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第一章 異世界のアルコータス

決意

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 爆発を生き残ったモンスターの群れが、谷底に殺到する。
 軽やかな銃声が連なり、弦が軋み、矢が空気を切って降り注いだ。
 モンスターは大きく数を減らしながらも、防衛線に近づく。
 やがて戦士の怒号と、モンスターの唸り声が交じり合う。
 接近戦も始まった。
 崖の上からも、谷底に向かって射撃が行われた。
 マトイやマトイちゃん親衛隊、その他の銃士たち、ヒサメを始めとする弓の使い手たちが、できるだけ接近戦を防ごうと懸命になった。
 俺とナムリッド、それにもう一人の魔道士は魔力の温存を命じられていた。
 今はただ見守るばかりだ。
 近くで誰かが叫んだ。
「来たぞ!」
 モンスターの一軍が、ここを目指して崖の斜路を登ってくる。
 先頭は巨大なサイのような四足獣だった。
 そいつが角を一振りすると、バリケードにしていた車が弾き飛ばされる。
 サイの後ろには、やはり大型の熊のような獣、そしてオークの群れが続いていた。
 マトイたち射撃部隊が移動して、こちらに攻撃を集中する。
 接近戦部隊は身構えた。
 俺はここを力の使い所ととらえた。
『緊急魔法陣多重展開!』
 俺の関節のほとんどで赤い輪が回り、一気に魔力が醸成される。
 俺は魔法を放った。
「デクリーザー!」
 目標は先頭のサイだ。
 サイの巨体は瞬時に三十メートルは飛び上がった。
 そこで俺は魔力を切る。
 巨体は落下し、後ろに続いていた多くのモンスターを押し潰した。
 阿鼻叫喚の断末魔が響き渡る。
 サイのほうはよろよろと起き上がったが、一声鳴いてふたたび倒れた。
 サイは自重による落下の衝撃で死んだ。
 これは使える。
 そう気づいた俺は、デクリーザーを連発した。
 バリケードに使った車を目標とし、浮かべては叩き落す。
 モンスターの群れの密度が高い分、向こうの被害は大きかった。
 モンスターたちは車を避けるようになり、進撃の速度は大幅に落ちた。
 どこかの自警団員が、そばを通り過ぎながら笑顔を向けてきた。
「おまえは魔人かよ!」
 攻撃を生き抜き、接近戦に入るモンスターもいた。
 だが待ち受けるのは団長にトゥリー、アデーレ、クラウパーという戦い慣れした戦士だ。
 他の自警団員も勇猛ぶりを存分に発揮した。
 いまのところ、榴弾砲部隊右翼は鉄壁だった。
「空から来るぞ!」と、誰かが叫んだ。
 見上げると、空を飛んで急速に近づいてくる三つの巨大な影があった。
 エイのような身体に髑髏の頭、屈強な二本の腕を持っている。
 俺は他を放って、そのうちの一体に意識を集中した。
 通常魔法陣を展開して魔法を放つ。
「インクリーザー!」
 目標となった空飛ぶエイが、飛ぶ力を失ったように落下する。
 多くのモンスターを押し潰したところへ榴弾が落ち、始末をつけた。
 もう一匹には銃弾と矢が浴びせられたが、なかなか死なず、榴弾砲のトラックへ襲いかかろうとした。
 そこはナムリッドの魔法が守った。
「ウインドミル!」
 突風がモンスターを巻き込み、きりもみさせてトラックの後ろへ落下させた。
 団長が駆けつけ、ギルティープレジャーで首を落とす。
 さらに、動きが止まるまで銃弾と矢が叩きこまれた。
 こちら側、右翼はこの襲撃をなんとかしのいだ。
 しかし、左翼はうまくなかった。
 最終的に空飛ぶエイを倒したものの、榴弾砲が三台、砲手とともに谷底に落とされた。
 それから数時間、俺たちは戦い続けた。
 モンスターの群れはきりがなかった。
 犠牲者の数はまだ少なかったが、ちょっとした油断が命取りになる場合を多く見た。
 俺たちは持ちこたえた。
 だが、じりじりと削られていた。
 太陽が正午を指すころ、突如として、モンスターの波が引き始めた。
 追い打ちをかけつつも、勝どきの声が上がる。
 モンスターの数はまだまだ多い。
 俺は腑に落ちないながらも一息ついた。
 そこへ指揮官であるベクターさんがやってきた。
「おぬし、立派じゃったの。こちら側は榴弾砲を一台も失っておらん」
 俺は聞いてみた。
「ヤツら、なんで引いていったんですか……?」
 ベクターさんは杖で太陽を指した。
「モンスターの活性がいちばん鈍る時間帯じゃ。夜には攻撃が再開されるじゃろう。見事なまでに統率されておる。いままでありえなかったことじゃ。統率者を発見し、叩けねば勝てん。じゃが、今は休め」
 ベクターさんは状況を見回りに、下へ降りていった。
 俺も崖下の様子を伺うと、義勇兵の多くが戦場に散らばったトリファクツ結晶を拾い集めていた。
 それだけならいいが、持ちきれるだけ集めてしまうと、アルコータスの方角へ帰ってしまう者も少なからず出てきた。
 まあ仕方ない。
 俺たちだって、どこまで踏ん張れるかわかったものじゃなかった。
 火が起こされ、食事が始まる。
 俺たちは言葉少なに、クラッカーやドライフルーツを口に運んだ。
 いちばん具合が悪そうなのは、イリアンだった。
 青い顔をして、浅い息をついている。
 マナ・ファクツの使いすぎだった。
 ロシューは妹を気遣って言った。
「次の攻撃が始まったら、弾込めと砲手を交代する。だが、俺では何発撃てるか……」
 団長も口を開く。
「次の攻撃が始まったら、谷底の動向に注意しながら戦え。軍が突破されたら囲まれる前に脱出するぞ」
 トゥリーも諦めたような口調で言った。
「けっきょく数には敵わないかね。十倍じゃきかないほどだもんな」
 ぐったりと休憩していると、再びベクターさんが現れた。
「各団長、集まるのじゃ」
 その声は低かった。
 ベクターさんもトークタグを装備しているに違いない。
 突然、ざわめきが広がった。
「敵だ!」と声が上がる。
 指差すほうへ目を向けると空中だった。
 黒いローブを着て、スタッフを持った人間らしい姿が、直立姿勢で空を飛んでくる。
 ベクターさんが言った。
「全軍、いま近づいて来る者を撃つな。来させてやれ」
 ローブの男は攻撃を受けないとわかると、俺たちの目の前に着地した。
 褐色の肌をした初老の男だった。
 男はよく通る声で言った。
「われはマイアズマ・デポ管理人の一人、テガッツァ。ここの指揮者どのにお目通り願いたい」
 ベクターさんが進み出る。
「わしが指揮官の一人じゃ」
 テガッツァは不躾に言った。
「敵の最大の武器は?」
 ベクターさんは怯まず答えた。
「統率じゃ」
「さよう。それはわれらにも興味深い問題だった。そこでわれらは研究の手を休めて観察し、そして知った。外の世界がどうなろうと大したことではないが、知ったからには教えてやろうと、ここまで参った」
「何をじゃ?」
 テガッツァは空中に杖で円を描いた。
 その中に、モンスターの軍勢の俯瞰が映し出される。
 モンスターの軍勢の所々から光の線が走り、それがマイアズマ・デポ寄りのある一点に集中した。
「この光が集中する一点に、敵の指揮者がおる。強大な魔力でモンスターに秩序を与え、一手に掌握しておるのだ」
 俺たちはテガッツァを囲んで、感嘆の声を漏らした。
 いまこそ、敵の正体が判明したのだった。
 ベクターさんが言う。
「じゃが、そこまで行く手段がない。おぬしがやってくれるのか?」
 テガッツァは低く笑った。
「まさか。相手は少なくとも強大な魔道士。ことによると類まれなデーモンなるぞ。われは助力をいたすが、命までは捧げん。手段はそちらで考えていただこう」
「飛べる魔道士はみな死んでしまった」
 戦いの中、飛べる魔道士に榴弾を持たせて、爆撃機のように攻撃させたのだった。
 その攻撃は確かに効いた。
 しかし、モンスターの中には対空手段を持つものがいた。
 魔法的な力で剣を飛ばして、引き返させる前にみな殺してしまったのだった。
 アルクラッド団長が唸った。
「血路を開いて押し通るには距離がありすぎる。無理だ」
 トゥリーもあごを撫でながら言う。
「空を飛べて、爆発的な攻撃力を持つヤツが必要か……」
 俺の胸が軽くうずいた。
 他の自警団員たちも口々に相談し始めた。
 俺には一つ妙案があったが、黙っている。
 相手は強大な魔道士だ。
 一人では命の危険が大きい。
 俺はこんなところで死にたくなかった。
 ここでそこそこ戦って撤退したほうが、割よく生き延びられる。
 ベクターさんが嘆息した。
「ではやはり、地道に戦うしかないようじゃ。勝負を早く決することができれば、エッジワンの民も救えたじゃろうが……」
 俺は驚いた。
 エッジワンの住民は皆殺しにされたんじゃなかったのか!?
 慌ててベクターさんに聞く。
「どういうことですか? エッジワンに生き残りがいるっていうんですか?」
「そうじゃ。戦える者はみな死んだじゃろう。じゃが、エッジワンには万が一の場合のシェルターがあったのじゃ。女、子供、年寄りはそこに避難しているはずじゃ。数千人が入れる規模じゃが、住民は油断しておったからロクな備蓄はないじゃろう。餓死するか、外に出てモンスターの餌食になるかしか、道はない」
「……」
 俺は言葉を失った。
 クソッ、聞くんじゃなかった!
 ここに向かってくるあいだに避難民とほとんど出会わなかったのは、そういうことだったのか!
  まだ数千人も生き残りがいて、餓死が迫ってるだなんて!
 俺には数千人の命を救うために、試せるだけの力があった。
 しかし、自分の命と引き換えだ。
 悩んだ。
 悩んだが、けっきょく、ここで自分の考えに素知らぬふりをしたら、今後麗しい女性陣たちとの楽しい時間は過ごせなくなるだろう。
 もしかしたら、俺がこの世界に飛ばされたのも、この数千人を救うためだったのかもしれない。
 俺は震えを抑えながら申し出た。
「俺が行くよ」
 周囲に沈黙が降りた。
 一度口にしてしまうと、度胸が湧いてきた。
「俺なら行ける。……いや、俺だけができる!」
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