ニアの頬袋

なこ

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事務室はカオス

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遅くなってしまったけど、まだ遅刻じゃないよね。

なんとか間に合いそう。

ほっとした気持ちでニアは騎士団の門へと急いだ。

ちょうど門を潜り抜けようとしたした時、聞き覚えのある声に呼び止められる。

「ちょっと、邪魔なんだけど。」

邪魔と言われても、ここを通らなければ中まで行けない。

振り向きたくないけど、仕方なく振り向くと、そこにいたのはノエルだ。

「…おはよう。」

「なに、その服…。」

ノエルはニアのあいさつなど無視し、着ている服をじろじろと眺めている。

「…服?」

それは見るからに上等な生地で仕立てられており、普段ニアが着ている服との違いは一目瞭然だ。

「全然似合ってない。」

「そんな…」

この服を用意させたのはラルフで、おそらく選んでくれたのはあの執事だ。

とても良く似合っていますよ、と出がけに言ってもらえた。

「似合っているとでも思ってるの?何、その詰襟。」

ぐいっとその襟を引かれニアがよろめくと、散らされた赤い鬱血痕がノエルの目に入る。

「…似合っているって、言ってもらえた。ノエルには関係ない。」

「は!何、その痕!相手はラルフ様なの?」

ニアは慌てて襟元をただす。

「ノエルには、関係ない。」

「ちょっとぐらい相手にされたからっていい気にならないで。物珍しいだけですぐに飽きられるんだから!」

「…………」

ふんっと、ニアを鼻で嘲笑うとノエルは事務室のある建物に向かって歩き出した。

ニアも向かう先は同じだ。

少し離れて、その後を追うように事務室へと向かう。

ふいに、ノエルの足がぴたっと止まったのでニアもつられて足を止める。

ノエルの熱のこもった視線の先を辿ると、演習場に集められた騎士達の中心にラルフがいる。

団長…。服、着てる。

あ、違う、あれは、夢か…。

険しい顔で騎士達を取り纏めているラルフの姿は、今朝方までニアとずっと一緒にいた変態なんかじゃない。

屈強な騎士達の中でも一際屈強で、逞しく、凛々しい。

ニアがいつも遠くから眺めるだけだった、雲の上の人だ。

全部、全てのことが夢だったんじゃないだろうか…

…ずくん。

いや、違う。

まだなんか下半身に異物感あるし。

ノエルにつられて、つい感傷的になるとこだった。

「…ラルフ様、かっこいい。」

「…う、うん。(変態だけどね…)」

呟くノエルに、ニアも一応同調した。

「なのに、なんでお前が?そもそもどうして第二騎士団の事務官になれたんだよ。」

「なんでって、試験を受けて受かったから。」

「は?本当にそれだけで、ここの事務官になれると思ってるの?」

「…違うの?」

「当たり前でしょ。ラルフ様が団長になってから、特に第二は人気があるの。」

「それで?」

「強い後ろ盾が必要なの。お前、後ろ盾ある?」

「…後ろ盾?」

「ほら、やっぱりない。とぼけた顔してるけど、誰か身体で籠絡したとか?」

「そんなことしてない!」

「どうだか。いずれにせよ、今日で終わり。」

ノエルは意味深に笑っている。

「終わりって、何が?」

「早く田舎に帰る準備しといたら?」

「なん、で?」

その問いに答えることなくノエルが歩き出したので、ニアはまた少し離れてその後を追った。

事務室は騒然としている。

ノエルから少し遅れてニアが入ると、一瞬しんとして、それからひそひそと話し声が聞こえてくる。

なんか、嫌な感じ、かも…

異常食欲が、ばれた…?

「ニア!来たんだな!」

「あ、室長昨日は申し訳…」

「そんなことどうでもいい!それより、今から…」

ばんっ、と扉が開き、一人の騎士が入り込んできた。

「室長、大変です!もう到着されました!」

「な、もう?ラルフの部屋に向かわれたのか?」

「いえ、それが、こちらに向かわれているそうです!」

「なんだとっ!みんな、準備を!早く!」

がたがたと、事務室内にいる人々が立ち上がり、固唾を呑んでその時を待つ。

ん?誰か来るのかな?

室長は何を言いかけたんだろう?

とりあえず、下っ端のニアはみんなの後ろの方、部屋の隅にひっそりと控え、その時を待った。

「い、いらっしゃいました!」

騎士の震える声が響く。

事務室に入ってきたのは、ラルフと同じくらい大きく逞しく、そしてラルフ以上に鋭い目つきをした風格漂う人物だ。

その人が入ってきただけで、室内の空気はぴりりとひりついた。

「出迎えはいらないと言うたのに。」

低く響くその声に、誰かがごくりと唾を飲む音が聞こえる。

「すまんな。こんな朝早くから。」

「いえ、いつでも、歓迎いたします。どうぞ、こちらへ…。」

室長の声すら、少し震えている。

ニアはその人の声は聞こえるが、いかんせん皆の陰になり、姿までは見えない。

「いや、話しはすぐに終わる。ノエルと言うのは…」

ノエルはちらっとニアを一瞥すると、美しい笑顔で前に出た。

「わたくしです。お目にかかれて光栄でございます。総司令官殿。」

「君が侯爵の息子か。」

「ええ、父がいつもお世話になっております。」

「特に世話はしておらん。ラルフのことで余計なことを言うのはやめてもらいたい。」

「余計な、こと、とは…」

「あいつが誰と付き合おうがどうしようが、親を使っていちいちわたしに報告する必要はない。」

ノエルの顔色がさっと悪くなる。

「他の者たちも同様だ。」

ノエルの他にも、数人の顔色が悪くなる。

「用件とは、まさか、その件で…」

室長がノエルと他の数人を睨んで、司令官に向かい会う。

「これは、ついでのようなものだな。」

「そんなっ!本当にいいのですかっ!ラルフ様に、変な虫がついても!」

ノエルがわなわなと叫んでいる。

…虫?

「虫ぐらい自分で追い払えないでどうする。」

…虫を払う?

前にいた人たちが、ニアを残念そうに振り向いている。

あ、隙間が開いた!

総司令官だったんだ。

やっとその姿が見える!

目が、合っちゃった…

「ニア様!!!」

「え?」

「わたくしのことをお忘れですか!?」

総司令官に知り合いなんていないけど…

「哀しゅうございますぞ!」

なんか、近づいてくる…

ニアの目の前にいる人々をおしのけ、いきなり…

「あ、おじさんっ?」

「やっと、気づかれましたか?」

「ちょっと、おじさん、抱き上げないで!ぼくもう子どもじゃないからっ!」

総司令官がニアを抱き上げている。











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