ニアの頬袋

なこ

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ニアside

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いつものように昼を告げる鐘の音が鳴る。

同期のノエルは機嫌がいい。

ノエルはニアよりずっと高位な貴族の息子で、目を引くような華やかさがある。

他の事務官仲間との会話がニアにも聞こえる。

「今日はラルフ様とお昼を共にするんだ!」

「ほんとか?ずっと断られてただろ?」

「ふふん。今日は昼だけじゃなく、夜も一緒だから。」

「へえー。あのラルフ団長も、とうとうノエルに落ちたか!」

「当たり前でしょ。ラルフ様をお待たせできないから、もう行くね~。」

ノエルはニアを一暼すると、ふふんと笑ってその前を通り過ぎて行った。

「…田舎くさ。」

ニアにだけ聞こえる小さな呟きを残して。

ノエルはニアのことが好きではないらしい。

見惚れるような華やかさがあり、華奢と言えどニアよりは大きい。

ただ、仕事はあまりできない。

ニアにとってノエルはそういう認識の人物で、特に好きでも嫌いでもない。

嫌われるようなことをした覚えもない。

せっかくの同期なので、本当は仲良くしたいけど。

事務室に一人になると、大きな袋を抱えて裏庭へ向かう。

団長は来ない。

がさっと物音がする度、ニアは振り向くが、誰もいない。

『昼は裏庭な。』

「なに、それ。他に約束していたんなら、そんなこと言わなきゃいいのに。」

広げた昼食をもくもくと口に入れる。

「…せっかく、特別なベーコンまで炙ったのに。…美味しいから、別にいいけど。」

いつもより喉通りが悪いのか、何度もむせては、ごくごくと水筒の紅茶を飲み込む。

「もしかして、ノエルと裏庭で過ごす予定だったとか?ぼく、邪魔だった?」

『夜も一緒だから。』

「ふうん。夜もねえ。そういう関係なら、朝の掃除もノエルに頼めばいいのに。」

ガリっと、口の中で嫌な感触がする。

ゆで卵の殻まで食べてしまった。

「うっ、」

ぺっ、ぺっ、と吐き出す。

「でも、ノエルは掃除とか整理整頓とか嫌いだしな。雑用だから、ぼくなのか。」

お腹がぐふっと鳴る。

「なんか、さすがに今日は食べ過ぎ?」

胃がむかむかするような気がする。

団長は今頃ノエルとお昼だろうか。

食堂に行ったのかな。

ニアはまだ一度も食堂で昼をとったことがない。

騎士達と並んで、小柄な自分が同じかそれ以上食べてしまうことに罪悪感がある。

彼らのように訓練やら任務やらを、こなしている訳ではないのに。

せいぜい彼らを事務的に補佐する程度だ。

ノエルは騎士達の間でも人気があると噂されている。

団長もモテると聞いた。

「うん。お似合いじゃないかな。ぼくには関係ないし。ぼくは田舎臭いみたいだし。」

ニアはばんっと、テーブルを叩いた。

「田舎から来たんだもん。田舎臭いのはしょうがないもん!」

そうだ。ニアには関係ない。

今晩は何を食べるか考えよう。

今日は奮発して、魚貝類とかにしちゃおうか。

レモンも買って帰ろう。

パンには、にんにくバターを塗ろう。

ふっふっふ、美味しそう。

午後も頑張れそうだ。

午後のノエルはご機嫌な様子で、仕事中にもかかわらず、やれ団長がどうの、ラルフ様がどうのと、誰彼構わず話し掛けている。

時折ニアの方を見て、またふふんと笑っているが、ニアは気にせずパタパタと仕事を続けた。

魚貝類。魚貝類。魚貝類。

にんにくバター、にんにくバター……

頭の中はそれでいっぱいだ。

団長とは一度も会うことなく、ニアはその日帰路についた。

思う存分食べ、少しだけお酒も飲んで、いつものように、早めにベッドに潜り込んだ。




翌朝、言われた通り団長の部屋へ行く。

頼まれた仕事はきちんとしたい。

「おはようございます。ニアです。失礼します。」

「おはよう。さっそく悪い…どうした?」

ニアの顔色は悪い。

「いえ、何でもありません。大丈夫、です。」

そう言いながらも、立っているのがやっとだ。

目の下にはくまも出来ている。

「…まさか、眠れなかったのか?」

「ええ、まあ、少しだけ…。」

「すまない。そんなに、眠れない程…」

「いえ、ぼくが悪いんです。こんなことになる前に、もっと早く気がつけば良かったのに…。」

「ニア、そこまで…。」

「ぼくが、ばかでした。こんなになるなんて、思いもよらなくて…。」

「すまなかった。ノエルのことなら誤解だ。」

「…ノエル???」

「……?」

「あ、昨晩はノエルと一緒だったんですよね。ノエルが言っていましたよ。」

「眠れなかったのは…」

「昨日食べた魚貝にあたったんです。そのせいで、昨晩は大変な思いをしました。」

「………。」

「お店の人にも言われていたのに。ちゃんと火を通せって。つい、半生にしてしまって。ばかでした。あたるのって、こんなに辛いんですね。」

「………。」

「売れ残りを安くして貰ったんです。少し傷んでいる分、ちゃんと火を通せってことだったんですよね。もっとはやく気がつくべきでした。」

「………。」

「あ、ノエルがどうかしましたか?」

「いや、特に何も。ノエルとは何もない。」

「そうなんですか?うっ、」

口に手を当て、腰を屈めるニアは仕事ができそうな状態ではない。

「大丈夫じゃないだろ。」

「だ、大丈夫で、す。」

「…ひっ!」

団長はニアを抱き抱えると、団長室の奥にある仮眠室へと運んだ。

「少し休んでろ。」

「でもっ!う、」

「ほらな。貝にあたるとしばらくは病むぞ。」

「そうなんですか?」

「ああ。初めてか?」

「…はい。」

ニアの前に桶が置かれる。

「これに…。」

「戻したいときは、これに。」

「…はい。申し訳ありません。初日から。」

「いいから、少し横になっていろ。エリック、事務室長には伝えておくから。」

残されたニアは、団長の言うように暫くそこで病んだ。

魚貝類とノエルが一緒になって襲ってくる夢まで見て、うなされる始末だった。





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