ニアの頬袋

なこ

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けっこん…

結婚かあ…

ニアが思い浮かべるのは自分の両親の姿だ。

第十王子という肩書きを捨て、母は父の元へと嫁いできた。

ニアよりは少しだけ背が高く、華奢で年齢不詳な美しい母はなぜか父にベタ惚れしている。

子の自分が言うのもなんだが、寡黙で見た目も平凡な父にぞっこんだ。

「くっそ、今日もかっこ良すぎるだろ。はああ、結婚できて本当に、幸せ…。」

時折、父がいないところで母が呟いているのを何度も聞いたことがある。

母は王子だった割に口が悪い。

口が悪いのも除籍された理由の一つかもしれないとニアは思っている。

あ、実際は除籍されていなかったんだ。

「ニアは父親に似て鈍感っつーか、惚れた腫れたとか興味ないだろ。とにかく、食べたいときに食べたいだけ食っとけ。肩書きも何もない大喰らいなお前に惚れる奴がきっと現れるだろうから。」

母から言われた通り、ニアは隠れながらも沢山食べている。

そして、本当に食べるニアが好きだと言う団長が現れた。

本当に現れたよ、母さん。

でもね、変態だよ。

結婚したら、母さんみたいに毎日楽しく暮らせるのかな?

一人より二人でご飯を食べる方が美味しかった。

団長はね、沢山食べろって、いつも言ってくれるんだ。

…うーん。結婚かあ…。

昨日恋人になったばかりだということも忘れ、ニアは真剣に悩んだ。

いつの間にか飴玉は小さくなり、ニアの頬も萎んでいる。林檎と桃の味が口中で混じり合って、それはそれで風味豊かだ。

萎んでもなお、つつくのはやめてほしい。

最後の一欠片が溶けてなくなると、ニアのお腹はぐうと、鳴った。

昼を告げる鐘の音が聴こえる。

「あああ!お昼休みに一度家に帰ろうと思っていたんです!」

そう、二日も家を空けてしまった。特別なベーコンが悪くなっていないか、ニアは気が気で仕方ない。

給料日に思い切って塊で購入し、大事に大事に食べてきた桃色の宝物だ。

「一度家に帰ってくるといい。戻ってきたら昼食にしよう。」

ラルフからの提案にニアはでも、と司令官を振り返る。

「すぐに戻って来られるなら構いませんぞ。ニア様が戻られたら、わたしも戻らねばなりませんので。」

「本当に、少しだけ、いいですか?」

「ああ、気をつけてな。ニアが…を気に入ってくれるといいが…」

「?」

ラルフの含みある言い方は気になるが、二人が頷いてくれたのでニアは近くにある寮へと急いだ。

手を振って見送ってくれる二人は、言われてみれば確かに親子だとわかるぐらい、とてもよく似ている。





「ないっ!ないっ!ない!」

日中は閑散としている寮の一室に叫び声が響いている。

慎ましい寮の一室には、小さな備え付けの寝台(小さいと言っても、ニア一人が寝るには十分な大きさ)、引き出し付きの机、古びたテーブルと一脚の椅子が、家を出た時のまま確かにそこにある。

あるのはそれだけだ。

ニアは部屋に入り、間違えたのかもしれないと一度部屋を出て、もう一度入り直して叫んだ。

「ないっ!」

ここで暮らすようになり、色褪せた紺色のカーテンを薄黄緑色の明るい色のカーテンに変えたのはニアだ。

窓辺のカーテンは確かに薄黄緑色の、ニアが選んだ物に違いない。

それ以外は、何もない。

少ない持ち物とは言え、本も服も、お気に入りのバナナの絵柄のマグカップも、いちご模様のお菓子の空き箱も、台所にあったはずのベーコンも、何もかも…。

「ど、泥棒っ!?」

いや、そんな馬鹿な。

騎士団が関わる寮に泥棒に入るなんて、飛んで火にいる夏の虫だ。

また、虫だ。

あわあわと視線が彷徨う先には、古びたテーブルの上に、同じように古びた小さな黒い箱が置かれている。

こんな物持っていたかな?

おそるおそるその箱に手を伸ばすと、蓋は自然と勝手に開いた。

「なに!?なんで開いたの?」

中には複雑な模様が施された金の台座に、艶々と真っ赤に輝く宝石がのった指輪が一つ入っている。

「あの、赤い実みたい…」

ニアがたくさん食べてしまったあの実のような赤い宝石だ。

「これは、ぼくのじゃない…」

そっと蓋を閉じようとしたニアの左手薬指にはいつのまにか指輪がすっぽりとはまっていた。

「ぎゃああああ!なにこれ!ぼく、はめてない!なんでっ!」

一瞬見た時にはもっと大きかったような気がするのに、まるでニアのためにあてがわれたかのように、指輪はぴたりと指におさまって抜けない。

「どうしよう、抜けない、抜けないっ」

石鹸でいくら手を洗っても、何をしても抜けない。

「ぼく、泥棒?母さんに法に触れることだけはするなって言われていたのに…」

団長、団長なら抜けるかもしれない!

なんなら、おじさ、総司令官でもいい!

なんもないのに、ないはずのものがあるなんて……

指輪がはまっているのに、はまっている感覚はまるでない。

ニアは混乱したままラルフの元へと駆け出した。















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