クロノは、ただの人間じゃありませんでした。

クロノは、ただの人間じゃありませんでした。
少女は、魔王に育てられた、元異国のお姫様だったのです。
「魔王様から伝言を預かっています」
と、クロノは勇者に告げます。
「『お主が真なる勇者なら、クロノにどうか人間の暮らしを教えてやってくれ』……そうおっしゃていました」
「…………」
勇者は何も言いません。
ただ黙ったまま、剣を構えました。
そして、戦いが始まりました。勇者の剣技はとても鋭く、とても重いものでした。
しかし、そのすべてをクロノはいなし続けます。
まるで、赤子の手を捻るかのように、余裕でいなしていきます。
やがて、勇者のほうが先に限界を迎えてしまいました。
ぜぇはぁと息を切らす勇者に対し、クロノはまったく呼吸を乱していないどころか、汗一つかいていません。
「……っ!」
その事実に、勇者は悔しげに歯噛みします。
そんな勇者に向けて、クロノは静かに語り掛けます。
「……私はかつて、この魔界を支配する人間界の姫でした。ですが、ある日突然、魔族たちが私の国へと攻め込んできたのです。理由はわかりません。彼らは私を攫い、人質として交渉の材料にしたのでしょう。私が攫われたと知ったお父様やお母様、お兄様たちは、私を助けるために必死に戦ってくれました。でも……結局、助け出すことはできませんでした……なら魔王をしめるのは、やっぱ私しか居ないと思いました」
「……はい?」
突然の話に、思わず聞き返す勇者。
すると、クロノは少し恥ずかしそうにしながら、こう答えました。
「つまりですね?魔王様は私を危険人物と認定して人間界に追放し、代わりにあなたを寄越してきたわけですよ!まったくもう!!」
ぷんすこと怒るクロノに対して、勇者は思わずぽかんと口を開けてしまいます。
それからしばらくして、ようやく理解が追いついたのか、彼は笑いだしました。
それは嘲笑などではなく、どこか楽しそうな笑い声です。
ひとしきり笑った後、勇者はゆっくりと剣を下ろしました。
そんな彼に向かって、クロノもまた構えを解きます。
そしてはクロノは言いました。
「さて、どうしますか?このまま私に殺されてみますか?」
その言葉に、勇者は再び笑い出します。
今度は先ほどよりも大きな声です。
しばらく笑って満足したあと、勇者は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出してから口を開きました。
「いや、やめとくぜ。俺はあんたを殺すためにここに来たんじゃないしな」
そう言って、勇者はそのまま踵を返して歩き始めました。その後ろを追いかけるように、クロノも付いてきます。
そうして二人は一緒に旅をすることになりました。
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