、テホルルは慄いた。
「貴様、我を、我を食したというのか!?」

 眼のすわった鈴木が、指を突きつけて言い放つ。
「テホルル、アンタ、もう少し塩っけがあったらサイコーだったぜ?」
「貴様はコロス!」
 テホルルが打ち据えようと突進してくる。
「ビィムッ!」
「うぎゃぁ!」
 鈴木は容易く返り討ちにして、分散したテホルルを口に詰める。
 咀嚼しているとメリコがよろよろと立ちあがった。
「スズキ、いったいなにをしているの?」
「メリコちゃん。テホルルは虫の集合体だったんだよ。だから食べられる! おいしいよ」
 理屈がちょっとおかしかったが、実際にやってしまっているのだからしかたない。鈴木の目の色はやや狂気を帯びていたかもしれない。だが、メリコも同じ色に目を輝かせて応じた。
「わかった! おいしいならアタシも食べる!」 
 メリコは実体化したテホルルに引き金を絞る。
 光線が命中してテホルルは分散した。
 そのなかへ口を開けてメリコが走りこんでいく。

 メリコの口はいっぱいになっていた。
 ボリボリと咀嚼しながら親指をあげる。やはりうまいらしい。

 こうなると飛び道具を持たないテホルルには対抗手段がなくなっていた。
 鈴木とメリコを前に、身を震わせる。
「貴様ら、貴様ら、やめろぉぉー!」 
「とにかくビィィムッ!」
 ビームが当たり、テホルルはなすすべもなく分散する。
 そして鈴木とメリコに食われていく。
 
 鈴木は叫んだ。
「うぉおおおおーッ!」

 ばりばりばりばり、ムシャア!

 メリコも叫ぶ。
「なんのぉーっ!」

 ばりばりばりばり、ムシャア!

 地球を何度も滅亡させるだけの権力と能力を持った宇宙の超人に対し、
 地球の食文化から生まれた食欲が炸裂する。
 それは超次元食殺空間の展開であった。

 ある意味おぞましい闘争が続いた五分後。
 テホルルはもとの大きさの三分の一にまでなっていた。
 抵抗をやめて、威厳のかけらもなくなったキィキィ声で懇願する。
「もうやめてほしいお。これ以上食べられたら自我が保てなくなってしまうお」

 鈴木はげっぷをしながら、容赦ない眼光を放つ。
「言いたいことはそれだけか?」

 テホルルは怯えながら言った。
「す、すぐマザーシップをもとの軌道に戻すお。だからそのあいだテレポートの儀式を邪魔しないで欲しいんだお。我はもう帰るお」
「いいだろう、すぐやれ」
 テホルルは両手をあげて大きな声をあげた。
「はいほー! はいほっほっほっほ!」
 マザーシップ全体がかすかに振動したような感じがした。
 テホルルは「ほ、ほ、ほ、ぷ、ぷ、ぷ」と腰を振ったり足を伸ばしたりして踊りはじめた。
 もはや文明破壊者の面影もない。

 逃げていた進常がひょっこりと戻ってくる。
「あれがテレポートに必要な準備か。あれを目の前でやられて傍観していたっていう宇宙連邦の捜査員もたいがいだな」
 そして鈴木の肩を叩く。
「よくやった鈴木くん! いやぁ、史上稀に見る気持ち悪い戦いだったな。あんなの見てたせいでわたし少し痩せたと思う」
「わりとクセになりそうな味でした」

 戦いを見守っていたアマガが、いまは司令室のコンソールを操作している。
「地球への落下コースは回避されました。このままのコースと加速度が維持されれば、すぐにもとの軌道へ戻ります」

 回復したモルゲニーが鈴木の頭の横を飛び回る。
「もういまならヤツを殺ってしまってもよいのではないか。殺ってしまえば後腐れなしじゃ」

 鈴木は困ったような顔をした。
「まあ、逃げるやつを追い打ちしなくても」

 それが聞こえたのかどうか、テホルルは「ぷぉいっ!」と一声大きく叫び、
 両手両足を広げて消えた。テレポートしたのだった。

 テホルルが中央宇宙連邦の捜査員に捕まりに行ったのか、
 それともどこか遠い故郷へと帰っていったのか、それはわからない。
 でももう鈴木たちにはどうでもいいことだった。
 鈴木たちは勝った。
 地球を救ったのだった。

 少しの間をおいて、艦内の照明が削減されて、また薄暗くなった。
 マザーシップはふたたび中央宇宙連邦の管理下に入ったらしかった。
 もうほとんどの機能は使えない。

 アマガはコンソールから離れた。
「もう生命維持に関する制御しかできなくなりました。地球に落ちる心配もありません。戦いは終わりです」

「やったっ! さすがスズキ!」
 メリコが鈴木に抱きつく。

「厚かましいヤツじゃのう! わらわもハグするのじゃ!」
 モルゲニーも鈴木の首にかじりつく。

「は、は、ははは……」
 鈴木は困ったような顔をして二人に腕を回していた。

 進常が苦々しげに言う。
「まったく青春振りまきやがって、ガキンチョどもが。帰りはゆったりシートで帰れるんだろ? 早く地球に帰してくれ」

 その後、鈴木たち一同はマザーシップの乗組員全員から熱い拍手と喝采で出迎えられるのであった。
 戦いは終わった。
 テホルル・ペットフーズによる地球侵略は頓挫し、
 その全資産は中央宇宙連邦によって凍結された。
 本拠地にいる重要関係者は処罰を受けることだろう。
 数々の文明を滅ぼしてきたテホルル・ペットフーズはここに、
 小さな地球の英雄の手によって、終焉を迎えたのであった。




 数カ月後。
 地球は中央宇宙連邦に加盟することになった。
 地球人は外宇宙の存在に戸惑ったものの、よく対応している。
 まだわずかな交流が始まったばかりだった。

 進常は予定通り十億円を手に入れた。その金で鈴木の家を建て替えてやった。
 それだけじゃない。
 進常は土地を買い、そこを均してアスファルト舗装し、地球初の外宇宙専門の宇宙港とした。敷地内には簡単な宿泊施設も建てた。
 その従業員はテホルル・ペットフーズのもと社員たちである。
 リーダーはもちろん、メリコとアマガだった。

 進常の宇宙港には異星テクノロジーもふんだんに使われている。
 それは一度故郷に帰ったモルゲニーによってもたらされた、アンザレクト製品が多い。

 地球は中央宇宙連邦には加盟していないアンザレクトとも交流を始めたのだった。
 輝かしい実績といえよう。

 季節は冬となっていた。
「シンジョー! 寒いー! カンパニースーツを制服に採用してよー!」
「ばかやろー、あれは金がかかるんだ! 却下!」
「ぐー……」
「おい、発着係が寝ておるぞ。わらわは知らんからな」
「みんなー、タケムシ買ってきたよ!! 食べるひとー?」
「はーい!」
 ひとりしか返事しない。
 しかし、ひとりは確実に増えた。鈴木の虫仲間は。

 戦いが終わったあと、鈴木も進常も急に友だちが増えた。
 だいたい異星人だ。
 地球が星々と交流する専門の窓口は、もちろん設けられている。
 だが、民間レベルで本当の交流を行っているのは、まだ鈴木たちだけだった。
 それは未来への貴重な資産となるだろう。

 鈴木の髪は生えてきたし、進常は驚く早さで痩せていった。これはこれでよろしい。
 友達が増えたこと。
 それは地球を滅亡から救った報いとしては小さいものだろう。
 それでも鈴木は満足していたし、進常は充実した日々を送っていた。
 地球を救った報酬など、それぐらいでいいのかもしれない。
 悪いものじゃない。
 鈴木は真冬の透き通った空を見あげてそう思うのだった。おわり。

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