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君が死ぬまでの10日間
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夏の日だった。
僕は車に惹かれて死にかけた。
僕の魂は1週間生死の間をさまよって、結局生きることにしたようだ。
頭を撃って、僕は片方目がおかしくなった。
可笑しくなった。
ぼくは―
教室は、暖かくて、懐かしい匂いがする。
だから眠くなった。だから寝た。それだけなのに、先生は今日も怒る。
「おはよう。桜、授業中なのに寝るなんて凄いね、見習いたいよ。」
桜と呼ばれた僕は、声が聞こえた左斜め後ろを振り返る。長い髪が綺麗になびいた彼女は、僕を桜と呼ぶ。正確には桜華なんだけど、彼女が生きてる間に僕を桜華と呼ぶことはもうなさそうだ。
「見習う程のことではないよ。」ぶっきらぼうに返事をすると、彼女は笑った。大きな濁りのない目で、僕を見つめる。目を逸らしたくなる。
彼女は小宮香澄。僕と生まれた年代、日にちが同じで、近所にすんでる、いわゆる幼なじみ。彼女は余命、10日だ。
僕は目が可笑しくなってしまったようで、人の寿命が日数で分かるらしい。人の頭上に数字が映し出されている。事故の後だったから、それが関わっているのは確かだろう。調べると、事故や事件がきっかけで、本来目覚めるはずのない人間の能力が目覚めてしまう、なんてことが稀にあるらしい。そんなことよっぽどのことがないとありえないはずなのに、よりにもよって、僕に、だ。
ちなみに僕はあと約2万3000日。ほぼ65年にあたいする。今17歳だから82まで生きる計算になる。なんて健康体なんだろう。生まれた日は香澄と全く変わらないのに、こうも寿命というものは変わるんだな、神様はどうも意地悪が大好きらしい。これは自分で延ばしたり縮めたりすることは出来ないらしく、どれだけ自殺を試みようと失敗した。首吊りではロープが切れ、入水では助けられ、飛び降りでは着地の仕方が良かったらしく足を骨折程度ですんでしまった。つまりこれは定められた日数であり自分ではどうにも出来ない。
さすがにこれを知った時はデ⚫ノートかよ。と1人で笑ってしまった。この数字が死へのカウントダウンであることを知ったのはつい最近だ。それまでは精神年齢だとか、そういうことだと思っていた。まあ、だとしたら2万3000の僕はなんなんだって話になるんだけど。
数字がゼロの猫を見た。珍しいと思って近づこうとしたら車に跳ねられて死んだ。最初はまさかと思ったけど、数字がゼロの動物は、寿命、事故など、何らかの死を遂げている。その時、僕は残りの数が10幾つの香澄を思い出した。
香澄にはこのことを伝えてある。信じるはずもないと思ったけど、せめて残りの時間を悔いなく過ごして欲しかった。すると彼女は笑った。
「そっか、それは残念だ。」
なんて、他人事みたいに。出来ればそうじゃない方が良かったな。ぐらいに。軽く。ただ、自分の死が日曜日である事に気付くと、驚くほどに悲しい顔をした。理由を聞くと、
「せっかくの日曜日なんだから、死になんか費やしていないでお母さんとお茶したかったな。」
なんて苦笑した。
トントン、と、肩を叩かれ再度左斜め後ろを振り返る。
「今日、私死んじゃうかも知れないから、一緒にかえろう、」
「君は10日後に死ぬんだ。今日死ぬことはありえないから大丈夫だよ。」
「んー。死ぬ前にアイスを買って欲しい。買ってくれなかったら夜寝る瞬間だけ耳元で蚊が飛んでる音がする呪いをかけるかもしれない。」
「……しょうがないな。」
「レモン味がいいな。」
こんな会話、死ぬ10日前にするものじゃないな。普通だったら、最後の思い出に、海へ行ったり、やりたいことをやりまくったりするのに、彼女はいつもと変わらない笑顔で笑う。優しすぎるその笑顔が壊れてしまうのは、少し嫌だな、と思った。
君が死ぬまで、あと10日。
「どうしたんだい。桜よ。」
「今練炭自殺をしようとしてたら香澄が部屋に入ってきて換気が終了しちゃったとこ。」
「なにそれ、ウケる。」
「僕の部屋なんだけど。まあ、いいや、君は尽く僕の自殺を阻止して行くね。」
「当たり前でしょう。だって私自殺妨害委員会の会長だもの。」
「何それ。すごいね。」
「そんなのあるわけないじゃん。ばかなの?」
「……なんのようだったの?残りの時間が少ないのに来たってことは大切な用なんでしょ?」
「まあ……ね、」
「借りてたマンガ返しにきたの。」
「僕はそんな事のためにまた死期を逃すのか。」
「いやぁ、面白かったよ。特に主人公が食べようとしたオタマジャクシに食べられて死んじゃうところ。」
「これワ⚫ピースだからそんなシーンないと思うけどな。」
「あ、それより、」
「またすぐ話変える。」
「死にたくてたまらない君にいい殺し屋を教えてあげよう。」
彼女はスマホの画面を僕に見せた。
「いや……ゴルゴじゃん。ゴルゴじゃん。」
「え、なんで今2回もいったの?」
「その人実在しないけど。」
「えっ……これノンフィクションじゃなかったの!?」
「嫌だよ。本当にそんなことあったら。」
「じゃあしょうがないね。」
漫画を受け取るついでに聞いてみる。
「電車に惹かれる自殺方法なら痛みを感じる前に死ねると思うんだ。」
「いや、絶対それくそ写メ撮られるやつ……あ。そういうの好きなの?世の中には色んな変態がいるんだね 。」
「僕はその変態のどこにも属したくないから飛び降りは辞めておくよ。」
「ねえ、漫画の続き、墓前にお供えしといてね。」
「なんで君はお供え物をリクエストするのさ。」
「それがレモン味の飴ちゃん。」
「君ってつくづく僕の話を無視するね。悪口言っても聞こえないんじゃないかとおもうよ。ばーかばーか」
「私は死ぬ前に君に角に曲がる度に足の小指をぶつける呪いをかけるよ。」
君が死ぬまで、あと9日。
「ねえ、桜くん。」
「どうしたのさ、いきなり君付けなんかして、死ぬんじゃないの?」
「残念だね、あと8日も生きられる。」
こんな洒落にならないような不謹慎な会話、スタバでしていていいのだろうか、
「私ね、みんなに死んじゃうことまだいってないんだ。」
「信じるんだね。……え、家族にも?」
「そうだよ。家族にも。あ、でもシロには言ったかな、覚えてる?2人で拾った柴のシロ、」
「覚えてるけど……それより、なんで言わないのさ、なんか言っておいた方がいいんじゃないの?」
「んー。サプライズ?」
「嫌だな、そんなサプライズ、君が死んじゃうなんて、」
「桜は私が死ぬの悲しいのかな。」
「……どうだろうね、誰であろうと、人が死ぬのは悲しいこと何じゃないかな。でもやっぱり、いざ死なれないとよくわからないな。」
「それは、桜らしいね。実に桜らしいよ。白黒付けない感じ、男らしくないぞ。」
「僕は別に男らしさなんて求めてないさ、」
ひねくれて捻れまくった回答に自分にも嫌気が指して、僕はコーヒーを口に含んだ。……苦い。どうやら砂糖を入れ忘れたようだ。
そう言えば、彼女は死ぬ前に何をしたいんだろう。そう考えたのもつかの間、僕は課題が終わってないことを思い出し、ノートを広げた。
「お、受験勉強かな。ご苦労だね、私は受験の前に死ねるから。」
「将来の夢もないのに勉強することほど苦痛なことはないと思うな。まあ、80まで生きれてるってことはそれなりの環境に身をおけてるのかも。」
「名探偵桜。」
「うるさい。」
君が死ぬまで、あと8日。
図書委員の僕と香澄は本の整頓をしていた。
香澄は暑いのか、長い髪を上で束ねている。
「普通に学校来るんだ。休めば良いのに。」
「桜は私に学校を休んで欲しいの?」
「別にそうは言ってないだろ。」
「私が死んじゃったら誰が桜を学校にたどり着かせるのさ。」
「いつも1人で行けてるよ。」
「そんな桜君に無事に学校にたどり着ける方法を教えてあげるよ。」
「君は本当に話を聞かないんだね。」
「地図は上が北で下が南だから、上に行けばたどり着けるよ。」
「上ってどっちだよ、それに僕らの学校は確かに北って学校名に入ってるけど僕の家からはだいぶ南だろ。ねえ、本当に死ぬまでにやりたいことはないの?」
「うーん。」
彼女はハッとして、手に持っている本を落とした。
「なんかの間違いでジャスティン・ビーバーと結婚したい」
「いや、むりだろ、」
落とした本を拾うと少しだけガッカリした表情を浮かべた彼女はまた考え始めた。
「正直に言うと寿命もうすぐって言う時怖かったんだよ。犯罪にでも手を染め始めたらどうしようって。」
「えっ……。そんなのめんどくさいやん。」
「香澄らしいね。」
「あー。でもそういう発想はなかったな。犯罪かあ……「やめろ。」
「あっ……あのね、青春したい。」
「諦めるべきだと思う。」
「えー。なんも出来へんじゃない。」
君が死ぬまで、あと7日。
「ねえ、あの子、泣いてるよ。」
「そうだね。」
下校中、彼女は幼稚園児と思わしき泣いている女の子に声をかけに行った。しょうがなく僕も後に着く。交番にでも行こうか、と話していると、
「あ、ママー!!」
と、女の子が1人の女性に走っていった。この子の母親だろう。
「カエデ、どこにいってたの、心配したのよ、」
きっと、楓と書くんだろう。なんてしようもない事を考えてるあいだに、女の子は母親に抱きついた。母親は、
「ありがとうございます。」
といって、飴を僕達に1つずつくれた。今どき小学生でもない限りこんなの、喜ばないだろ、と横をみると、香澄は驚くくらい喜んでいて、なんだか尊敬した。僕が何かした訳では無いので、2人が去った後に僕の飴は香澄にあげた。「カエデちゃんか、いい名前だね、」
声に出してしまっていた。
「名前覚えたの?もしかしてそういう趣味なの?」
「違うよ、僕は健全な男子高校生さ、花言葉の話をしてるの。楓の花言葉は『遠慮』、『美しい変化』、あと、」
「あと?」
「……『大切な思い出。』」
「へえ、」
少しだけ間が空いた。
「詳しいんだね、ただでさえ名前負けしてるのに中身まで女子になるつもりなの?将来桜がそっち系の道に進むのだとしたら私、心配で死ねないや。」
「別にそんなつもりは無いけど、名前負けの意味間違えてるよ、名前負けって言うのは名前が立派すぎて帰って実質が見劣りすることを指すんだから。キミ、僕の名前が桜華ってこと知ってる?」
「えっ、なにそれ、初耳なんだけど、」
そう言って彼女は飴の入った袋を破った。
美味しそうに食べている顔は活き活きしていて、とてもあと1週間もしたら死んでしまう人の顔になんかみえない。
「どうして人を助けられるんだい?それは余裕がある人がすることだ。残り少ない時間を大切にするべきだとおもうけどなあ、」
少し考える仕草をしたあと、彼女は応えた。
「大切って言うのは自分のために生きるって事?自分のために生きようと、人は死ぬんだよ。」
「そんなこと、わかってるさ、」
彼女はニッコリと笑った。
まだ1つ口の中に残っているのにも関わらず、本日2つ目のレモン味の飴は口の中に消えていった。
君が死ぬまで、あと6日。
彼女は残りの日数を、こんな風にして生きていて良いのだろうか。そんなことを教室で考えていると、彼女の声が聞こえた。
「やあ桜、そんなしかめっ面してると禿げるよ。」
「僕のお父さんは禿げてないし、おじいちゃんもそこまでだから、遺伝子的に僕は禿げないんじゃないかな。」
「君は突然変異っていう言葉をしらないの?」
「僕は突然変異で禿げるの?」
「そうじゃないとも言いきれないでしょ。」
「それは嫌だな。」
「ワカメがいいらしいよ。頭に被ってなよ。」
「昆布だし、使い方違うよ。カツラ目的なのだとしてもオタマジャクシの脳みそ並に気持ちの悪い生物になっちゃうよ。」
「わかりやすい例えをありがとう。ねえ、ラタトゥイユ食べたいな。」
「急だね。そんな本場の発音で言わなくても耳は悪くないから大丈夫だよ。それ食べたことあるの?」
「ないけど、」
「ないんだ。」
「私の墓前にはラタトゥ―ユかチョコレートケーキがいいな。」
「なんで君はそういう腐りやすい食べ物をチョイスするのかな。」
「そうか、生きたいとは思わなかったけど、死んだらもうラタトューユはたべれないのか。」
「そうだね、君の代わりに僕が死ねたらいいのにね。」
「いやだよ、そんなにも羨ましがられたらなんだか良いものな気がしてきた。どうして君はそんなにも死にたがるのさ、」
「君にはいえないけど、君のせいだよ。」
「え、なんかしたっけ、記憶にないんだけど。」
「ちがうけど。うーん。そうだな。でも、僕のコーヒーを飲んだ上に吐き出した時はそう思ったかな。」
「そうかあ。桜はそんなにも思い悩んでいたのか。そうだ。代わりに私が死んであげるよ。」
「それ、最初と変わらないから。」
君が死ぬまであとり5日。
「えっ、なんでご飯1人で食べてるの?友達居ないの?」
「はやく死んでしまえばのに。」
「あー。そういうこと言ったら先生におこられるんだぞー。あれ?桜って卵焼ききらいだっけ、入ってない。好きじゃなかった?」
「好きだったよ。君の手作りの卵焼きをたべるまでは。」
「あー、あれ」
「あれから僕は卵焼き恐怖症に陥って二度と卵焼きが食べられない体になってしまったんだよ。」
「あら、かわいそう。あと65年も生きなければならないと言うのに。」
「いや、だから君のせいなんだって、」
「覚えてないから罪じゃない。」
「さっきあれっていってたじゃないか。まあいいけどさ、」
「思ったんだけど、遺品整理ってなにすんだろうね。やっといた方がいい事とかあるのかしら。」
「さあ、よくわかんないけど、今のうちに要らないものと遺してて欲しいもの分けといた方がいいんじゃないかな。要らないもの、なんなら僕が貰うし。」
「そうだなあ。強いて言うなら足の小指の関節は要らないと思う。」
「貰ったら僕は足の小指の関節が2つになっちゃうじゃないか。人の話は聞くべきだよ。」
「聞いてたよ。トーマスがガスコンロの上で爆発したんでしょ?」
「卒業式は写真で出席するのかな。」
「つっこんでくれや……。うーん。そうだ。」
彼女はポッケをガサガサし始めた。一体なにが入っているんだろうか。すごい音だ。
「はい。これ。形見に持っておくといいよ。」
「消しゴムは形見にしてはしょぼすぎるし、それにこれ、僕が三日前に貸したやつだから。」
「あぁ、道理で見覚えのない。」
「君は見覚えのない消しゴムを仮にも17年間共に生きてきた僕に形見として渡したのか。」
「でも、私、死なないきがしてきた。」
「うん。僕もそんな気がするけど。」
「まあ、どんな全知全能も、おバカさんも、人は死ぬからね。いずれ死ぬんなら、私は納得して死にたいな。」
「こうやって変な会話を繰り返すことが納得に繋がるの?絶対家族と過ごした方がいいと思うけどな。」
「私の命なんだから、私がいいと決めたらいいの。私は小さな幸せを追い求めたいタイプなの。」
「小さな幸せねえ……。」
君が死ぬまで、あと4日。
「これ、あげるよ。」
「桜からなにか貰う日がくるなんて。何これ。」
「誕生日プレゼント毎年あげてるだろ
お守り。」
食堂でテレビを見ながら、僕達は昼食を食べていた。周りは人の声で騒がしく、ニュースの声が聞こえない。どうやら通り魔とか、焼死した謎の死体とか、物騒なことが流れているらしい。お守りをじっと見た彼女は応えた。
「これ、無病息災じゃん。もう死んじゃう人に渡しても意味ないんじゃないの。」
「まあ、死なない気がしてきたとか前に言ってたから。」
「言ってたっけ。生死無常ってしらない?」
「それ、意味わかるの。」
「わかんない。」
「わかんないんだ。まあ、使う意味は間違ってないかも。」
「え、教えてよ。」
「君の持ってるスマホはおもちゃなの?」
「えー。」
と言いながらも彼女はスマホをいじり始めた。
「人の命の儚さをいう言葉。だって、ねえ、これ知ってた私実は頭いいんじゃない?」
「じゃあ、意味も知ってた僕はもっといい訳だ。」
「君は例外なの。」
「例外は君だろ。」
「ふーん。」
彼女は僕をじっと見つめる。
「思ったんだけど。香澄って格好美人だよね。」
「え、君はついに余命少ない幼なじみにさえ手を出すようになったの?恐ろしいな。」
「僕は誰にも手を出したことは無いよ。余命少ない幼なじみは彼氏を作ったりしないのかな。っておもっただけ。」
「大丈夫だよ。私のことは桜が貰ってくれるんでしょ?」
「ん?なにそれ、当たり前のように言ってるけど、僕聞いてない。」
「だって、私言ったじゃない。婚約するって」
「こんにゃくって言ってたけどね。あれ4歳くらいのことだろ?なんで昨日のことを忘れちゃう君が4歳の時をおぼえてるのさ。」
「おでん食べてると思い出すよ。」
「冬限定じゃん。しかも君が今食べてるのはラーメンだしね。もっと体に良いもの食べなよ。」
「別に死んじゃうんだしいいじゃない。」
「それ言われると何も言えなくなるな。寿命伝えなくっても同じことしてそうだよね。」
「なんで桜はなんでもお見通しなんだろね。」
「実は僕、神様なんだ。」
「何言ってるの?バカじゃないの?」
「乗ってやったのに」
「桜のくせに、そんなこそしなくても大丈夫なのよ。可哀想になるじゃないの。」
「どこに哀れまれる要素があるのかは分からないけど。」
「君はベジタリヤンなんだね。」
「ベジタリアンね。ガッツリは食べる気になれないだけだよ。」
「そんなこと言ってたら死ぬよ。」
「生憎ながらあと65年も生きる予定だ。何があるんだろうね。心配でたまらないよ。まるで先の長いマラソンみたいだ。今まで生きてきた17年間があと約3・8回繰り返される。」
「死ぬ私からしたら心配出来ることすらいいことに思えるよ。」
「あー、そういう見方もあるのか。あ、遺書とか書かないの?」
「遺書ってなんだ、」
「そんなことも知らないでよく今まで生きてきたね。」
「私は強いからね。」
「死んだらこうして欲しい。とか、死んだ後に伝える要望とか伝言を書くの。」
「お葬式はデ⚫ズニーランドでやって欲しいとか、お供え物はラタトューユかチョコレートケーキが良いとか?」
「君は頭に病気を抱えていて、それで死ぬのかもしれないね。」
「大丈夫だよ。毎年お母さんと健康診断言ってるから。」
「ああ、香澄の家の人って結構気を使うよね。そういうとこ。じゃあ事故かな。」
「痛いのかな。」
「どうだろうね。」
「痛いのかあ……」
「人の話は聞こうね。」
君が死ぬまで、あと3日。
「あと2日だよ。明後日に死ぬんだよ。なんで学校来ちゃうかなぁ。」
「君はびっくりするほど、私が学校に来るのを嫌がるんだね。」
「僕は君に家族との時間を大切にしてもらいたいだけなんだ。死ぬ瞬間に後悔をして欲しくないんだよ。」
「これってさ、これで死ななかったらマジでウケるよね」
「うん。僕の能力は動物にしか適応しないのかも。」
「はーい残念、動物は動く物と書いて動物です、人間も動くので人間も動物です。」
「なに小学生並みの発想を展開させてるのさ。」
「私の唯一の得意分野の勉強だったからね、」
「そんな勉強ないから。ねえ、死ぬのって怖くないの?」
「うーん。どうだろう。実感が湧いてないのか知らないけど、そんなに怖くないかなあ。」
「僕は君を心底尊敬するよ。僕は自分の寿命が来るのが怖くてたまらない。だからその前に死んでしまいたい。」
「それが君が死にたい理由?」
「2割くらいはそうかな。」
「すっくなっ。あ。前から言おうとしてたんだけど、手首みせて。」
「いいけど。面白くもないよ。」
彼女は僕の手をとる。彼女の手は暖かかった。
そこにはリスカの痕があったはずだ。
「オシャレさんか。」
「君はリスカを知らないようだね。君が死ぬことに関して、家族にはなんかいったの?」
「そうだな。確かラタトューユが食べたいって言うのはウザがられるほど言ったから墓前にラタトューユをお供えしてくれることは間違いないよ。」
「いや、そういう事じゃないんだけど。ラタトューユって夏野菜をオリーブで炒めてトマト加えてワインで煮て作る、野菜ベースの料理って知ってた?」
「え、そうなの?私、夏野菜嫌いなんだけど。」
「野菜が嫌いの間違いだろ。」
「ラタトューユってなんかすごいオシャレな名前だから絶対肉料理だと思ってた。」
「オシャレ=肉料理の意味がわからないんだけど。」
「ええ、私は死んでからずっと嫌いな食べ物を与えられ続けるのかあ。」
「実際、死んだらどうなるんだろうね、」
「そんなの、誰もわかりはしないよ。でも、きっと、楽しいところだよ。」
「うん。そうだといいね。あー。でも、数々の暴言を僕に、浴びせてきたから、地獄に行っちゃうのかも。」
「ばか。」
デコピンを僕に浴びせようとしたもんだから、僕はサッと避けた。
「暴力。」
「あっ!でも、死ぬならね、かっこよく死にたいな。ただひとりでに死ぬよりも。死ぬ瞬間だけでも、誰かのヒーローになりたい。」
「君はいつでもヒーローだよ。」
「ん?どういうこと?」
「死ぬ時くらい自分のために生きろってこと。良い?僕は君が悲しむのも、君の両親が悲しむのも見たくないの。今日帰ったら親とシロに感謝の気持ちを伝えること。」
「お、おう。分かった。」
きっと、最初の死の文字も理解出来てないんだろうな。 僕が彼女の頭の数字を気にしているのもお構い無しに、彼女は今日も僕以上に活き活きしている。
君が死ぬまで、あと2日。
「ちゃんと感謝、伝えて来たんだろうね。出来るのなら今日は家にいて欲しかったな。ねえ、なんでうち来ちゃうの。」
「家にいてもやることないし、」
「事故して死ぬんだから家にいるのが1番安全だろ?」
「死にたくないから家に居るって、なんか嫌じゃん。」
「そういうものなのかな。僕、焦ってるんだけど。」
「どうしたの?課題が終わんないとか?大丈夫だよ。今日土曜日だから。明日日曜日っていうのがあって、その内にやっておけばいいんだから」
「君は話を聞かない上に勝手に話を展開させていくんだね。想像力なら誰にも負けないんじゃないかな。完全に話の流れからして、君のことに決まってるじゃないか。」
「えっ、私なんかしたっけ、」
「僕できるなら君に死んで欲しくくないんだけど。」
「そうなの?」
「うん。なのに、君は何も、何も周りを見ず行動しちゃうから、僕の知らないうちに死んじゃうんじゃと思って。」
「へえ、」
「だから、今日は君の家にいて欲しい。」
「ここにいたら、君が守ってくれるんじゃないの。それに、私が死ぬのは明日だから、今日は死なないよ。」
「僕よりも、家族のそばにいて欲しいんだけど。」
「大丈夫だよ。私は死なないから。明日も明後日も、ずっと家族と居られるから。」
そうかもしれない。と思った。
「君は僕の話を信じているのか信じてないのかわかんないな。じゃあ、いいよ、今日のところはここに居ても。ただ。明日はダメ。絶対に。来ても入れてあげないから。」
「わあ、最終手段だね。」
「死なれたら嫌だからね。」
「我儘、許してね。」
「珍しいね。謝るなんて。」
彼女はニッコリ笑った。
いつもと変わらず。
優しく。
綺麗に。
そうだ。死なないかもしれない。
こんなに生命力に溢れた人が、明日死んでしまうなんてありえない。僕も馬鹿だなあ。こんなこと信じて。
翌日、彼女は死んだ。
分かっていた。分かっていたはずだ。
葬式には行きたくなかったけど、お母さん同士、仲が良かったこともあり、半強制的に引っ張られて来た。
嫌だな。葬式なんて。
まるで彼女が本当に死んでしまったみたいだ。
写真の中の彼女はあの笑顔で笑っていた。
死因は、刺殺らしい。いつか、ニュースでやってた、通り魔に刺されたらしい。否、通り魔に刺されそうになっていた子供を助けて、刺されたらしい。あーあ。本当に話を聞かないな。香澄は。最後くらい、自分のために生きろって言ったのに。彼女に触れた。前のような暖かさは感じられなかった。たくさんの花の中に居る彼女は、いつにも増して綺麗に感じた。
ふと、横にお守りがあるのに気付いた。僕があげた、無病息災のお守りだ。結局、効果なかったじゃないか。お守りは、血で濡れ、圧縮されたように潰れていた。つい最近あげたばかりなのに、もう使い古したみたいになっている。
「香澄、僕が自殺したかった理由教えてあげる。僕はね、君が死ぬのを見たくなかったんだ。ただ、それだけなんだ。」
そんな、誰に向けたかも分からない声は、宙に浮いて、煙みたいに消えていった。
「桜華くん。」
後ろから、香澄によく似た声が聞こえた。振り返ると、香澄のお母さんだった。
「これ。香澄からよ。ありがとうね、桜華君、香澄とよく仲良くしてくれて、香澄ね、まるで自分が死ぬのをわかってたみたいに、一昨日、私に『今までありがとう。』って言ったの。遺書まで書いてあって。これは香澄から、桜華君に向けた遺書よ。渡さなきゃと思って。」
時折涙を拭いながら、香澄のお母さんは言った。
なんだ。ちゃんと伝えれてたんだ。感謝の言葉。
「ありがとう、ございます。」
知らないうちに声は震えていた。
「香澄、救急車で運ばれた時、『お守りを取って』って言ったらしいの。桜華君がくれたのよね。あの子、『1番効果のあるお守りだから。』って。」
「っ……」
涙が溢れてきた。泣きたくないのに。
そうか、血まみれでくしゃくしゃだったのは、死ぬ寸前までずっと、ずっとこれを握ってたからなのか。
いつか、僕は香澄に聞かれたことを思い出した。
『桜は私が死ぬの悲しいのかな。』
僕は分からない。と応えた。
ごめん、香澄、やっぱり悲しい。
分かってた。嘘ついた。ごめん。
「これ、帰ってから読みます。絶対読みます。」
そう言っている間も、涙は止まらなかった。
香澄のお母さんは何度も何度も頷いていた。
火葬の前、僕は香澄に「またね。」と言った。
家に帰ると、不思議に虚しさを覚えた。
胸ポケットに入った手紙を取り出す。
涙の付いたいた手で触っていたからか、手紙は少し不格好に曲がっていた。
ベットに座って、ネクタイを緩めて、手紙を開いた。
『桜へ。』
当たり前だけど、香澄の字だった。
綺麗なんだけど、少しだけ崩れていて、可愛らしい、香澄の字だった。
『これを読んでるってことは、私は死んじゃったんだろうね。桜が寂しくならないように、遺書って言うのを書いてみます。』
遺書っていうのって……
『今、君が私が死ぬって言った前日なんだけど、ラタトューユの話、お母さんに撤回しといて。私、野菜は死んでも食べたくないから。代わりにカニカマをお願いしといて。』
僕はパシリなんかじゃないんだけどな。
『せっかくならやっぱり、人のために死にたいな。私はどんなふうに死んだのかな。』
君は最後までヒーローだったよ。
『私、別に死ぬのは怖くないって言ってたよね。あれ嘘だよ。まあ、8割りくらい本当だけど。怖いっていうか、君と話してる時は、もっと話したいって思った。この世に未練なんかないし、やりたいように生きてきたから、いつでも死ねるって思ってたんだけど、唯一心残りがあるって言うならば、君といつもみたいに、楽しくお話が出来なくなることかな。』
……
『君と話してる時は、もっと生きたいって思えたんだ。』
『意外と、こう、死を目の当たりにすると、死にたくないのかもなあって。』
『まあ、死んじゃった後に言うのもなんなんだけどね!!』
……香澄は相変わらずだね。
『死にたくない。なんて言ったらかっこ悪いかな。』
『早すぎる死なんて言われるのかなあ、』
『それはそれでかっこいいのかもしれない』
『婚約、覚えててね。私、すぐ生まれ変わって逢いに行くから。』
あれ、マジだったのか。
『あー、でも生まれ変わった私が17の時は、もう君は80歳かあ。』
すぐ生まれ変わるのだとしたら僕はまだ34だ。難しい計算なら素直に電卓にたよりなよ、
『でも大丈夫。私は約束は破らないよ。』
『だから、少しだけ待っててね。』
『じゃあ、またね。』
『PS・桜華のことが、ずっと好きでした。』
『小宮 香澄より。』
涙が溢れてきた。
「僕だって、香澄がっ……」
「っ……」
言葉が出なかった。
またね。……か。
手紙が入っていた袋の中になにか入っているようだった。
袋を逆さまにすると、鈴の音が聞こえて、中から何かが出てきた。
「これ……」
僕がかすみにあげたお守りと同じお守りが入っていた。あの、無病息災の。
確かこれは、山の上にある神社でしか売っていないはずだ。
お守りに可愛らしい付箋が書いてあった。
「探すの大変だった。」
っ……
今度こそ涙が止まらなかった。
「……長生きするわけだ。」
僕は彼女みたいに、ニッコリ笑った。
おしまい。
僕は車に惹かれて死にかけた。
僕の魂は1週間生死の間をさまよって、結局生きることにしたようだ。
頭を撃って、僕は片方目がおかしくなった。
可笑しくなった。
ぼくは―
教室は、暖かくて、懐かしい匂いがする。
だから眠くなった。だから寝た。それだけなのに、先生は今日も怒る。
「おはよう。桜、授業中なのに寝るなんて凄いね、見習いたいよ。」
桜と呼ばれた僕は、声が聞こえた左斜め後ろを振り返る。長い髪が綺麗になびいた彼女は、僕を桜と呼ぶ。正確には桜華なんだけど、彼女が生きてる間に僕を桜華と呼ぶことはもうなさそうだ。
「見習う程のことではないよ。」ぶっきらぼうに返事をすると、彼女は笑った。大きな濁りのない目で、僕を見つめる。目を逸らしたくなる。
彼女は小宮香澄。僕と生まれた年代、日にちが同じで、近所にすんでる、いわゆる幼なじみ。彼女は余命、10日だ。
僕は目が可笑しくなってしまったようで、人の寿命が日数で分かるらしい。人の頭上に数字が映し出されている。事故の後だったから、それが関わっているのは確かだろう。調べると、事故や事件がきっかけで、本来目覚めるはずのない人間の能力が目覚めてしまう、なんてことが稀にあるらしい。そんなことよっぽどのことがないとありえないはずなのに、よりにもよって、僕に、だ。
ちなみに僕はあと約2万3000日。ほぼ65年にあたいする。今17歳だから82まで生きる計算になる。なんて健康体なんだろう。生まれた日は香澄と全く変わらないのに、こうも寿命というものは変わるんだな、神様はどうも意地悪が大好きらしい。これは自分で延ばしたり縮めたりすることは出来ないらしく、どれだけ自殺を試みようと失敗した。首吊りではロープが切れ、入水では助けられ、飛び降りでは着地の仕方が良かったらしく足を骨折程度ですんでしまった。つまりこれは定められた日数であり自分ではどうにも出来ない。
さすがにこれを知った時はデ⚫ノートかよ。と1人で笑ってしまった。この数字が死へのカウントダウンであることを知ったのはつい最近だ。それまでは精神年齢だとか、そういうことだと思っていた。まあ、だとしたら2万3000の僕はなんなんだって話になるんだけど。
数字がゼロの猫を見た。珍しいと思って近づこうとしたら車に跳ねられて死んだ。最初はまさかと思ったけど、数字がゼロの動物は、寿命、事故など、何らかの死を遂げている。その時、僕は残りの数が10幾つの香澄を思い出した。
香澄にはこのことを伝えてある。信じるはずもないと思ったけど、せめて残りの時間を悔いなく過ごして欲しかった。すると彼女は笑った。
「そっか、それは残念だ。」
なんて、他人事みたいに。出来ればそうじゃない方が良かったな。ぐらいに。軽く。ただ、自分の死が日曜日である事に気付くと、驚くほどに悲しい顔をした。理由を聞くと、
「せっかくの日曜日なんだから、死になんか費やしていないでお母さんとお茶したかったな。」
なんて苦笑した。
トントン、と、肩を叩かれ再度左斜め後ろを振り返る。
「今日、私死んじゃうかも知れないから、一緒にかえろう、」
「君は10日後に死ぬんだ。今日死ぬことはありえないから大丈夫だよ。」
「んー。死ぬ前にアイスを買って欲しい。買ってくれなかったら夜寝る瞬間だけ耳元で蚊が飛んでる音がする呪いをかけるかもしれない。」
「……しょうがないな。」
「レモン味がいいな。」
こんな会話、死ぬ10日前にするものじゃないな。普通だったら、最後の思い出に、海へ行ったり、やりたいことをやりまくったりするのに、彼女はいつもと変わらない笑顔で笑う。優しすぎるその笑顔が壊れてしまうのは、少し嫌だな、と思った。
君が死ぬまで、あと10日。
「どうしたんだい。桜よ。」
「今練炭自殺をしようとしてたら香澄が部屋に入ってきて換気が終了しちゃったとこ。」
「なにそれ、ウケる。」
「僕の部屋なんだけど。まあ、いいや、君は尽く僕の自殺を阻止して行くね。」
「当たり前でしょう。だって私自殺妨害委員会の会長だもの。」
「何それ。すごいね。」
「そんなのあるわけないじゃん。ばかなの?」
「……なんのようだったの?残りの時間が少ないのに来たってことは大切な用なんでしょ?」
「まあ……ね、」
「借りてたマンガ返しにきたの。」
「僕はそんな事のためにまた死期を逃すのか。」
「いやぁ、面白かったよ。特に主人公が食べようとしたオタマジャクシに食べられて死んじゃうところ。」
「これワ⚫ピースだからそんなシーンないと思うけどな。」
「あ、それより、」
「またすぐ話変える。」
「死にたくてたまらない君にいい殺し屋を教えてあげよう。」
彼女はスマホの画面を僕に見せた。
「いや……ゴルゴじゃん。ゴルゴじゃん。」
「え、なんで今2回もいったの?」
「その人実在しないけど。」
「えっ……これノンフィクションじゃなかったの!?」
「嫌だよ。本当にそんなことあったら。」
「じゃあしょうがないね。」
漫画を受け取るついでに聞いてみる。
「電車に惹かれる自殺方法なら痛みを感じる前に死ねると思うんだ。」
「いや、絶対それくそ写メ撮られるやつ……あ。そういうの好きなの?世の中には色んな変態がいるんだね 。」
「僕はその変態のどこにも属したくないから飛び降りは辞めておくよ。」
「ねえ、漫画の続き、墓前にお供えしといてね。」
「なんで君はお供え物をリクエストするのさ。」
「それがレモン味の飴ちゃん。」
「君ってつくづく僕の話を無視するね。悪口言っても聞こえないんじゃないかとおもうよ。ばーかばーか」
「私は死ぬ前に君に角に曲がる度に足の小指をぶつける呪いをかけるよ。」
君が死ぬまで、あと9日。
「ねえ、桜くん。」
「どうしたのさ、いきなり君付けなんかして、死ぬんじゃないの?」
「残念だね、あと8日も生きられる。」
こんな洒落にならないような不謹慎な会話、スタバでしていていいのだろうか、
「私ね、みんなに死んじゃうことまだいってないんだ。」
「信じるんだね。……え、家族にも?」
「そうだよ。家族にも。あ、でもシロには言ったかな、覚えてる?2人で拾った柴のシロ、」
「覚えてるけど……それより、なんで言わないのさ、なんか言っておいた方がいいんじゃないの?」
「んー。サプライズ?」
「嫌だな、そんなサプライズ、君が死んじゃうなんて、」
「桜は私が死ぬの悲しいのかな。」
「……どうだろうね、誰であろうと、人が死ぬのは悲しいこと何じゃないかな。でもやっぱり、いざ死なれないとよくわからないな。」
「それは、桜らしいね。実に桜らしいよ。白黒付けない感じ、男らしくないぞ。」
「僕は別に男らしさなんて求めてないさ、」
ひねくれて捻れまくった回答に自分にも嫌気が指して、僕はコーヒーを口に含んだ。……苦い。どうやら砂糖を入れ忘れたようだ。
そう言えば、彼女は死ぬ前に何をしたいんだろう。そう考えたのもつかの間、僕は課題が終わってないことを思い出し、ノートを広げた。
「お、受験勉強かな。ご苦労だね、私は受験の前に死ねるから。」
「将来の夢もないのに勉強することほど苦痛なことはないと思うな。まあ、80まで生きれてるってことはそれなりの環境に身をおけてるのかも。」
「名探偵桜。」
「うるさい。」
君が死ぬまで、あと8日。
図書委員の僕と香澄は本の整頓をしていた。
香澄は暑いのか、長い髪を上で束ねている。
「普通に学校来るんだ。休めば良いのに。」
「桜は私に学校を休んで欲しいの?」
「別にそうは言ってないだろ。」
「私が死んじゃったら誰が桜を学校にたどり着かせるのさ。」
「いつも1人で行けてるよ。」
「そんな桜君に無事に学校にたどり着ける方法を教えてあげるよ。」
「君は本当に話を聞かないんだね。」
「地図は上が北で下が南だから、上に行けばたどり着けるよ。」
「上ってどっちだよ、それに僕らの学校は確かに北って学校名に入ってるけど僕の家からはだいぶ南だろ。ねえ、本当に死ぬまでにやりたいことはないの?」
「うーん。」
彼女はハッとして、手に持っている本を落とした。
「なんかの間違いでジャスティン・ビーバーと結婚したい」
「いや、むりだろ、」
落とした本を拾うと少しだけガッカリした表情を浮かべた彼女はまた考え始めた。
「正直に言うと寿命もうすぐって言う時怖かったんだよ。犯罪にでも手を染め始めたらどうしようって。」
「えっ……。そんなのめんどくさいやん。」
「香澄らしいね。」
「あー。でもそういう発想はなかったな。犯罪かあ……「やめろ。」
「あっ……あのね、青春したい。」
「諦めるべきだと思う。」
「えー。なんも出来へんじゃない。」
君が死ぬまで、あと7日。
「ねえ、あの子、泣いてるよ。」
「そうだね。」
下校中、彼女は幼稚園児と思わしき泣いている女の子に声をかけに行った。しょうがなく僕も後に着く。交番にでも行こうか、と話していると、
「あ、ママー!!」
と、女の子が1人の女性に走っていった。この子の母親だろう。
「カエデ、どこにいってたの、心配したのよ、」
きっと、楓と書くんだろう。なんてしようもない事を考えてるあいだに、女の子は母親に抱きついた。母親は、
「ありがとうございます。」
といって、飴を僕達に1つずつくれた。今どき小学生でもない限りこんなの、喜ばないだろ、と横をみると、香澄は驚くくらい喜んでいて、なんだか尊敬した。僕が何かした訳では無いので、2人が去った後に僕の飴は香澄にあげた。「カエデちゃんか、いい名前だね、」
声に出してしまっていた。
「名前覚えたの?もしかしてそういう趣味なの?」
「違うよ、僕は健全な男子高校生さ、花言葉の話をしてるの。楓の花言葉は『遠慮』、『美しい変化』、あと、」
「あと?」
「……『大切な思い出。』」
「へえ、」
少しだけ間が空いた。
「詳しいんだね、ただでさえ名前負けしてるのに中身まで女子になるつもりなの?将来桜がそっち系の道に進むのだとしたら私、心配で死ねないや。」
「別にそんなつもりは無いけど、名前負けの意味間違えてるよ、名前負けって言うのは名前が立派すぎて帰って実質が見劣りすることを指すんだから。キミ、僕の名前が桜華ってこと知ってる?」
「えっ、なにそれ、初耳なんだけど、」
そう言って彼女は飴の入った袋を破った。
美味しそうに食べている顔は活き活きしていて、とてもあと1週間もしたら死んでしまう人の顔になんかみえない。
「どうして人を助けられるんだい?それは余裕がある人がすることだ。残り少ない時間を大切にするべきだとおもうけどなあ、」
少し考える仕草をしたあと、彼女は応えた。
「大切って言うのは自分のために生きるって事?自分のために生きようと、人は死ぬんだよ。」
「そんなこと、わかってるさ、」
彼女はニッコリと笑った。
まだ1つ口の中に残っているのにも関わらず、本日2つ目のレモン味の飴は口の中に消えていった。
君が死ぬまで、あと6日。
彼女は残りの日数を、こんな風にして生きていて良いのだろうか。そんなことを教室で考えていると、彼女の声が聞こえた。
「やあ桜、そんなしかめっ面してると禿げるよ。」
「僕のお父さんは禿げてないし、おじいちゃんもそこまでだから、遺伝子的に僕は禿げないんじゃないかな。」
「君は突然変異っていう言葉をしらないの?」
「僕は突然変異で禿げるの?」
「そうじゃないとも言いきれないでしょ。」
「それは嫌だな。」
「ワカメがいいらしいよ。頭に被ってなよ。」
「昆布だし、使い方違うよ。カツラ目的なのだとしてもオタマジャクシの脳みそ並に気持ちの悪い生物になっちゃうよ。」
「わかりやすい例えをありがとう。ねえ、ラタトゥイユ食べたいな。」
「急だね。そんな本場の発音で言わなくても耳は悪くないから大丈夫だよ。それ食べたことあるの?」
「ないけど、」
「ないんだ。」
「私の墓前にはラタトゥ―ユかチョコレートケーキがいいな。」
「なんで君はそういう腐りやすい食べ物をチョイスするのかな。」
「そうか、生きたいとは思わなかったけど、死んだらもうラタトューユはたべれないのか。」
「そうだね、君の代わりに僕が死ねたらいいのにね。」
「いやだよ、そんなにも羨ましがられたらなんだか良いものな気がしてきた。どうして君はそんなにも死にたがるのさ、」
「君にはいえないけど、君のせいだよ。」
「え、なんかしたっけ、記憶にないんだけど。」
「ちがうけど。うーん。そうだな。でも、僕のコーヒーを飲んだ上に吐き出した時はそう思ったかな。」
「そうかあ。桜はそんなにも思い悩んでいたのか。そうだ。代わりに私が死んであげるよ。」
「それ、最初と変わらないから。」
君が死ぬまであとり5日。
「えっ、なんでご飯1人で食べてるの?友達居ないの?」
「はやく死んでしまえばのに。」
「あー。そういうこと言ったら先生におこられるんだぞー。あれ?桜って卵焼ききらいだっけ、入ってない。好きじゃなかった?」
「好きだったよ。君の手作りの卵焼きをたべるまでは。」
「あー、あれ」
「あれから僕は卵焼き恐怖症に陥って二度と卵焼きが食べられない体になってしまったんだよ。」
「あら、かわいそう。あと65年も生きなければならないと言うのに。」
「いや、だから君のせいなんだって、」
「覚えてないから罪じゃない。」
「さっきあれっていってたじゃないか。まあいいけどさ、」
「思ったんだけど、遺品整理ってなにすんだろうね。やっといた方がいい事とかあるのかしら。」
「さあ、よくわかんないけど、今のうちに要らないものと遺してて欲しいもの分けといた方がいいんじゃないかな。要らないもの、なんなら僕が貰うし。」
「そうだなあ。強いて言うなら足の小指の関節は要らないと思う。」
「貰ったら僕は足の小指の関節が2つになっちゃうじゃないか。人の話は聞くべきだよ。」
「聞いてたよ。トーマスがガスコンロの上で爆発したんでしょ?」
「卒業式は写真で出席するのかな。」
「つっこんでくれや……。うーん。そうだ。」
彼女はポッケをガサガサし始めた。一体なにが入っているんだろうか。すごい音だ。
「はい。これ。形見に持っておくといいよ。」
「消しゴムは形見にしてはしょぼすぎるし、それにこれ、僕が三日前に貸したやつだから。」
「あぁ、道理で見覚えのない。」
「君は見覚えのない消しゴムを仮にも17年間共に生きてきた僕に形見として渡したのか。」
「でも、私、死なないきがしてきた。」
「うん。僕もそんな気がするけど。」
「まあ、どんな全知全能も、おバカさんも、人は死ぬからね。いずれ死ぬんなら、私は納得して死にたいな。」
「こうやって変な会話を繰り返すことが納得に繋がるの?絶対家族と過ごした方がいいと思うけどな。」
「私の命なんだから、私がいいと決めたらいいの。私は小さな幸せを追い求めたいタイプなの。」
「小さな幸せねえ……。」
君が死ぬまで、あと4日。
「これ、あげるよ。」
「桜からなにか貰う日がくるなんて。何これ。」
「誕生日プレゼント毎年あげてるだろ
お守り。」
食堂でテレビを見ながら、僕達は昼食を食べていた。周りは人の声で騒がしく、ニュースの声が聞こえない。どうやら通り魔とか、焼死した謎の死体とか、物騒なことが流れているらしい。お守りをじっと見た彼女は応えた。
「これ、無病息災じゃん。もう死んじゃう人に渡しても意味ないんじゃないの。」
「まあ、死なない気がしてきたとか前に言ってたから。」
「言ってたっけ。生死無常ってしらない?」
「それ、意味わかるの。」
「わかんない。」
「わかんないんだ。まあ、使う意味は間違ってないかも。」
「え、教えてよ。」
「君の持ってるスマホはおもちゃなの?」
「えー。」
と言いながらも彼女はスマホをいじり始めた。
「人の命の儚さをいう言葉。だって、ねえ、これ知ってた私実は頭いいんじゃない?」
「じゃあ、意味も知ってた僕はもっといい訳だ。」
「君は例外なの。」
「例外は君だろ。」
「ふーん。」
彼女は僕をじっと見つめる。
「思ったんだけど。香澄って格好美人だよね。」
「え、君はついに余命少ない幼なじみにさえ手を出すようになったの?恐ろしいな。」
「僕は誰にも手を出したことは無いよ。余命少ない幼なじみは彼氏を作ったりしないのかな。っておもっただけ。」
「大丈夫だよ。私のことは桜が貰ってくれるんでしょ?」
「ん?なにそれ、当たり前のように言ってるけど、僕聞いてない。」
「だって、私言ったじゃない。婚約するって」
「こんにゃくって言ってたけどね。あれ4歳くらいのことだろ?なんで昨日のことを忘れちゃう君が4歳の時をおぼえてるのさ。」
「おでん食べてると思い出すよ。」
「冬限定じゃん。しかも君が今食べてるのはラーメンだしね。もっと体に良いもの食べなよ。」
「別に死んじゃうんだしいいじゃない。」
「それ言われると何も言えなくなるな。寿命伝えなくっても同じことしてそうだよね。」
「なんで桜はなんでもお見通しなんだろね。」
「実は僕、神様なんだ。」
「何言ってるの?バカじゃないの?」
「乗ってやったのに」
「桜のくせに、そんなこそしなくても大丈夫なのよ。可哀想になるじゃないの。」
「どこに哀れまれる要素があるのかは分からないけど。」
「君はベジタリヤンなんだね。」
「ベジタリアンね。ガッツリは食べる気になれないだけだよ。」
「そんなこと言ってたら死ぬよ。」
「生憎ながらあと65年も生きる予定だ。何があるんだろうね。心配でたまらないよ。まるで先の長いマラソンみたいだ。今まで生きてきた17年間があと約3・8回繰り返される。」
「死ぬ私からしたら心配出来ることすらいいことに思えるよ。」
「あー、そういう見方もあるのか。あ、遺書とか書かないの?」
「遺書ってなんだ、」
「そんなことも知らないでよく今まで生きてきたね。」
「私は強いからね。」
「死んだらこうして欲しい。とか、死んだ後に伝える要望とか伝言を書くの。」
「お葬式はデ⚫ズニーランドでやって欲しいとか、お供え物はラタトューユかチョコレートケーキが良いとか?」
「君は頭に病気を抱えていて、それで死ぬのかもしれないね。」
「大丈夫だよ。毎年お母さんと健康診断言ってるから。」
「ああ、香澄の家の人って結構気を使うよね。そういうとこ。じゃあ事故かな。」
「痛いのかな。」
「どうだろうね。」
「痛いのかあ……」
「人の話は聞こうね。」
君が死ぬまで、あと3日。
「あと2日だよ。明後日に死ぬんだよ。なんで学校来ちゃうかなぁ。」
「君はびっくりするほど、私が学校に来るのを嫌がるんだね。」
「僕は君に家族との時間を大切にしてもらいたいだけなんだ。死ぬ瞬間に後悔をして欲しくないんだよ。」
「これってさ、これで死ななかったらマジでウケるよね」
「うん。僕の能力は動物にしか適応しないのかも。」
「はーい残念、動物は動く物と書いて動物です、人間も動くので人間も動物です。」
「なに小学生並みの発想を展開させてるのさ。」
「私の唯一の得意分野の勉強だったからね、」
「そんな勉強ないから。ねえ、死ぬのって怖くないの?」
「うーん。どうだろう。実感が湧いてないのか知らないけど、そんなに怖くないかなあ。」
「僕は君を心底尊敬するよ。僕は自分の寿命が来るのが怖くてたまらない。だからその前に死んでしまいたい。」
「それが君が死にたい理由?」
「2割くらいはそうかな。」
「すっくなっ。あ。前から言おうとしてたんだけど、手首みせて。」
「いいけど。面白くもないよ。」
彼女は僕の手をとる。彼女の手は暖かかった。
そこにはリスカの痕があったはずだ。
「オシャレさんか。」
「君はリスカを知らないようだね。君が死ぬことに関して、家族にはなんかいったの?」
「そうだな。確かラタトューユが食べたいって言うのはウザがられるほど言ったから墓前にラタトューユをお供えしてくれることは間違いないよ。」
「いや、そういう事じゃないんだけど。ラタトューユって夏野菜をオリーブで炒めてトマト加えてワインで煮て作る、野菜ベースの料理って知ってた?」
「え、そうなの?私、夏野菜嫌いなんだけど。」
「野菜が嫌いの間違いだろ。」
「ラタトューユってなんかすごいオシャレな名前だから絶対肉料理だと思ってた。」
「オシャレ=肉料理の意味がわからないんだけど。」
「ええ、私は死んでからずっと嫌いな食べ物を与えられ続けるのかあ。」
「実際、死んだらどうなるんだろうね、」
「そんなの、誰もわかりはしないよ。でも、きっと、楽しいところだよ。」
「うん。そうだといいね。あー。でも、数々の暴言を僕に、浴びせてきたから、地獄に行っちゃうのかも。」
「ばか。」
デコピンを僕に浴びせようとしたもんだから、僕はサッと避けた。
「暴力。」
「あっ!でも、死ぬならね、かっこよく死にたいな。ただひとりでに死ぬよりも。死ぬ瞬間だけでも、誰かのヒーローになりたい。」
「君はいつでもヒーローだよ。」
「ん?どういうこと?」
「死ぬ時くらい自分のために生きろってこと。良い?僕は君が悲しむのも、君の両親が悲しむのも見たくないの。今日帰ったら親とシロに感謝の気持ちを伝えること。」
「お、おう。分かった。」
きっと、最初の死の文字も理解出来てないんだろうな。 僕が彼女の頭の数字を気にしているのもお構い無しに、彼女は今日も僕以上に活き活きしている。
君が死ぬまで、あと2日。
「ちゃんと感謝、伝えて来たんだろうね。出来るのなら今日は家にいて欲しかったな。ねえ、なんでうち来ちゃうの。」
「家にいてもやることないし、」
「事故して死ぬんだから家にいるのが1番安全だろ?」
「死にたくないから家に居るって、なんか嫌じゃん。」
「そういうものなのかな。僕、焦ってるんだけど。」
「どうしたの?課題が終わんないとか?大丈夫だよ。今日土曜日だから。明日日曜日っていうのがあって、その内にやっておけばいいんだから」
「君は話を聞かない上に勝手に話を展開させていくんだね。想像力なら誰にも負けないんじゃないかな。完全に話の流れからして、君のことに決まってるじゃないか。」
「えっ、私なんかしたっけ、」
「僕できるなら君に死んで欲しくくないんだけど。」
「そうなの?」
「うん。なのに、君は何も、何も周りを見ず行動しちゃうから、僕の知らないうちに死んじゃうんじゃと思って。」
「へえ、」
「だから、今日は君の家にいて欲しい。」
「ここにいたら、君が守ってくれるんじゃないの。それに、私が死ぬのは明日だから、今日は死なないよ。」
「僕よりも、家族のそばにいて欲しいんだけど。」
「大丈夫だよ。私は死なないから。明日も明後日も、ずっと家族と居られるから。」
そうかもしれない。と思った。
「君は僕の話を信じているのか信じてないのかわかんないな。じゃあ、いいよ、今日のところはここに居ても。ただ。明日はダメ。絶対に。来ても入れてあげないから。」
「わあ、最終手段だね。」
「死なれたら嫌だからね。」
「我儘、許してね。」
「珍しいね。謝るなんて。」
彼女はニッコリ笑った。
いつもと変わらず。
優しく。
綺麗に。
そうだ。死なないかもしれない。
こんなに生命力に溢れた人が、明日死んでしまうなんてありえない。僕も馬鹿だなあ。こんなこと信じて。
翌日、彼女は死んだ。
分かっていた。分かっていたはずだ。
葬式には行きたくなかったけど、お母さん同士、仲が良かったこともあり、半強制的に引っ張られて来た。
嫌だな。葬式なんて。
まるで彼女が本当に死んでしまったみたいだ。
写真の中の彼女はあの笑顔で笑っていた。
死因は、刺殺らしい。いつか、ニュースでやってた、通り魔に刺されたらしい。否、通り魔に刺されそうになっていた子供を助けて、刺されたらしい。あーあ。本当に話を聞かないな。香澄は。最後くらい、自分のために生きろって言ったのに。彼女に触れた。前のような暖かさは感じられなかった。たくさんの花の中に居る彼女は、いつにも増して綺麗に感じた。
ふと、横にお守りがあるのに気付いた。僕があげた、無病息災のお守りだ。結局、効果なかったじゃないか。お守りは、血で濡れ、圧縮されたように潰れていた。つい最近あげたばかりなのに、もう使い古したみたいになっている。
「香澄、僕が自殺したかった理由教えてあげる。僕はね、君が死ぬのを見たくなかったんだ。ただ、それだけなんだ。」
そんな、誰に向けたかも分からない声は、宙に浮いて、煙みたいに消えていった。
「桜華くん。」
後ろから、香澄によく似た声が聞こえた。振り返ると、香澄のお母さんだった。
「これ。香澄からよ。ありがとうね、桜華君、香澄とよく仲良くしてくれて、香澄ね、まるで自分が死ぬのをわかってたみたいに、一昨日、私に『今までありがとう。』って言ったの。遺書まで書いてあって。これは香澄から、桜華君に向けた遺書よ。渡さなきゃと思って。」
時折涙を拭いながら、香澄のお母さんは言った。
なんだ。ちゃんと伝えれてたんだ。感謝の言葉。
「ありがとう、ございます。」
知らないうちに声は震えていた。
「香澄、救急車で運ばれた時、『お守りを取って』って言ったらしいの。桜華君がくれたのよね。あの子、『1番効果のあるお守りだから。』って。」
「っ……」
涙が溢れてきた。泣きたくないのに。
そうか、血まみれでくしゃくしゃだったのは、死ぬ寸前までずっと、ずっとこれを握ってたからなのか。
いつか、僕は香澄に聞かれたことを思い出した。
『桜は私が死ぬの悲しいのかな。』
僕は分からない。と応えた。
ごめん、香澄、やっぱり悲しい。
分かってた。嘘ついた。ごめん。
「これ、帰ってから読みます。絶対読みます。」
そう言っている間も、涙は止まらなかった。
香澄のお母さんは何度も何度も頷いていた。
火葬の前、僕は香澄に「またね。」と言った。
家に帰ると、不思議に虚しさを覚えた。
胸ポケットに入った手紙を取り出す。
涙の付いたいた手で触っていたからか、手紙は少し不格好に曲がっていた。
ベットに座って、ネクタイを緩めて、手紙を開いた。
『桜へ。』
当たり前だけど、香澄の字だった。
綺麗なんだけど、少しだけ崩れていて、可愛らしい、香澄の字だった。
『これを読んでるってことは、私は死んじゃったんだろうね。桜が寂しくならないように、遺書って言うのを書いてみます。』
遺書っていうのって……
『今、君が私が死ぬって言った前日なんだけど、ラタトューユの話、お母さんに撤回しといて。私、野菜は死んでも食べたくないから。代わりにカニカマをお願いしといて。』
僕はパシリなんかじゃないんだけどな。
『せっかくならやっぱり、人のために死にたいな。私はどんなふうに死んだのかな。』
君は最後までヒーローだったよ。
『私、別に死ぬのは怖くないって言ってたよね。あれ嘘だよ。まあ、8割りくらい本当だけど。怖いっていうか、君と話してる時は、もっと話したいって思った。この世に未練なんかないし、やりたいように生きてきたから、いつでも死ねるって思ってたんだけど、唯一心残りがあるって言うならば、君といつもみたいに、楽しくお話が出来なくなることかな。』
……
『君と話してる時は、もっと生きたいって思えたんだ。』
『意外と、こう、死を目の当たりにすると、死にたくないのかもなあって。』
『まあ、死んじゃった後に言うのもなんなんだけどね!!』
……香澄は相変わらずだね。
『死にたくない。なんて言ったらかっこ悪いかな。』
『早すぎる死なんて言われるのかなあ、』
『それはそれでかっこいいのかもしれない』
『婚約、覚えててね。私、すぐ生まれ変わって逢いに行くから。』
あれ、マジだったのか。
『あー、でも生まれ変わった私が17の時は、もう君は80歳かあ。』
すぐ生まれ変わるのだとしたら僕はまだ34だ。難しい計算なら素直に電卓にたよりなよ、
『でも大丈夫。私は約束は破らないよ。』
『だから、少しだけ待っててね。』
『じゃあ、またね。』
『PS・桜華のことが、ずっと好きでした。』
『小宮 香澄より。』
涙が溢れてきた。
「僕だって、香澄がっ……」
「っ……」
言葉が出なかった。
またね。……か。
手紙が入っていた袋の中になにか入っているようだった。
袋を逆さまにすると、鈴の音が聞こえて、中から何かが出てきた。
「これ……」
僕がかすみにあげたお守りと同じお守りが入っていた。あの、無病息災の。
確かこれは、山の上にある神社でしか売っていないはずだ。
お守りに可愛らしい付箋が書いてあった。
「探すの大変だった。」
っ……
今度こそ涙が止まらなかった。
「……長生きするわけだ。」
僕は彼女みたいに、ニッコリ笑った。
おしまい。
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